日本におけるコミュニティーと包摂ー宮台真司
社会学
システムの包摂からの闘争
リゾーム的関係性としてのインターネット
↑
しかし実際には、クリエイティブにはならず
大衆の大衆に対する闘争が、大衆社会の全面化
↑
個人化、郊外化
ソフトで流動的な管理への批判
全面的なシステム化でもなく
システム脱出のギャンブル性 ワンチャン
ノマド的逃走は、耕作する
「表象的耕作」偶然性にも安定性にも脱構築的であるような
能力の主体的基盤
1,000時間×nは妥当だなー
いい共同体と悪い共同体がある。
共同体外圧
共同体が空洞化すると、互いに外圧を加え、それを維持しようとする。
ロハスとスローフード
内発性に動付けられた共同体的構え
ロハスはライフスタイルであり、
チェリー・ピッキング(いいとこ取り)でしかない。
「幸せは人それぞれ」
こんな雑な議論は成立しない。
孤独はゲノムに埋め込まれている
コラボレーションによる協力で生き残ってきたので
相互扶助の進化ゲーム的成り立ちを見ればあきらか 
↓
幸せには普遍的要素が存在する
我々は確かに、
「文化的・学習的プログラムによる書き換え」機能を持つが、
↑
定住から始まっている
文化人類学参照 ダンバーズナンバー
人が安定した関係を結べるのは150人程度
原始的なコミュニティによる生存には、
言葉も法も損得も事実上必要ない。
掛け声 Join的言語
お祭り 定住ストレスからの開放としての祝祭性
ハレとケガレ
祝祭性について
包摂的コミュニティは戦略である
仕事しかコミュニティーを持たない、
劣化した個人を包摂するにはコミュニティー的仕事のあり方を提供することが必要である
社会システム的な機能主義 ファンクショナリズム
機能的副次問題
機能としての利点の他におきるコストやでmリット
学問のポイントは自明性を破ること
前提の評価とその波及の評価がコスト評価には重要である
●考察
コンフォミティ 適合化
同調性は本質的視座の共有や、深いコンセンサスによって、
「差異を許容」するためのものであるべきではないか
同調性と同質化
同質化の根本には、集団における合理的選択と、他主眼的自己規定がある
同調性コミュニティにおいて、
用語によるコミニュケーションは、本質的な視座を阻害する。
同調性は本質的コンセンサスから逸脱し、
近視眼的、薄利した形骸になる。
コンフォームにも、ステレオタイプの破壊にも、自己は無い。
科学の同一性は方法論と視座にあるが、、
80年代
コンテクストによる阿吽忖度
言葉よりも、分厚いコンテクストの共有が重要だった。
忖度文化だけが残った、
血縁主義コミュニティ
離散民族ユダヤと中華(王朝変化によるジェノサイド)による適応。
血縁主義の社会には、どこに行っても血のネットワークがある。なのでグローバル化に強い。既にあるコミュニティによる絶対的バックアップ。
弱者故の幇助とホームとバトルフィールド。
利己の動機より利他の動機の方が強い。
利己の動機は終了が自己で明確だが、利他の動機は「困り続ける」
バラバラの個人
血筋よりも家筋 柳田國男
地縁主義は血縁主義と同じ機能があった。
「故郷に錦を飾る」
日本は最も血縁とは遠い社会。
地縁は共同でないと成立しない。システム化に弱く、持続可能性がない。
柳田國男
大人になるとは、分相応であるふ
対して血縁主義は元々マイノリティが逆境に対して獲得した戦略なので、
汎システム化に強い。
表層的コンフォミティが招く停滞
劣化した社会での共同体自治
言葉の自動機械
法の奴隷
損得マシーン
これらによる民主主義は成立しないので、
地域による決定イニシアチブでは徹底して排除することが重要
個人の合理性は集団の合理性を意味しない→合成の誤謬
社会化
社会学の用語、子供や新規参入者が、その社会の文化特に「価値と規範」を後天的に身に付けることを指す。
文化とは、文学・美術・音楽などの精神的な活動のみならず、社会が有する生活様式全般を指す。
社会化をされる側に対して、する側を社会化の担い手と呼ぶ。
第1次社会化
幼児期から、児童期にかけて行われる。言語や、基本的な生活習慣を習得する。
この時期に社会化された事柄は、その後の学習の基本になる。
社会化の担い手は、主に家族である。
特に、生まれたばかりの赤ん坊にとっての社会とは、母親との1対1の関係であり、次第に社会が広がっていく。
第2次社会化
児童期後期から、成熟期にかけて行なわれる。この時期には、社会的役割を習得する。
社会化の担い手は、家族を離れ、学校・同世代・メディア・職場となる。
社会化の形成過程について、社会学や心理学の分野から、多くの理論が提出されている。
社会化の本質は「価値の内面化」であり、自分が尊敬する誰かを模倣したい、という点では共通している。
レヴィストロース
フーコーの権力は不在
方法論的個人主義
方法論的集合主義
プロテスタンティズムの倫理
労働賛美と奢侈品の否定。
禁欲的労働の推奨
主知主義的合理化
そうしようと思えばどんなことでも知ることができること。したがってそこに何か神秘的で予測し得ない力が働いているのではなく、すべての事柄を原則的に予測可能かつ操作可能であること。これらのことを信じると言うのが主知化し、合理化していること言う意味。
事象の理解において、その可能性が十分高いことを自明であると考えることでもある。
脱呪術化と同義である。ここでプロテスタンティズムと繋がる。プロテスタンティズムは、あらゆる神による救いも、×もバスも予定調和的に決まるとした(予定調和説)これにより脱呪術化した。
支配の三類型
支配が可能であるためには自発的に服従する人々がいなくてはならない。その際に、信念の正当性が必要になる。
理念の三類
カリスマ的支配
伝統的支配
合法的支配
合理亭で効率よく多くの人を支配するようなシステムには命令の姿勢のなさと予期可能性が必要。被支配者の服従動機が高まる上に、支配する側の統治コストも簡略化さる。
合理化の極み
ジョージリッツア
マクドナルド化する社会
1. 効率
2. 計算可能性
3. 管理
4. 形式的な合理性という究極の不合理
特に4は、資本主義社会においては顕著で、
古くは封建社会においての社会化から見られる現象である。
ウェブ後と、共通の視点が描かれている。
つまり合理化とは人が物事を、予測可能でかつ操作可能なものにすること。
すなわち計算可能性においても様は予測を可能にすることにつながる。十分な単純化
これらは、主意主意より主知主義を加速させる。周囲主義とは自分がどう感じるか、内的な意志や感情から行動することであり、主知主義は反対に、「こういうときはこうすれば良いと言う知を持って行動する」こと。
すべての事柄は原則的に予測可能かつ操作可能であると言う世界観ならば、
(ブロテスタンティズム的、主知主義的予定調和)
物事をコントロールする知識は、再利用のために保存される(経験主義)そうした知は自分の外に、知識の殻を合理的な精神によって生み出す。(鉄の檻)
こうした鉄の檻は、内発的に思考してした状態から、外的な殻である鉄の檻への依存を高める。(機械的化石化)
例 マニュアル主義 フレーム主義
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転じて、合理化されたシステム世界が全域化すると鉄の檻の外側を失う
内発性が失われて、思考停止に陥る。
(鉄の檻の外を持たないクズ)宮台真司
精神なき専門人 心情なき享楽人
この無が人間性のかつて到達したことのない段階にまですでに上り詰めた、とうぬぼれる。
ウェーバー社会学
他者の心や人格行動について、社会科学はどう判断すべきか?
行為者主観と観察者主観になる。これらの2つの因果関係を解き明かして行くことこそが重要であり、その研究が行為者の行動判断なのか、価値判断なのかの見極めや位置づけが重要である。
人格は行為か 内発性か?
究極、内発性も外部要因的に発生する。
(環境適応のための最適化)