堀江武史のホロカヤント断層
府中工房 堀江武史
2021年、宮川一郎氏から北海道大樹町の海岸に興味深い地層がある、と聞いた。この時すでに宮川さんは地層から採取した土にメディウムを加えて絵の具にしていたので、その「興味深さ」とは地層の色合いにあり、絵画的な意味合いがあった。一方でこの地層をそのまま剥ぎ取りたい、という宮川さんの要望はモノとしての興味を多分に含んだ思考であった。その後地層の剥ぎ取り作業は筆者が担うことになるのだが、なぜか。筆者は先史考古学を学んだ後、遺物の修復や発掘現場の造形的な保存に携わり、そこで得た知見をアートの形で発表してきた。例えば壁画をのこさない日本の洞窟遺跡の遺物と、洞窟そばのカラフルな地層の土をモノとして並置展示して往時の「美意識」の再考を試みた。こうした現場経験もあって宮川さんから声がかかった次第である。 地層の剥ぎ取り作業とは、簡単に言えば接着剤を塗り、硬化後に剥がし取ることである(今回は4地点で採取:3m×0.4m、3.5m×0.6m、3m×0.4m、0.3m×1.5m)。これにより新鮮で唯一無二の地層面が反転して現れる。現場は地層全体が脆弱で、波と雨による崩落が加速度的に進んでいるようだった。目の前にある膨大な時間の蓄積が今、消えようとしている。その寸前を剥ぎ取るわけだ。剥ぎ取った地層は現地で見るよりも明瞭になるので、土、砂、礫、灰色、黄色という具合に視覚的な分層が容易になる。加えて土、砂の粒度、礫の表面などを触察することによって、視覚とは異なる認知が可能となる。象徴的な出来事があった。たまたま通りかかった人がこれを見るなり、「さわっていいか」と聞いてきたのである。さわりたくなるモノに仕上がったことは幸いであった。
従来、地層標本は地質学や考古学領域における学術資料としての役割があるが、今回のものは美意識にかかわる「資源」とも呼べるだろう。というのも memu earth lab の森下さんたちは大樹町にある「資源」として、様々なモノや音を集めているからである。それも自然界から「拾ってくる」という言い方がふさわしい。何か目的を明確にして拾うのではなく、拾ってから考える、そのように私には見える。それが彼らの言う「再読」の方法であり、気づきへのアプローチの仕方なのだろう。彼らによって拾われたモノを眺めていると、なぜ人はこんなモノを拾うのか、ということに思い至る。
「目的なき合目的性」とはカントの語った美意識だが、memu earth lab の取り組み自体が深く美意識にかかわっているように思う。言葉にはしがたいが自分たちにとっては心地よいと思う音、石、流木、そして地層を拾って帰る。それらは報酬系(※)と呼ばれる脳の眼窩前頭皮質を活性化させ、人にとっては生きていく上で必要な、食料とは別の「糧」になるのかもしれない。そしてココロを前向きに動かすエナジーとなりうるモノ、それが「資源」なのかもしれない。
※報酬系とは報酬が得られたとき、得ようとするときに活性化する神経系の一部。人が美を感じると眼窩前頭皮質の活動が高まることを川畑秀明氏(心理学・感性科学)らが研究。
https://vimeo.com/793567692
北海道広尾郡大樹町 ホロカヤント断層
Video: Ichiro Miyagawa
Edit: Masashi Kitazato
Produced by memu earth lab
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