第6版クメール語版の出版によせて | 池田眞朗
時代は変わる。けれどもその中で、我々は、人々がより幸福な社会生活を送れる仕組みを工夫する、絶え間ない努力を続けて行かなければならないのである。
1997年に日本で初版を出版した原著『民法への招待』は、幸い日本民法の入門書として多数の読者の支持を得て版を重ね、23年目の2020年11月に、第6版を発行することになった。
このクメール語翻訳版の制作は、原著第6版の「はしがき」にもあるように、『日本カンボジア法律家の会』(JJL,共同代表=桜木和代弁護士・木村晋介弁護士)のご尽力によって実現したものである。2000年12月から、順次翻訳されて王立法律経済大学や司法省、弁護士会、裁判官養成所に寄贈され、ついに2008年には本書3訂版補訂の完全訳が完成して寄贈されたのである。
幸いその翻訳書は、yellow bookと呼ばれて多方面で活用されたと聞く。今日のカンボジア王国は、既に立派な民法典を持つ国となっているが、当時の貴国の復興にこの翻訳書が少しでも役に立ったのであれば、大変幸いである。
そして、その後の原著の改訂に対応させるべく、本書第5版(2018年出版)についての翻訳作業が、当時カンボジアに派遣されていたJICAの法律専門家であった篠田陽一郎弁護士のご支援もあって開始され、この度、チュン・クイエンさん(王立法経大学(RULE)かつ名古屋大学日本法センター(CJL)の卒業者で名古屋大学大学院法学研究科修士課程修了)という素晴らしい翻訳者の手で、最新版の第6版(2020年)の翻訳が完成した次第である。
日本では、2020年4月に、民法の債権や契約の分野の約120年ぶりの大改正が施行され、さらに相続の分野でも同時期にいくつかの重要な改正があった。この第6版では、それらの改正がすべて盛り込まれている。したがって、大変幸いなことに、この第6版クメール版は、文字通り、最新の日本民法典の紹介書となっているのである。
私は、2000年12月末に最初の部分的な翻訳書の贈呈式と記念講演のためにカンボジアを訪れた時のことを、そしてその後翻訳が進むたびに何度も繰り返して訪問し、講義をした日々のことを、今でも鮮明に覚えている。訪れるたびに急速な復興を目にすることは、私の大きな喜びだった。
そしてあれからちょうど20年が経過した。新しいカンボジア民法典の完成には、多くの日本人学者も協力した。カンボジア民法典は、もちろん日本民法典と異なるところも、日本民法典よりも先進的と思えるところもあるが、本書は、カンボジア民法典の理解にも役立つ書であると信じる。
最も大事なことは、民法は、それぞれの国で、それぞれの国民のために、より平和で幸福な生活を享受するためのルールを作るものだということである。本書が、アジアの「友人」としての日本とカンボジアの相互理解につながることも期待しつつ、何よりも「民法」という、市民の基本法典の共通の「考え方」を学べる書となることを願っている。
最後に、訳者チュン・クイエンさんに心からの御礼を申し上げます。また、第6版クメール語版の完成に尽力してくださった、JJLの桜木和代弁護士、木村晋介弁護士、元JICAの篠田陽一郎弁護士にも、またクイエンさんを支援してくださったご家族や友人の方々にも、感謝の意を表します。
東京にて2021年2月
池田真朗
慶應義塾大学名誉教授
武蔵野大学大学院法学研究科長(前副学長)
Masao IKEDA
Professor Emeritus at Keio University
Dean, Graduate School of Law (Ex-Vice President) at Musashino University