トラックポイント神話
『遥か太古、知恵と技術の女神アテナは、人間に知識を授ける神器を創造した。
それは赤い宝石をちりばめた杖、「トラクトゥス・プンクトゥム」と呼ばれるものであった。
人間がトラクトゥス・プンクトゥムを手に取り、宝石に指先で触れると、叡智が脳裏に浮かぶという。
杖の先端についた赤い球体は、使い手の意のままに動き、知の探求を助けた。
アテナの神器は、民衆の間で大いなる畏敬の念を集めた。
人々は、トラクトゥス・プンクトゥムを模した赤い宝石を身に着けるようになった。
ペンダントやブローチとして胸元に飾ったり、お守りとして持ち歩いたりしたのである。
また、家々の祭壇には、必ずと言っていいほど赤い宝石が飾られた。
さらに、赤い宝石は書道具の一部としても用いられるようになった。
人々は、羽根ペンの持ち手部分に赤い宝石を埋め込んだ。
書く際に宝石に指が触れることで、アテナの加護と英知が文字に宿ると信じられていたのだ。
しかし、信仰心が欠けている者が宝石に触れると、文字が意思に反して歪んでしまうという。
これは「デフレクシオ (Deflexio)」と呼ばれ、アテナへの信仰の足りなさを示す証とされた。
長き歳月が流れ、人間の英知は徐々に機械文明へと発展していった。
やがて、かのトラクトゥス・プンクトゥムに込められた叡智の結晶たる技術は、機械の制御装置へと姿を変えることとなる。
人は赤き宝石を模した小さな突起物を、計算機の中央に配した。
古の書道具と同じく、使い手はそっと指を乗せるだけで機械を自在に操れたのだ。
これが、現代に伝わる「トラックポイント」の起源である。
しかし、現代においてもなお、信仰心の欠如は「デフレクシオ」を引き起こすという。
それは、トラックポイントが意図に反して微小に動き続ける現象、「ドリフト」として知られているのだ。
女神アテナの英知は、トラクトゥス・プンクトゥムからトラックポイントへと姿を変えながらも、
今なお人類に偉大なる恩恵を与え続けているのだ。』