キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!
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「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
俺が聞き返すとハルヒは、
「だって出来たての料理って熱いじゃない。だからあらかじめ余熱で火を通しておけばいいと思うのよね」
「そりゃ理屈としてはそうだがなあ……そんなんでうまくいくのか?」
「大丈夫よ!あたしを信じなさい!」
そう言ってハルヒはフライパンに水を入れた。
その途端、俺は不安に襲われた。
こいつに任せておくのはまずいんじゃないか。
だが時すでに遅しだ。
「キョン!あんたも手伝いなさい!」
「えっ!?」
「何ぼけっとしてんのよ!ほら早く!」
「やだよ!なんでお前なんかのために―――」
と言いかけたその時だった。
フライパンから白い煙が立ち昇り始めたのだ。
なんだこれは? 水蒸気か? 湯気が噴き出している。
それは次第に量を増していき、
「うわあああっ!」
俺は悲鳴を上げた。
まるでガスバーナーのように猛烈な勢いでフライパンの表面をあぶっている。
しかも湯気の向こうではハルヒが何事もなかったかのように平然としている。
「おい、これどうなってんだ?」
「見てわからない?焼き始めてんのよ」
「バカ言うな!こんなもんただの火事じゃねえか!」
「大丈夫だってば。ちゃんと手順通りにやってるから」
ハルヒは涼しい顔で言った。
「まず最初に水を入れて沸かすでしょう?そしたらそこに塩を入れるの」
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
「えぇ、余熱でも焼けるわ。それに焼きすぎも防げるの」
「ほぅ……ならばやってみようじゃないか」
俺は耐熱皿に油をひき、餃子とニラを乗せていく。そしてその上から水を入れて蓋をする。「これでいいのか?」
「そうね……あとは待つだけよ」
ハルヒが言うには10分程放置しておいた方がいいらしい。その間にお湯を沸かしておく。
「それにしてもあんた料理できたんだー」
「そりゃあ一人暮らしだからな。自
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
「そう、お鍋の蓋で蒸し焼きにするの。こうやって蓋してね……」
ハルヒは俺からフライパンを奪うと蓋をし、その上におたまを乗せて再び火にかけた。
「さあ見てて!もうすぐいい感じになるわ!」
「…………。」
俺は思わず、自分の腹に手を当てた。
この中に朝比奈さんが入ってるなんて、とても思えない。
しかしそれは現実だ。この胃袋の中で朝比奈さんは寝ているのだ。
そんなことを考えていると、またもや腹が鳴った。
「……おい、ハルヒ」
「なによ」
「お前、まさかまだ食う気か」
「当たり前じゃない」
「マジで言ってんのか?」
「あんたが食べないならあたしが全部食べるわ」
ハル
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
「いいから早く!!」
俺は朝比奈さんに急かされるままに、コンロの火を止めた。
朝比奈さんはフライパンの上で転がる餃子とニラを菜箸で掴み取り、それを皿に移した。そして今度は冷蔵庫からキムチを取り出した。
「はい」
「どうも……あちっ!」
俺が受け取ったキムチを手の中で持て余している間に、朝比奈さんはもう一枚小皿を用意していた。
そこに、先ほど焼いた餃子を乗せると、その上にキムチを乗せた。
「はい!出来上がりです♪」
「おお~……ってそれだけですか!?」
思わず敬語になってしまう俺である。
しかし朝比奈さんは自信たっぷりに胸を張っている。
「そうよ!だってこれしか作れないもん!」
「えーっと……」
「いいから食べてみて!」
朝比奈さんはテーブルの上にあった
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
「そう、余熱。フライパンに油を引いて蓋をして火にかけるの」
「ほうほう」
俺はキッチンに立つハルヒが珍しく見えたので、思わず横に立って手元を見つめた。
「どうしたの?」
「いや別に。何か手伝おうかと思ってな」
「ふふん、あんたが料理できるとは思わないけどねっ!」
「そんなこと言うならもう作らなくていいぞ」
「冗談だってば。あたしは餃子包むから、あんたはお米研いで炊飯器かけておいて」
ハルヒの指示
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
「そう!余熱で!」
ハルヒは俺の言葉を聞かずに、さっさとキッチンへと戻っていった。
俺は慌てて後を追う。
「おい、余熱って何だよ」
「いいから見てなさいってば」
フライパンに油を引いて火にかけ、温めている間にボウルの中の肉と野菜を混ぜ合わせていく。
そしてその中に卵を入れてかき混ぜた。
「ほら、キョンも手伝えっての。あんたの方が力あるんだから」
はいはい。
混ぜる係なら任せてくれ。
ハルヒが作っている料理を見てピンときていたのだが、これは間違いなくあれだな。
俺が子供の頃よく母さんが作ってくれた、お袋の味というやつだ。
そう、『肉入り野菜炒め』だ。
ハルヒの言うとおり、余熱で火を通しているらしい
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
ハルヒは俺の疑問に答えず、コンロの火を止めると、今度はフライパンを持って来た。そこに水を注ぐ。
「なるほど」
そうか、水を入れて蓋をするわけだ。これで蒸し焼きにするんだな。
ハルヒが中華鍋に水を注いでいる間に、俺は冷蔵庫からキャベツを取り出した。皮を剥いてざく切りにし、塩もみして水分を出す。
その間にハルヒは蓋をしておいた餃子を再び取り出し、油を引いて強めの中火にかける。
「あちっ!」
ハルヒが叫んだ。
「どした?」
「ちょっと水が多すぎたわ!でも大丈夫よ。もうじきいい感じになるはずよ。それまで待っててね」
ハルヒは自信ありげに言うと、再び蓋をした。そして今度は冷蔵庫を開け、中に入っていた調味料を取り出す。
「おい、それは何に使うんだ?」
醤油やラー油ならわかるが、そんな色の液体は見たことがないぞ。ラベルには『特製ダレ』と書かれている。
「ふふん、これはねえ……」
ハルヒは得意気に鼻の穴を広げながら言った。
「ニンニク入り酢醤油よ!」
なんだそのいかに
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
俺は首を傾げる。
「そう、余熱で」
ハルヒはそう言うと冷蔵庫から取り出した餃子の皮に水を入れ始めた。
「ちょっと待て!それはダメだ!」
俺は慌てて止めに入った。
「何がいけないのよ?」
ハルヒは不機嫌な顔をした。
「その水をやったら焼きたてじゃなくなるだろうが」
「だって余熱で焼いた方が美味しいじゃない」
「そんなもんか?」
俺にはわからんね。
「いいからほら、あんたも手伝うのよ」
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
「そう!皮がパリッとなるまでね!」
ハルヒは、鍋に油を入れると火にかけながら、ボウルの中身をお玉ですくう。
「そしたらこれをよく混ぜて……」
「ああ、それでさっきからかき回してるのか」
「いい匂いしてきたわねえ」「そうだなあ」
朝比奈さんと長門も台所にやって来て、俺たちと一緒にハルヒの手際を見守る。古泉はどこへ行ったんだか知らんが、鶴屋さんのところに行ったのだろう。
ハルヒは手早くタネをこねると
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
「そう、焼きたてのおいしさには及ばないけど、いい感じに焼けるわ」
ハルヒは俺と長門の間に割って入りながら、紙皿に小ぶりな餃子を三つばかり並べた。
「ほらっ!あんたも食べなさい!」
ハルヒが箸でつまんだそれを、強引に口元に押しつけてくる。
「……」
無言のまま口を開けてやると、そいつは俺の口に放り込まれた。熱い肉汁が舌に広がる。うまい。
「うふふん
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
「早く来て!皮が破けるわ!」
ハルヒはフライパンに油を引き、餃子のタネを入れた。
俺は慌ててコンロの前に立つ。
「ハルヒ、水を入れないと」
「えっ?あっそうね!ちょっと待ってて……」
ハルヒは冷蔵庫から取り出したペットボトルの水をどぼどぼと注いだ。
「……これでいいかしら?」
「…………………………」
何だこの焼き方は。
水を入れ過ぎだろ。
「まあいいわ。キョン、蓋して蒸し焼きにして」
「ああ」
俺はフライ返しを使って蓋をした。
「あとは待つだけね」
「そうだな」
俺も椅子に座って一息ついた。
「ふう……。さっきはびっくりしたぜ。急にキスするんだもんなあ」
「うるさいわねえ」
ハル
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
ハルヒが、フライパンにごま油と醤油を入れる。俺の脳裏には、昔テレビで見た光景が浮かんでいた。
――あ、あれは、あの番組は……っ! ハルヒが餃子をフライパンに乗せると、たちまちジュワァッという音とともに食欲を刺激する香りが立ち昇る。そして数秒後、フライ返しでひっくり返す瞬間、俺は思わず息を飲む。
ハルヒが満面の笑みを浮かべながらフライ返しを差し込み、焼き上がった餃子を一個ずつ皿に移す。その動作にも無駄がない。そしてハルヒは手早く酢とラー油を回しかけ、テーブルに置いた。
「はい、出来たわ」
「…………」
俺は箸を持って固まっていた。これは、この料理は、間違いなく……。
「どうしたのキョン。食べないの?冷めちゃうじゃない」
「いや、食うけどさ……」
言いつつ箸を手に取る。そして、恐る恐る餃子を口に運んだ。パリッとした皮を突き破ると中から肉汁が溢れ出す。口の中で広がる旨味。それを堪能する間もなく二個目にかぶりついていた。
「うまいなこれ!」
「そうでしょう
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
たしかに余熱調理というものはあるが、…さすがに餃子は焼けないんじゃないか?
そんなことを思いながら、俺はハルヒの言う通りにした。
レンジがチンと鳴って、取り出すと、確かに湯気が出ていた。
「どうなってんだ」
「電子レンジにはマイクロ波っていう波が出てるんだけどね。それを温めたい物に当てると発熱するわけ」「……そうか」
俺にもわかるような説明だな。
「このマイクロ波は水にも当たるから、水を入れた容器に入れておくと沸騰するし、逆に冷やしたい物にくっつけておけば冷えていくわ」
「ふむ」
「でもまあ、今度からはあたしが作ってもこうなるわね」
「どういうことだ」
「だってあんたが作ったら、きっと何入れたかわかんないもの。だからあたしが作った方が安全なのよ」
そういうことならいいけどさ。
しかし本当に湯気が立っている。
焼き立てという感じだ
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
たしかに余熱調理というものはあるが、…さすがに餃子は焼けないんじゃないか?
ハルヒのヤツがまたおかしなことを考えているらしい。
「いいから焼きなさい!」
俺にはもう逆らう気力がなかった。
まあ、ハルヒの機嫌が悪いよりはいいだろう……。
俺はキッチンに戻り、フライパンを火にかけると油を引いた。
「……」
どうせハルヒのことだからな、油なんか引かなくてもいいだろとか言い出すに違いない。
そう思ってフライパンを見ると、すでに油が敷かれていた。
俺はハルヒを見た。
ハルヒは腕組みをして仁王立ちしている。
「あのー」
「何よ」
「いつの間に油を敷いたんだ?」
「あんたが焼き始めた時からずっとあったわよ」
マジですか? それじゃあ、このフライパンは今朝から一度も洗っていないということなのか? いや、そんなことはこの際どうだっていい。それより問題は……、
「なんでお前がここにいるんだ?」
「お料理教室なんだから当たり前じゃない」
当然のような顔をして言う。
「それにしても早すぎないか?まだ五時前だぞ」
「あたしも手伝うって言ってるのに、キョンが一人で全部やってるんで
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
たしかに余熱調理というものはあるが、…さすがに餃子は焼けないんじゃないか?
「いいから、あんたがやってみて」
「……。まあやってみるけどな……」
俺は焼き器の上にフライパンを置いて火にかける。
そして油を引いて温めておいた。……そこに水を入れ、蓋をする。
後は待つだけ……。
「どうだ?これでいいのか?」
俺がそう言うとハルヒが割り箸を手にして言った。
「もうちょっと待ってみて。ほら、もうすぐ温度が上がるわよ!」……そんなはずはないのだが……。
しかし一分もしない内に……
「あっ!なんか膨らんできたわねっ!?」
「うおっ!?マジか!?」
俺達は顔を見合わせてガッツポーズをした。
それからしばらく待ち、焼き器の蓋を開けるとそこには見事な餃子が出来上がっていた。
「やったわね!大成功よっ!」
ハルヒは小躍りしながら、それを皿
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
たしかに余熱調理というものはあるが、…さすがに餃子は焼けないんじゃないか?
ハルヒがキッチンタイマーをセットする。
俺はリビングのテーブルの上に置いてあるノートパソコンとテレビを持ってくる。
画面に映っているのは俺の家の居間だ。
画面端には時刻表示があり、今は午前十一時ちょっと過ぎであることがわかる。
画面中央では朝比奈さんがエプロンを着てキッチンに立ち、フライパンを火にかけて油を引いていた。
「何してるんだろう」
思わず呟いてしまう。
ハルヒも首を傾げた。
「料理じゃないみたいね……」
俺達は同時に後ろを振り向いて古泉を見た。
古泉は目を閉じていた。
「……」
なんなんだお前らは。
俺は古泉を無視してパソコンの画面に向き直った。
再びキッチンの方へ目を向けると、朝比奈さんが何やら冷蔵庫から取り出しているところだった。
あれは……、キャベツか? そして包丁でザッザッと切り始める。
「何か刻んでるわね……。何作ってんのかしら?」
ハルヒも同じことを考えているようだ。
「まさかとは思うけど、キャベツ炒めとか言わないでしょうね。……キョン!あんたなんか知らない!?」
知るわけねえだろ。
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「はぁ??」
何言ってんだ。余熱で焼けるわけがないだろう。
「いいから!早く!」
ハルヒに急かされて、俺は仕方なくキッチンへ行き、フライパンの蓋を開ける。中には既に火が通っている餃子がある。
「……なあ」
「何!?」
「焼き上げる必要あるか?」
「あんた馬鹿じゃないのっ。まだ蒸し焼きになってないわよ。あと数分もすれば完璧になるけどね」
「……」
「ほらっ、そこどいて!あたしがやるから!」
言われるままに場所を譲ると、ハルヒはフライパンの上に餃子を並べ、菜箸で転がし始めた。
「どうだ?」
「まあまあかしら」
やがて香ばしい匂いが立ち上り始める。
「おーい、お茶が入ったぞ」
長門がテーブルに湯飲みを置きながら、
「涼宮さん、わたしも手
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「はぁ??」
何言ってんだ。余熱で焼けるわけがないだろう。
しかし、ハルヒの顔には自信満々な笑みが浮かんでいた。その顔を見て俺は思い出した。そういえば、この女は……。
「おい!待て!」
「待たないわよ」
ハルヒはキッチンへ行って冷蔵庫から卵を取り出した。
「おい!それって……」
「ふっふっふ。キョン、あんたが知ってるのはこっちのほうでしょうね」
ハルヒはニヤリと笑って俺に見せた。それは……
「そいつは……ッ!」
俺は息を呑む。ハルヒの手にあるのは……ゆで卵だった。
「これが本物のゆで卵よ」
「なんでそんなものが冷蔵庫に入ってんだよ!?」
「決まってんじゃない。
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「はぁ??」
何言ってんだ。余熱で焼けるわけがないだろう。
そんなことしたら、皮が破けてしまうじゃないか。
しかし俺の疑問を無視してハルヒは大皿に載せた餃子を手に取り、それをフライパンに乗せるとその上から油をドバっとかけた。おい、お前なにやってんだよ! ハルヒはフライ返しを使って器用に餃子をひっくり返す。
「ほら、見てみなさい」
俺と朝比奈さんは顔を見合わせた。
「これなら表面もカリッとしてておいしいわよ!」
ハルヒが得意げに言った。
確かにそうかもしれないが……
「皮が
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「はぁ??」
何言ってんだ。余熱で焼けるわけがないだろう。
そんなこと言ったら、俺はレンジでも焼きそばを作る自信があるぞ。
「いいから!早く!」
ハルヒは俺の手を引いてキッチンへと向かう。
コンロには一人前分しか載っていない鍋があり、その脇に皿が載っていた。そこにあったのは……。
「焼き目をつけた方が美味しそうじゃない」
それは確かにそうだがな。しかしだね、ハルヒ君。君は何か根本的なことを勘違いしているんじゃないかい?
「ほらキョン、見ててごらんなさい。こうやってお湯をかけて蓋をして――」言うなり、ハルヒは水の入ったヤカンを持って来て鍋の中に注ぎ始めた。
「おい……」
「こうして少し待つと……」
ハルヒが蓋を開けると、そこにはもう火が通っているではないか。
「どう?すごいでしょう?」
「…………ああ……」
この世
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「はぁ??」
何言ってんだ。余熱で焼けるわけがないだろう。
「早くしなさい!このおバカっ!」
「……分かった」
俺はしぶしぶ、まな板に餃子を置いた。そして菜箸を持って、鍋から湯気が出ている中へと入れた。
ジュワ~っと音を立てながら、餃子が焼けていく。その音が妙に心地よく感じる。
「良い匂いね……」
ハルヒは満足げな表情で、俺と焼き上がるまで見つめていた。
「そろそろいいかしら?」
ハルヒはフライパンにごま油を入れ、火をつける。
俺は皿を用意してやった。
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「はぁ??余熱で焼けるわけ無いだろう」
「良いから焼きなさい!!!」
「……分かったよ。何でお前が命令してんだよ」
俺はハルヒの言う通りに、フライパンに油を敷いて餃子を並べた。
しばらくするとパチパチと音を立てて、香ばしい匂いが台所中に立ち込める。
ハルヒはそれを満足そうに見つめて言った。
「いいわね!これならお腹が減るわ!」
「そりゃ良かったな」
俺は溜息交じりに答える。
ハルヒはもう俺の方を見向きもせず、鼻歌を歌いながら冷蔵庫の中
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「はぁ??余熱じゃ火が通らないだろ」
「いいから!!早く!!!」
「はいはい、分かったって。全く、料理のことになると人が変わるんだからな……」
俺は仕方なく鍋に水を入れて火にかける。そして余ったスペースを使ってキャベツをみじん切りにする。まあ千切りではないけどな。
俺が作業している間にハルヒは餃子を皿に移してラップをかけて電子レンジに入れて温めている。どうやら余熱でも火が通るらしい。ハルヒのことだから普通には出来ないと思っていたのだが……そうでもないのか?
「ほらキョン、お湯沸いたわよ!早く中華麺茹で
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
「そう、余熱で!あんたも手伝いな!!」
ハルヒは俺の返事も聞かずに台所へと走っていく。俺は仕方なくその後を追う。何だか知らんが楽しい気分だぜ。
「こらぁっ!ちゃんと包まないとだめじゃない!」
「うるせえ」
ハルヒの指示に従って皮に具を乗せていく。肉や野菜、ニラやニンニクなど色々な種類のものが並んでいる。ハルヒは皮を手に取るなり、
「はい、あんたの分ね」
と言って半分ほどを俺に手渡した。「いいのか?」
「うん、あたしは自分で作るから」
「ふーん……」
じゃあ遠慮なく頂くとするかな。ハルヒの手料理なんてSOS団結成以来初めてのことだ。これは貴重な経験と言えよう。
包み終わるとそれを鍋敷きの上に置いておく。
「あとは待つだけね」
ハルヒは腰に手をやって満足げである。
「どれくらいかかるんだ?」
「うーん……一時間くらいかしら」
おいおい、いくらなんでもそんなにかかるわけないだろう。
「まあいいわ。できたてを食べる方がおいしいもの」
ハルヒは勝手に納得して座布団の上に胡坐をかいた。俺はその向かい側に座り込む。古泉はどこにいるのだろうと思って見回したが姿がない。まさか帰ったんじゃあるまいな。
「あいつなら買い物に行ったわよ。なんか買いたいものがある
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
ハルヒはおたまを振り回し、俺の頭に振り下ろす。
「痛い!何をする!」
「あんたこそなにすんのよっ」
俺は頭を押さえながらハルヒの手からおたまを奪い取った。
「お前が作るのは肉野菜炒めだろうが!なんで余熱で餃子なんか焼くんだよ!?」
「だって食べたくなったんだもの。いいじゃない別に。どうせなら美味しい方がよくない?」
「そりゃそうだが……」
俺は鍋とフライパンを睨みつける。この二つだけで果たして上手く焼き上がるだろうか。
「何してるのキョン!早くしないと冷めちゃうわよ!」
ハルヒはテーブルに着き、箸を握って俺を呼ぶ。俺は渋々その向かい側に座った。
「いただきます」
手を合わせるなりハルヒは勢いよく食べ始めた。一口食べるごとに幸せそうな顔をするので、見ているこっちまで幸せな気分になる。
「あーもうなくなっちゃった」
ハルヒは空になった皿を見て唇を尖らせた。俺も自分の分を食べ終わり、お茶を飲み干した。
「ごちそうさま」
「はいお粗末様
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
ハルヒがおたまを振り回して叫んだ。
「フライパンに水張って、蓋をして火にかけるの!」
俺は冷蔵庫から缶ビールを取り出しながら聞いた。
「それじゃあ蒸し焼きになるんじゃないのか」
「いいの!それで!」
よくないような気がするのだが、まあいいだろう。ハルヒがそう言うなら。
俺と古泉はカウンター席で向かい合い、ハルヒは一人用土鍋の前にしゃがみ込んで蓋を取る。
「こらキョン、あんた何飲んでんのよっ!」
「ビールだよ」「あたしも飲みたいんだけどーっ!」
「お前まだ未成年だろ」
「う……」
ハルヒは不満げな顔をしたが、それ以上文句を言うことはなかった。
「ほれ」
俺は自分のグラスに注いでやった。ついでに古泉にも差し出す。
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
ハルヒがお玉杓子でフライパンに水を張り、そこに蓋をする。そして待つこと一分半ほど。
「そろそろいいわね」
湯気を上げる餃子の皿を二つ持ってテーブルに着くと、古泉も座った。
「どうぞ召し上がれ!」
俺は箸を取り、まずは醤油を垂らして一口。
「……うまいな」
皮から手作りしたと言うだけあって、羽根つき餃子だ。肉汁たっぷりというわけにはいかないが、十分に旨い。それにこのパリッとした食感は何だろう。水気が多すぎるように思えるのだが、それがまたいい感じなのだ。
「おいしいです」
朝比奈さんも満面の笑みである。
「あたしが作ったんだもん!当然よっ」
得意げに胸を張るハルヒに、俺と古泉は同時に言った。
「ごちそうさま」
「ご馳走様でした」
三人分の食器を片づけて戻ってくると、古泉はすでに帰り支度をしていた。
「おい、まだ五時前だぜ。いくらなんでも早すぎないか」
「ええ。ちょっと用事がありましてね
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
俺は朝比奈さんが手に持っているフライパンに目を向ける。そこに油を引いて、餃子を並べると、彼女はそのまま蓋をした。
「えっと……」
「いいから!焼けるまで待ってて!」
何だかよく分からないが、言われるままに待っていることにした。その間に、俺の腹はまたも鳴り始める。
「あー……おなかへりましたね」
古泉がそう呟くと、長門がこくりと首肯した。
「…………」
朝比奈さんは何も言わず、黙々と餃子を焼き続けている。そしてしばらくしてから、そのフタを取った。
おおっ、白い湯気とともに、香ばしい匂いが立ち上る。
「はい、できあがりですっ」
皿に盛り付けられたそれは、表面がこんがりと焼けていて、中からは肉汁が滴っているような感じ
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
俺が聞き返すとハルヒは得意げに鼻を鳴らした。
「あんたが焼き過ぎて焦げたのを食べたくないから、あたしがちゃんとしたやつを作ってあげるわ」
ハルヒは台所へと消えた。俺は呆然としながら長門の方を見た。長門は無表情のまま、しかしどこか楽しげな顔つきで俺を見返した。
「あなたにはわからないこと……」
「えっ?」
「涼宮さんにしかできないこと」
「そうなのか?」
「わたしにもできるけれど、わたしでは意味がない」
長門有希という少女が何を言いたいのかよくわからない。
「……そうか」
うなずくしかなかった。
やがて戻ってきたハルヒは二つの皿を持っていて、その片方からは湯気が立っていた。
「これが本当の手作りギョーザってね!」
テーブルに置かれた皿を見て、俺は目を剥いた。これは――!
「どうしたんだこれ……」
そこにあったのは、真っ黒に焼け焦げた物体だったのだ。皮も具もない。まるで炭化した何かだ。ハルヒが得意満面なのは言うまでもなく、俺はただ絶句するばかりである。
「どうしてこんなことに……」
「それは……」
ハルヒは言いかけたものの、すぐに口をつぐんでしまった。なぜかバツの悪そうな顔をしている。
「いいじゃないそんなことは!それより早く食べましょうよ!いただきます!」
強引に話を打ち切り、ハルヒは自分の皿に取りかかった。長門も箸を取って黙々と口に運ぶ
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
「そう、余熱で。」
ハルヒはボウルに油を入れて温め始めた。そこに塩と胡椒を振りかけてから小麦粉を投入する。それから水を少々入れて溶き卵も投入し、ヘラで混ぜた。そこへ肉を入れ、今度はフライパンの蓋をして蒸し焼きにするらしい。
「ほら、あんたが見てる間にどんどん焼けていくわよ!急いで!」
俺は慌てて箸を持った。焦げないように気をつけながら、時々ひっくりかえして両面をこんがりさせる。ふつふつとしてきたところでハルヒ特製の水溶き片栗粉を投入してトロミをつけた。これで餡の完成である。
「あっちちっ……」
出来上がったものを皿に取り分けていると、湯気の向こう側からハルヒが言った。
「キョン、ちょっと来てみなさい。」
「何だ?」
言われるままにテーブルの横へ立つと、ハルヒは俺の顔に手を伸ばした。
「ソースが付いてるわよ。」
人差し指で頬をなぞられ、そのまま口に持っていかれる。ちゅっと音を立てて舐め取られてから、ハルヒは自分の唇を舌先で拭った。その仕草が何とも言えず艶か
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
俺が聞き返すとハルヒは、
「いいから!ほらっ!」
と、フライパンの蓋を押しつけてくる。俺は言われたとおりに火を止めると、その上にフライ返しを差し入れて蓋をする。その上からさらに別のフライパンを乗せてから再び点火した。
蒸し焼きにしているのかと思ったら、そうではなかった。蓋の上に乗っかったフライパンが勝手に動いていたのだ。
ハルヒが何かやってるな、と思っていたら、それはあっという間に終わった。蓋の上に乗せられたフライパンがゆっくりと上下運動を始める。蓋の下ではフライパンの中で餃子が踊っているはずだ。
「どうだ」
と、得意げな顔のハルヒである。
「これなら中まで火が通るわよね。しかも余熱で焼けてるし」
俺には何が何やらわからないのだが、ハルヒ曰く、「料理も科学の一種よ」ということ
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
「そう!余熱で!」
ハルヒはエプロンのポケットから、携帯用のガスコンロを取り出した。いつの間にそんなものを持ち歩いていたのか。そしてそんなものをどこに隠し持っていたのか。俺は不思議に思ったが訊かないことにした。
ハルヒは手早く火をつけて、フライパンを乗せた鍋に突っ込んだ。蓋をして待つこと数分。
「そろそろいいわね」
皿に盛られた焼き立ての餃子を箸でつまみ上げ、ハルヒは満足げな顔になった。俺も自分の分を取って食べる。
「どう?おいしい?」「んまい」
ハルヒの手料理を食べるのは初めてではない。こいつはやたらと凝り性なので、何かしら作ってくれるのだが、その出来映えにはいつも驚かされる。
今日はまた格別だった。皮がパリッとしていて、中の肉汁がじゅ
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
俺はその言葉に首を傾げる。
するとハルヒは俺の手からフライ返しを奪うように取り、
「あたしが焼く!あんたはお茶でもいれてきなさい!」
「お、おう……」
言われてみれば確かに熱い方がうまいだろうなと納得しつつ、俺は茶葉を探すためにキッチンへと戻る。
朝比奈さんはさっきの会話が聞こえていたのかいないのか、相変わらずぼんやりした表情のままである。
「…………」
俺は少し考え、棚の上に置いてあった湯飲みを二つ取ってリビングへ。
そこではハルヒが真剣な眼差しで焼き上がった餃子を次々と皿に移しているところだった。
「ほらっ、食べなさい!どんどん食べなさい!」
まるで大盤振る舞いのように次々テーブルの上に並べられる餃子を見て、俺は呆れた声を出した。
「お前、そんなに食えるのかよ」
「当たり前じゃない。むしろ足りないくらいだわ」
ハルヒは自信たっぷりにそう言って、自分も箸を取りつつ俺の向かい側に座った。
「それにしてもキョン、あんたが料理なんかできるなんて意外ね」
「まあ、一人暮らしだからな
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
ハルヒはフライパンに蓋をして、コンロの火を止めた。そして何やらダイヤルを回し始めると、やがてその下の鍋が沸騰しはじめた。
「なるほど」と俺は言った。「余熱か。こっちもそろそろだぞ」ハルヒは鍋から目を離さず、フライ返しで皮の上に中身を落としていった。
「はい!焼き上がり!」
ひっくり返された餃子からは湯気が上がっている。いい感じだった。俺と朝比奈さんはそれぞれ皿を持ってテーブルについた。ハルヒはキッチンに戻って自分の分を装う。長門はまだ来ない。
「お待たせーっ!」
ハルヒが満面の笑みで席に着いた。さて、いただきますかね。
「ん~……!」
朝比奈さんの目が丸くなって、口元を押さえた。
「おいしいですぅ」
「そうでしょうとも」
「キョン!!余熱で餃子を焼くわよ!!!」
「余熱で??」
ハルヒは俺の疑問に答える気はないらしく、さっさとコンロの前に行ってしまった。仕方なく俺は皿やら箸やらを用意してやる。その間に朝比奈さんがお茶を入れてくれた。ありがたいことだ。
ハルヒはコンロの火加減を見ながら、
「キョン、あたしとあんたはね」
「なんだ?」
「これからもずっと一緒なのよ」
何を当たり前のことを言ってるんだか。
「でも、あんたがどこに行こうと、何になろうと、どんなふうになっても……あたしだけは変わらずにここにいるわ。だから安心