知の編集術
「リンゴ」をコンパイル(編集)的に説明すると、果物、果実、赤い実がなるバラ科の落葉高木、アジア西部からヨーロッパ東南部原産の果、リンゴジュースやアップルパイなどの原料、といった説明がつづく。リンゴに内属する属性を定義付けをするようにふやしていくわけだ。ようするにリンゴにまつわる規定的な説明をすること、人によって異なるイメージではなく、ある一定のイメージをつけること、それがコンパイルの役割なのである。つまり法的なのだ。これにたいして「リンゴ」には、たとえば「エデンの園のリンゴ」や「アップル・コンピュータレや「ニュートンのリンゴのエピソード」や「美空ひばりのリンゴ追分」や「並木路子のリンゴの唄」や、また、さまざまな個人的な思い出などがふくまれるのだから、「リンゴ」をひとつの情報素材として、これをきっかけに自由にイメージの翼を広げてみようというのが、エディティングの基本的な発想になる。つまり、そこ(ある情報)にひそむイメージの種子をふくらませて解釈を動かしていくこと、それがエディティングの起動なのである。「こうしてみると、なんだ、それは思素や表現そのものではないか、編集との区別がわからないとおもうかもしれない。そうなのだ、半分はそうなのである。エディティングは私にとってはそれがあたりまえのことだが、当然に思索や表現をふくんでいる。もうすこし正確にいうのなら、エディティングは思索も表現もふくんだ知の行為の進行形であり、かつまた、その思索や表現がもたらす「情報の様子」に応じて新たな動向をつくっていくことなのである。この、進行形、新たな動向、というところがかんじんなところだ。 動かない知識や止まっている思想というものは、それは情報ではない。そういう情報は死んでいる。知識や思想を動かしているとき、そこに編集がある。
単語が並んでいれば、それで一応の情報が成立しているとはかぎらないということだ。情報の並び方、すなわち句読点の打ち方によって意味が動いていくことに注意する。
編集工学では、このようなことを「情報は文脈でできている」あるいは「文脈は分節でできている」とよんでいる。
分節(articulation)というのは文脈をつくる情報の切れ目の単位のことである。
以上のように、編集術ではまず、
①情報の海に渦巻く「文化」を相手にしているということを、
次に、②情報を構成している「文脈」を相手にしているということを、たいせつにするわけである。
情報の様子
相互接続と共振
情報の図と地
方法の時代
私は二十一世紀は「方法の時代」になるだろうと考えている。ここで「方法」といっているのは、「主題の時代」ではないという意味だ。
すでにわれわれは二十世紀においてだいたいの主題を提出し、その展開が意外にも難題をたくさんかかえていることを知った。たとえば平和、たとえば教育問題、たとえば安全保障、たとえば経済協力、たとえば環境保全、たとえば飢餓脱出.....。これらは地球上のどんな社会にとっても、いまや最も重要な主題として認識されている。〜
主題は近代ではっきりした
方法を模索する時代
コンテンツからメソッドへ
実は、こんなことはソクラテスや荘子やブッダの時代、すなわちヤスパースが「枢軸の時代」とよんだ紀元前六世紀頃には、だいたいわかっていたことだった。
かれらはめんどうくさい議論や学習をするよりも、人間には事態に応じた知恵があればいいのだと教えてくれた。しかもすべての出来事は、善悪であれ、貴賤であれ、都鄙であれ、たいていは表裏の関係にあるということも断言してくれた。ただ、このような達観をもっていた人物の考えかたの大半は宗教や心の問題になっていった。そしてキリスト教・イスラム教などの一部の宗教をのぞいて、実面から遠のいていった。
それに、かれらにもまったく見えていなかったこともあった。それは産業革命と国家による地球分割と資本主義の肥大化という出来事である
こういう状態を、かつてダニエル・ベルは「工業社会の終焉」とか「イデオロギーの終焉」と判断し、ついでガルブレイスは「不確実性の時代」とみなした。そのうちニコラス・ルーマンは「構造流動」とか「パラダイム・ロスト」といった言葉で時代的な病巣を象徴し、ジャック・デリダは「脱構築の時代」ととらえ、ウィリアム・リースは「満足社会の喪失」と、フランシス・フクヤマは「歴史の終わり」とよんだ。
情報の歴史
遊びの編集
ごっこ
ミメーシス
見立て
ロールプレイ
しりとり
相互編集
宝探し
空間の探索
見えている世界/見えていない世界
遊びの形成
情報化→編集化
現象の一般化した情報
情報の構造化による訂正可能性の獲得
カイヨワ
Miyabi.icon自分等と同じ文脈
アゴーン
アレア
ミミクリー
イリンクス
ここには編集工学で言う相互編集性と自己編集性がある
相互編集性」(mutual editing)という、編集にとって最も能動的なはたらきが示唆されている。自己編集性とは自分でゲームの中に入っていって、そこにある要素や機能や条件をいかしながら編集することを、相互編集性とはやはりゲームの中に入るのだが、そこにたまたま居あわせたメンバーとともに何かを場合に応じて相互編集していくこと
法
掟、戒
違反の思想
条項の相互編集性
解釈による運用
編集工学における編集的な扱い
明文化
コンパイル、コディファイ
解釈
エディット
キーノートエディティング
要約編集
らしさ
解釈されやすさ。モード
ステレオタイプ(典型性)...・特定の何かや誰かに代表されるモードや「らしさ」
プロトタイプ(類型性).....一般化できる概念としてのモードや「らしさ」
アーキタイプ(原型性)....文化や文脈の奥にひそむモードや「らしさ
分子と分母
サンプル(分母と分子(測度によって変わる
エディティングモードの技法
①ストーリー性をいかしたダイジェストによる「重点化モード」
②論旨のアウトライン(骨組)だけに焦点をあてた「輪郭化モード」
③一枚ないしは二、三枚の図にしてしまう「図解化モード」
④論旨の背景となっている考え方との関係を組みこんだ「構造化モード」
⑤別のメディアに変換するための「脚本化モード」
⑥ニュースとして伝える目的をもった「報道化モード
連想ゲーム
同義的連想
いいかえ
Miyabi.icon事前のモデルを離れないことで意味が拡張
編集用法の一覧
A・情報を収集して分類する
B・情報を系統やネットワークにする
C・情報群をモデル化あるいはシミュレーション化する
D・情報の流れに入れ替えをおこして、意味を多発ないしは沈静させる
文節、文脈
E・情報の多様性にオーダーやルールが生まれるようにする
重み、順列をつける
F・情報を年表や地図や図表にする
G・情報群に引用や注釈を加えていく
日・演劇や音楽や舞や芸能などを編集する
I・デザインや装飾をする
J・異文化コミュニケーションを可能にする
異なるモデル
K・ゲームやスポーツや競技をつくる
L・遊びのための編集をする
旅行
編集八段錦」
1.区別をする(distinction)‥‥情報単位の発生
2.相互に指し示す(indication) ‥‥情報の比較検討
3.方向をおこす(direction)‥‥情報的自他の系列化
4.構えをとる(posture)‥‥解釈過程の呼び出し
5.見当をつける(conjecture) ‥‥意味単位のネットワーク化
6.適応させる(relevance)‥‥編集的対称性の発見
7.含意を導入する(metaphor) ‥‥対称性の動揺と新しい文脈の獲得
8.語り手を突出させる(evocate)‥‥自己編集性の発動へ
編集十二段活用
①注意のカーソルを対象にむける。
②注意の対象およびその周辺に少しずつ情報が読みこまれていく。
③同義的連想が始まって、シソーラス性が豊かになっていく。
④だんだん情報の地(情報分母)と図(情報分子)が分離できていく。
⑤さらに階層化がおこり、情報の周辺をふくむ全体像が立体化してくる。
⑤さまざまな情報がネットワーク化され、リンキングをおこす。
⑦デフォールト(父番構造)やスロット(空欄)が見え隠れする。
⑧それがハイパーリンク状態になったところで、そこに筋道を読む。
⑨筋道にあたるレパートリー(情報見本帳)を検索する。
@カテゴリーが凝集し、ステレオタイプやプロトタイプが出入りする。
(必要な情報のレリバンス(妥当性)を求める。
神話の構造
ジョセフキャンベル→ジョージルーカス
原郷からの旅立ち
困難との遭遇
目的の察知
彼方での闘争
彼方からの帰還
リターン