「ドイツにおける生涯学習と協働学習からみる市民性教育」と「もしドイツにICT導入が進んだらどうなるか」を考察する。
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「ドイツにおける生涯学習と協働学習からみる市民性教育」と「もしドイツにICT導入が進んだらどうなるか」を考察する。
ドイツの教育制度は分岐型にあたり早期の段階での決断が後々まで自分の就ける職業を制約してしまう。別のルートとの互換性が少ないことは生涯学習へのインセンティブを著しく減らしてしまう。半日制も家庭ごとに家庭学習への入れ込み具合の違いが階級再生産を生んでしまう。特に移民の家庭だと宗教や金銭、職業等の理由から特定の地域に住み分けすることになり、ハンデを背負い将来に希望の持てない学生同士が集まった地区において学習意欲を損なうような雰囲気が生まれてしまう。 ドイツの移民政策は戦前におけるナチズムのユダヤ人虐殺の反省から生まれ、とりわけトルコからの移民が多い。戦後において歴史教育において使われる歴史教科書には各国の視点を取り入れるなど偏見を極力減らし対話の可能性につながるような学習を支援する設題などが盛り込まれている。イスラームとキリスト教のように宗教上の違いが住民間での対立につながりやすく、住民間での利害の調整が難しくなっている。情報化社会によってマイノリティがサイバー空間において団結が可能になり、特定の宗教派閥はこれらの危険分子が実力行動に出ない様にグループ内での対話を進めていく必要性が出てきた一方で、学生時代において宗教間を越えた親密圏を形成できた者同士のコネクションはSNSなどを通じて継続的な対話、利害調整に貢献しうるという可能性もでてきた。 宗教といった虚構性の高い原理に基づいて「私たちの宗教における善の実現」と「あなた達の宗教における善の実現」を同時に成立させるため経済的政治的な妥協点を探っていくというような高度な行政レベルでのコミュニケーターから、住民間、職場間、子供間の宗教を理由としたいじめの仲裁や紛争の改善といった日常生活レベルまでさまざまな対話力が求められており生涯学習においてそういった能力を身に着けさせるEQFという教育プログラムがあり、ドイツにおいてそれはDQRとして導入されている。また学校の授業においても協同学習という手法が取り入れられ学生の社会性の向上に貢献している。少数グループで特定の課題解決に向け協力することで諸問題に興味をもたせることが期待でき、知識の増加、問題解決能力や論証力の向上などの効果も出している。 ドイツにおいてICT導入の取り組みは他の先進諸国に比べて遅れているが、ドイツには各州ごとに教育政策を進める実権があり共通の枠組みでICTを導入することを強権的に進めることができないことが理由である。よりよい授業を受ける権利を行使して自分が一番良いと思う教員の映像授業を受けることが公教育で可能になったら、教員の授業は協同学習など少人数支援の必要な授業がメインになり、余剰時間は自分の学習に費やすことが可能になる。 自分の個人向け授業を不特定多数の人間に公開し、そのノウハウおよび授業コンテンツを提供する代わりに視聴者からの批判などのフィードバックを得ることができる。公開することで授業がこれまでの狭い公共圏(そこで授業を受けている生徒と教員間のみ)からより広い公共圏に移行することで、教員にはこれまでよりも論証責任が要求されるようになり教員の生涯学習へのインセンティブにもなりうる。 実のところ日本でもドイツでもやりたければ自分の授業を公開してフィードバックを貰う事は可能だが、自分の授業を批判してもらうのは大変な事であり、自分の威信が傷つけば生徒も自分の話を聴いてくれなくなるのではという不安もつきまとう。教員はらしく振舞っていればそれで十分であり、生徒がその教員から学び取ろうという意志こそ大事なのだという考えもこれを支持するものだ。 しかし、情報化社会の進展と公共圏が変容しつつある現在サイバー空間における公論を教師が体現し、批判する側も対話のルールを守るという在り方を示すことは意義があると思う。映像授業の導入が可能であれば(一定の公開性と質の担保があれば)、これまで分岐型のデメリットとされてきた進路の可変性の低さを改善することが可能になると考えられる。カリキュラムの互換性を高め、コンピテンシーというより上位の教育目標の実現にむけた人材育成こそが重要なのであって、ギムナジウムを卒業したからエリートだというような差別を促進するあり方に変容をもたらしうる。 持続的に教育の効果が認められる教育の在り方について定量的な分析による見直しが進んでいる。すぐれた授業の在り方を分析するため、教員の授業における行為に注目して定量的にデータを集積することで、教員が自分の授業をよい方向へ改善するための行動分析をすることを実現しうる。自分の授業データを提出する代わりにビッグデータから各個人ごとに生涯学習において教員が何を学ぶべきなのかという方向性を提供するというサイクルもICTの導入で可能になるかもしれない。 参考文献
サンドラ・ヘフェリン『生きる力をつけるドイツ流 子育てのすすめ』PHP研究所2002年
遠藤孝夫『管理から自律へ 戦後ドイツの学校改革』 勁草書房 2004年
坂野慎二「3章 ドイツにおける学力保証政策」『教育改革の国際比較』ミネルヴァ書房
2007年
近藤孝弘 編『統合ヨーロッパの市民性教育』名古屋大学出版会 2013年
原田信之『ドイツの共同学習と汎用的能力の育成』あいり出版 2016年
トランスファー21『ESDコンピテンシー』明石書店 2012年
川喜田敦子『シリーズ・ドイツの現代史IV ドイツの歴史教育』白水社 2005年
對馬達雄『ナチズム・抵抗運動・戦後教育』昭和堂 2006年
内藤正典『ドイツ再統一とトルコ人移民労働者』明石書店1991年
保阪修司『サイバー・イスラーム 越境する公共圏』山川出版社2014年
小川仁志『日本を再生!ご近所の公共哲学』技術評論社 2011年
内田樹『先生はえらい』筑摩書房 2005年
「ドイツにおける生涯学習と協働学習からみる市民性教育」と「もしドイツにICT導入が進んだらどうなるか」を考察する。