輪郭はなぜあるのか
WHY DO THINGS HAVE OUTLINES? このメタローグも、一九五三年の「エトセトラ」に収緑された。内容的にも、「ゲーム・・••••」から「輪郭•••••」までの三は、互いに関連が深い。物理的な宇宙が、量的で連続的なあり方をしているのに対して、情報と伝達と組織とパターンの世界は差異や対照からなり、したがってそこにはつねに"輪郭"が現われるというポイントは、ベイトソンの思索のステップの中で、非常に大きな意味をもったようだ。これら三席のメタローグの「副読音」または「続編」として、「精神と自然」の「学校の生徒もみんな知っておる」のその6、その7、そのg、その10が便利である。
本文
DAUGHTER パパ、輪郭はどうしてあるの?
FATHER 輪郭?輪郭って、あるのかね。どんなものに輪郭があるんだ?
11
羊の群れはどうだ?一頭の羊じゃなくて群れ全体。それにも輪郭があるか?「会話」はどうだ?
もう!会話の形なんて絵に描けないでしょ?「もの」よ、あたしの言ってるのは。
いや、おまえの言ってる意味を確かめようと思ってね。「ものを描くときには、どうして輪郭を描くことにな
るのか」という意味なのか、それとも、描く描かないに関係なく、ものには輪郭があるという意味なのか。
D......どっちなのかしら…・。わからない。教えて?
Fうん、パパにもわからん。
ーむかしね、すごいカンシャク持ちの画家がいた。あらゆるものの絵を描きな
ぐった画家なんだが、死んでからある人が彼の本をめくってると、あるページに「賢人は輪郭を見るがゆえに輪郭を描くのである」と書いてあった。ところが、別のところをめくると、今度は「狂人は輪郭を見るがゆえに輪郭を描くのである」と書いてあったんだ。
D どっちなの?その人が本当に思ってたのは。
F その画家の名前はウィリアム・ブレイクというんだが、彼は偉大な芸術家であり、そしてすごいカンシャクの持ち主だった。ときどき自分の考えを紙つぶてにして、人に投げつけたりした。
D
そんなにいつも怒っていたわけ?
F
そりゃもう。なにしろ当時の人からは気狂いだと思われてた。そしてそう思われることでまた彼は怒り狂った。いや、彼はいろんなことに我慢がならなかったんだな。その一つが、ものに輪郭がないかのように絵を描く描き方だ。そういう絵を描く連中のことを、彼は「ボケ画派」と言ってバカにした。
変な名前。あまり寛容な人じゃなかったのね。
F寛容?そんな言葉どこで覚えた?学校じゃそういうことを教えるのか。寛容であれと…・・。そうだとも。ブレイクは寛容な人間じゃなかった。寛容でいるのがいいことだとも思っていなかった。それは、一種の「ボケ」だと思ってた。輪郭をぼやけさせ、全部いっしょくたのゴチャマゼにしてしまうことだと思ってたんだ。どんなネコも全部灰色にしてしまうんだと。世界がくっきりクリアに見えないようにしてしまうんだと。
Dはい、パパ。
F「はい、パパ」?何ていう返事だ。返事になっとらんじゃないか。自分の意見は何もありません、パパが何を言おうとブレイクが何を言おうと、そんなこと関係ありません、そういう意味にしかならんぞ、それは。「寛容」なんてことを学校で教えるからいかんのだ。だからみんな頭がボケちまって、大事な区別が何もつかんようになってしまうんだ。
(泣き出す)
Fゴメン。悪かったよ、いきなり怒ったりして。おまえに怒ったわけじゃないんだ。いつまでたってもきちんと物事を考えようとしない人間というものに腹が立っただけなんだ。「寛容」なんてことを言って、物事はいいかげんにしておくのが美徳であるかのように教えるやり方にね。
Dでも、パパー
F何だね?
Dううん、わかんなくなっちゃった。ちゃんと考えられないの。みんなゴチャゴチャになっちゃって。
Fパパのせいだ。カンシャクなんか起こして、おまえの頭をすっかり混乱させてしまったんだね。
Dパパ?
F何だ?
Dあのこと、どうしてそんなに怒ったりすることなの?
Fあのことって?
Dそのーものに輪郭があるかどうかっていうこと。ブレイクって人は、そのことで怒ったんでしょう?パパだってよ。何か理由があるんでしょ?
Fそうだな。それはね、どうでもいい問題ではないからだ。・・・たぶんそれが、すべてのうちで一番重要な問題だからだ。それ以外に重要な問題は一つもないとさえパパは思うよ。この世にある重要な問題というのは、みんな論邦の問題にからんでいる。その大きな問題の一部になってるから、重要になってくる。
Dパパの話、わかんないわ。Fそうだな。じゃあ、「寛容」の話をしよう。ユダヤ人のことを、「キリスト殺し!」とののしる人には、パパは寛容にはなれない。なぜなら、その人は頭のなかがボケてて、輪郭がきちんと引けないからだ。キリストを殺したのはユダヤ人じゃないよ。イタリア人だ。
D そうなの。
Fただし、彼らのことを、今は「ローマ人」と呼ぶ。彼らの子孫には、「イタリア人」という別な呼び名を使うわけだ。いいか。ユダヤ人のことを、キリストを殺したと責める人間は、頭のピントが二重にボケてる。まず、事実じゃないことを事実みたいに言うのは、歴史をぼやけさせることだ。それとだね、先祖がしたことの責任を子孫が取れというような言い方は、やっぱりどこかボケてるだろうが。
Dはい、パパ。
いいだろう。今度は怒るまい。パパの言ってるのは、そういう、物事をゴチャマゼにして平気でいる人間には、寛容になってはいけないということさ。
Dパパ?
F何だ。
Dまえに、ゴチャマゼの話、したでしょう?今もまた同じ話してるのかしら。
Fそうだよ。もちろんさ。このあいだやった話が重要なのも、今の話とつながっているからだ。
Dあのとき、パパ、納事をくっきりさせるのが科学だって言ったのよね。
F そうだ。その話を、今してるんだよ。
パパの言うことって、うまく理解できないの。別のことだと思ってたことが、すぐにくっついてしまうんだもの。わからなくなっちゃうわ。
難しいだろうってことはわかるよ。肝心なのはね、この会話にも本当は輪郭があるっていうところなんだ。F徹底的に混乱した世界というのはどんなだか、考えてみよう。何から何までゴッチャゴチャの世界。そこから何か糸口がつかめるかもしれない。「不思議の国のアリス』に、おかしなクロッケーのゲームが出てくるね。
うん、フラミンゴでやるのでしょう?
そう、それだ。
D
ボールはヤマアラシなのよね。
ハリネズミだよ。イギリスにヤマアラシはいない。
D
えっ、あれイギリスのお話だったの。知らなかった。
イギリスに決まってるじゃないか。アメリカにダッチェス〔公爵夫人〕がいるかね。
「ダッチェス・オブ・ウィンザー」って、いるじゃない。
T
しかし、そのダッチェスにはトゲトゲはないだろう。ハリネズミについてるみたいな立派なやつは。
D
ナンセンスなこと言うのやめて、アリスの話続けてちょうだい。
F えーと、フラミンゴか。あのアリスの話の作者はね、パパとおまえが今考えているのと同じ問題を考えていたのさ。何もかも徹底的に混乱させていったらどうなるか想像して、それをアリスの物語に書き込んだわけだ。
木槌のかわりにフラミンゴにすれば、どんなふうに球に当たるか全然予測がつかない。勝手に首が曲がってしまうんだから、うまく当たってくれるかどうかもわからない…・・・・・
D それに、球が勝手に歩いてっちゃうかもしれない。ハリネズミだから。
F そう。次にどういうことになるんだか、だれにも全然見当がつかないわけだ。
)そして、球を通す輪も歩いてっちゃうの。兵隊がやってるから。
そう。全部が動く。そして、どう動くのか、動くまでわからない。
Dねえ、パパ、みんな生きていないといけないのかしら。そうでないと、あんなにメチャメチャにはならないわよね。
Fいや、生きていないものでもー。待てよ。そうだよ。おまえの言う通りだ。いや、これは面白い。生き物を使わないと、まったくの予測不能な世界というのは作れないんだな。ほかのやり方じゃ、いつかはプレーヤーに対処の仕方を覚えられてしまう。グランドをデコボコにしても、いびつな球を使っても、木槌のヘッドをグラグラにしておいても、ゲームは難しくなりはしても、不可能にはならない。ところが生き物を持ち込むと、とたんにゲームが成立しなくなる。いや、これはパパも気がつかなかった。
Dほんと?あたしには、自然なことみたいに思えるけど。
F自然か。そりゃ、自然の出来事だが、しかしパパは、いままでそういうふうには考えてみなかった。
D そう?あたりまえのことなのに。
Fしかし、パパには思いもよらなかった。いいかい。先のことを予測して動くことができるというのが動物の際立った特徴なんだ。ネコがネズミに跳びかかるときには、着地の瞬間にネズミがどこまで走っているか予測を立てて、それに合わせてジャンプの仕方を調節する。そういう特別なことが動物にはできるんだ。そして、だからこそ、逆に動物の動きが、この世でただひとつ本当に予測できないものになる......。人間の法律というのも、妙なものだな。人間の動きに規則を押しはめて、予測できるようにしようっていうんだから。
D 予測ができないから、法律を作るんじゃない?法律を作る人は、予測できるようにしたいのよ。
だろうね。
D
今の話は、何についての話だったの?
F何についての話かな。パパにもまだくっきりとは見えてきてないんだ。クロッケーのゲームを完全に混乱させるには、生き物ばかり使えばいいとおまえが言ったところから、新しい考えの道筋が開けて、そこを探っていってるんだが、まだ疑問がつかまらないんだよ。どこかこう、おかしいんだな。
Dどこが?
F うん、そこがまだぼやけてるんだ。生き物と生きていないものとを区切る仕切りがね。動物と機械とは折り合いが悪いだろ?うまくフィットしない。みんな自動車で動いてるところに、馬で入っていったら、交通がガタガタになってしまう。それもフラミンゴでクロッケーやるのと結局同じことになるんだな。ポイントは馬の動きが予測できないところにある。
D人間はどうなの?人間だって生き物でしょう?うまくはまりこめるのかしら。車のなかに。
F本当はうまくはまっていないのさ。一生懸命努力して、いろいろ予防線を張って、それで何とかやってる。
自分の動きが予測可能になるように必死でがんばってるわけだ。そうじゃないと機械が怒って襲ってくるから。
D機械が怒ったら、それ、予測できない機械にならない?パパと同じになっちゃう。パパっていつ怒るかわからないもの。パパにだってわからないんでしょ?
F そうだな。
Dでも、予測できなくっていいわ、パパは。その方がいい。いつ怒りだすかわからないのはいやだけど。
D 会話にも輪郭があるって言ったでしょう?あれ、どういうことなの?この会話にも輪郭があるのかし
ou
Fあるともさ。ただ、終わらないうちは見えない。輪郭というのは、内側からは見えないもんなんだ。だって見えてしまったら、どうなる?ふたりでこれから何の話をするのかまで、みんな決っていたとしたら。それじや、おまえもパパも、二人を一緒に合わせたものも、予測可能な生き物になってしまうよ。機械と一緒だ。
Dパパの言うこと、わかんないわ。物事はいつもくっきり見えるようにしておかなくちゃいけないって、言ったばかりなのに。輪郭をぼやかす人がいると怒るんでしょう?なのに今は、予測がつかない方に、機械みたい
じゃない方に、味方してるみたい。それとね、会話が終わらないと輪郭が見えないのなら、その会話がくっきりクリアなものかどうかだって、わからないじゃない。だったら何とかしようと思っても、できないわよ。
Fそうさ、何もすることはできない。でも、何かしたいと思うのか?この会話に。