ファレイ和から理想的な平均律を導出する実験
はじめに
YouTubeを徘徊していたらこんな動画を発見。
https://youtu.be/LZNkeA2HGhs
製作者の疋田櫂は2023年2月時点で中学2年。音楽理論はもちろん大学レベルの数学にも言及して音律に関する研究を独自に行い,論文や動画にしている。動画説明欄に彼の論文やスライドへのリンクがあったのでそっちも読んでみたけれど,探究心が多方向に果てしなく爆発しているのが資料の隅々から分かる。というかレベルが高すぎて自分の理解が追いつかない。恐ろしい...
この動画の中で個人的に気になったのが 3:53- の「音程の指数部分がファレイ和になっている」と説明している部分。この時に映されている図をよく見ると,長音階(ドレミファソラシド)の半音(ミ-ファ間,シ-ド間)の開きが全音の何倍であるかという軸に沿って,上は0倍の5平均律から下は1倍の7平均律まで様々な平均律が並べられている。
この図に挙げられている 5-22-17-29-12-31-19-26-7 という数列。
https://www.youtube.com/live/gfc_97g-W8A
該当記事・動画内ではこの配列が Soft - Hard という軸に沿って並べられている。要約すると,完全五度(ド-ソ間)と長三度(ド-ミ間)の音程が広ければ広いほど Hard な平均律であり,その逆が Soft な平均律,ということらしい。半音が狭くなるほどその他の音程が必然的に広くなるので,この数列が意味するところは疋田氏の数列と全く同じであるといえる。
疋田氏のスライドではこの配列と音程の指数部分がファレイ和というものと関連するということなので,実際に試してみる。
ファレイ和
ファレイ和とは,2つの分数の分母と分子どうしを足し合わせる操作のこと。例えば$ \frac{2}{3} と$ \frac{3}{4} のファレイ和は$ \frac{2+3}{3+4}=\frac{5}{7}といった感じ。もともとファレイ数列というものに出現する性質であるためにファレイ和という名前がついているが,英語では Farey Sum の他に Mediant, Freshman Sum とも呼ばれている。 音程の指数部分とは,例えば「12平均律は1オクターブ (1:2) を12等分した音程であり,1ステップの周波数比が$ 1:2^{\frac{1}{12}} である」というときの$ \frac{1}{12} の部分のこと。また12平均律において完全五度は7ステップ分に相当するので周波数比が$ 1:2^{\frac{7}{12}} となり,音程の指数は$ \frac{7}{12} と表せる。この指数に対してファレイ和を求め続けることで先ほどの配列が出来上がるようだ。
やってみる
半音
左端を5平均律の半音 (0ステップなので 0/5) ,右端を7平均律の半音 (1ステップなので 1/7) とし,隣同士の分数のファレイ和を求めて新しい数列を作り続ける。
$ F(0)=\left(\frac{0}{5},\frac{1}{7}\right)
$ F(1)=\left(\frac{0}{5},\frac{1}{12},\frac{1}{7}\right)
$ F(2)=\left(\frac{0}{5},\frac{1}{17},\frac{1}{12},\frac{2}{19},\frac{1}{7}\right)
$ F(3)=\left(\frac{0}{5},\frac{1}{22},\frac{1}{17},\frac{2}{29},\frac{1}{12},\frac{3}{31},\frac{2}{19},\frac{3}{26},\frac{1}{7}\right)
$ \vdots
3回目の操作で分母に先述の数列が出現した。しかも分子は各平均律における半音のステップ数にピッタリ一致する。
ファレイ和に一致する理屈については自分でもよくわかっていないけれど,2つの分数のファレイ和は必ずその2つの分数の中間くらいの数値になる(加比の理)という性質があるから,単純に左右両端の音程によく似た中間くらいの音程を計算で導出しているということかな......?分からん。。。
全音
今度は左端を5平均律の全音 (1ステップなので 1/5) ,右端を7平均律の全音 (1ステップなので 1/7) として同様に数列を作り続ける。
$ F(0)=\left(\frac{1}{5},\frac{1}{7}\right)
$ F(1)=\left(\frac{1}{5},\frac{2}{12},\frac{1}{7}\right)
$ F(2)=\left(\frac{1}{5},\frac{3}{17},\frac{2}{12},\frac{3}{19},\frac{1}{7}\right)
$ F(3)=\left(\frac{1}{5},\frac{4}{22},\frac{3}{17},\frac{5}{29},\frac{2}{12},\frac{5}{31},\frac{3}{19},\frac{4}{26},\frac{1}{7}\right)
$ \vdots
完全五度
全音と半音を組み合わせることで長音階の各音程を作ることができるので,完全五度は全音3つ+半音1つと表すことができる。出現するファレイ和もやはり上で計算した各平均律の全音・半音のステップ数の足し合わせと一致する。
$ F(0)=\left(\frac{3}{5},\frac{4}{7}\right)
$ F(1)=\left(\frac{3}{5},\frac{7}{12},\frac{4}{7}\right)
$ F(2)=\left(\frac{3}{5},\frac{10}{17},\frac{7}{12},\frac{11}{19},\frac{4}{7}\right)
$ F(3)=\left(\frac{3}{5},\frac{13}{22},\frac{10}{17},\frac{17}{29},\frac{7}{12},\frac{18}{31},\frac{11}{19},\frac{15}{26},\frac{4}{7}\right)
$ \vdots
長三度
$ F(0)=\left(\frac{2}{5},\frac{2}{7}\right)
$ F(1)=\left(\frac{2}{5},\frac{4}{12},\frac{2}{7}\right)
$ F(2)=\left(\frac{2}{5},\frac{6}{17},\frac{4}{12},\frac{6}{19},\frac{2}{7}\right)
$ F(3)=\left(\frac{2}{5},\frac{8}{22},\frac{6}{17},\frac{10}{29},\frac{4}{12},\frac{10}{31},\frac{6}{19},\frac{8}{26},\frac{2}{7}\right)
$ \vdots
考察:ファレイ和で導出できる平均律とは...?
今回はファレイ数列で様々な平均律やステップ数の近似値を導出してみた。
しかしこの操作はあくまで「長音階を大きさの同じ5つの全音と2つの半音によって構成する」という前提で行なっていることに注意しておきたい。このような音階は 5L 2s のMOSスケールと呼ばれる。
例えば純正律においてはド-レ間 (8:9) とレ-ミ間 (9:10) の2つの全音は間隔が異なり,それぞれ大全音・中全音という名前が付けられている。これに着目しつつ今一度スライドの図を眺め直すと,例えば計算中に出てきた22平均律の場合,全音2つの堆積 (8ステップ) よりもむしろ1ステップ少ない7ステップの方が純正比のミの音程 (図中5/4と書かれた黄色の破線) に近いため,22平均律には大全音 (4ステップ) と小全音 (3ステップ) の区別があるとみなすこともできる。
よって,音階の形が多少崩れてもいいから純正比を近似できる平均律が欲しいのか,それとも西洋音楽の理論と密接に関わる全音や半音の等間隔性を優先するのかによって,ファレイ和を利用するか否かを判断するのが良いかと思う。それでもスライドの図を眺めた感じでは,12平均律と19平均律で挟まれた範囲がその両方を実現するバランス型な平均律っぽい気もする。
関連資料
Wikipedia
加比の理について