犯罪をおかす人の脳って、ふつうの人とどうちがうのですか
質問
犯罪をおかす人の脳って、ふつうの人とどうちがうのですか。いろんな事件が多くてこわいです。それからそういう脳を治すことはできるのでしょうか。
解答
確かに、脳の働きと行動には関係があります。例えば、感情をコントロールする部分がうまく働かないと、キレやすくなったり、衝動的な行動をとりやすくなることがあります。しかし、だからといって、「この部分の働きが違うから犯罪を起こす」と断言することはできません。なぜなら、人の行動は、脳だけで決まるわけではないからです。育った環境や、その時の状況、周りの人との関係など、たくさんの要素が複雑に絡み合って、行動に繋がります。
例えば、平成の約30年間の間に日本の少年犯罪は約90%も減少しました。生物学的に考えて、日本の人たちの衝動を制御する脳の働きや、衝動制御が難しい人の割合が、この間に激変したとは考えにくいので、この変化は、広い意味での社会によるものだと思われます。脳が変化しなくても犯罪を減らすことは可能だというわけです。
一方、「犯罪を犯しやすい脳の人を見つけて対処する」という方法は、倫理的に問題があるだけでなく、実際には効果が期待できない上に、コストも非常に高くなってしまいます。
そもそも、これまでの研究や技術では、犯罪に繋がる可能性のある脳の状態を正確に特定することはできません。
例えばMRIで計測される脳構造や安静時脳活動パターンと個人特性の相関を調べる研究はたくさん行われてきましたが、どれも数十人の被験者数(中央値は25人程)でした。これに対して、数千人の被験者がいないと信頼性のある結果は得られなことが指摘されています。これまでの研究は、興味深い仮説を提供するものではあっても、人々の自由や人生に深刻な影響を及ぼす刑法政策の基礎にできるほどしっかりとしたものではありません。
また仮に数千人の被験者で母集団の推定ができるようになったとしても、個人差の効果量は極めて小さく(トップ1%の表現型でも相関係数が0.06程度)、個人向けのバイオマーカーとしてはあまり期待できない、と言われています。
一方、犯罪を防ぐ社会的な方法(貧困対策、教育の充実、地域社会の連携強化など)はすでによく知られた「枯れた社会技術」ですが、より少ないコストで実施でき、より効果的です。
さて特定の人々を「潜在的な犯罪者」として扱うことは、差別や偏見を生み、人権侵害に繋がりますが、それだけでは済みません。
「犯罪を犯す人」は「ふつうの人でない」、だからあらかじめ排除しておけば良いのだ、と考えると、こうした「犯罪を防ぐ社会的な方法」を実行し支える機運が社会から減っていきます。
つまり、せっかく脳が変化しなくても犯罪を減らすことができるのに、その方法が取れなくなっていくのです。
犯罪は社会から生まれます。だから社会的に対処可能だし、社会的に対処すべきなのです。
「犯罪が脳から生まれる」という考えは、そうした犯罪の社会的起源と社会的対処を忘れさせようとする、反社会的思想です。