吉田松陰
別にヨーロッパかぶれだったわけではなく、日本という国が世界の国々と比較してどのような位置にあるか、どのぐらいの水準にあるのかを知りたかった。そのためには諸外国のものを学ばなければ比較できないので、黒船に乗って密航を企てたりした。
一方、ヨーロッパに行った伊藤博文たちは、日本は遅れているという感覚になって、鎖国をする幕府を倒して新しい政府をつくり、欧米のものをどんどん取り入れようとしていった。
欧米のものを受け入れたとき、日本にある伝統や大切なものまで失うということが起きた。それが150年以上たった今頃になって、ようやく見直されてきている。