20200520_オンラインによる模擬授業をしました
非常勤で担当している国語科教育法Ⅲは,今日からしばらく模擬授業を行う。今日はその1回目。自分がオンラインで授業を行うのも色々と不都合があるが,学生にオンラインで授業をしてもらうのはどんなものなのだろうかと期待と不安を抱いていた。終わってみて,まあ何とかなったかな…という感想である。
高校の国語の授業を想定し,小説・評論・古文で教材を選定して2〜3人のグループで担当させた。学習指導案やワークシートをを作成・提出させ,それを踏まえて模擬授業を行わせた。今日は小説教材,『羅生門』の授業であった。担当者3人のうちの1人が授業者となり,他の2人はオブザーバーという感じで50分間の授業が展開していった。オンライン授業という形態上,どうしても誰か1人が主に授業者となる,という形は避けられないだろう。教室での対面授業ならば,他のメンバーは机間巡視して生徒役からの質問を受ける,などという形が可能なのだが,オンラインではそうはできない。うーむ,難しいところだ。
今日の授業のハイライトは,老婆が死人の髪の毛を抜いている様子を見て,下人が老婆を床にねじ倒した理由を考察させるところと,老婆の弁解を聞いて下人が老婆の着物を剥ぎ取る際の心情を考察させるところである。授業検討会で生徒役の学生がどうして片方は理由で片方は心情を問うたのか,と聞いていたが,確かにそうだね。まあ,あり得る問いの設定だとは思うけれど,下人の心情の比較を行わせるのが目的であるならば,どちらも心情を問うた方が良いだろう。
また,指導案では記載されていた「登場人物の心情の機微を表す表現に注目させる」という学習目標が,この授業では全く触れられていなかったことが惜しいことだった。扱っていた箇所は下人や老婆の心情を伺わせるような表現が多くある。だから,下人の心情をまとめた後で,それが本文ではどのような表現で示されているかを確認させると良かったろうなぁ。
とはいえ,オンライン授業という特殊な環境ではあったが,久しぶりの『羅生門』の授業を見た。正直言って,懐かしい。学生は健闘してくれた。無論,学生なのだから物足りない点はある。しかし,私の仕事は,学生自身が実現しようとしていた授業目的と実際の授業とが乖離していないかどうかを自覚させることだし,それを解決するための方法を学生自身に考えさせることである。良い授業(誰にとって?)とはかくあるべし! という姿を示すことではない。しかし,今の僕ならどんな授業をするかなぁ,できるかなぁ,とあれこれと思いを馳せる。
高校の現場が懐かしいな。久しぶりにそう思わせられた。