民俗学の穢れ思想についての変遷が知りたいです
質問
民俗学の穢れ思想についての変遷が知りたいです
赤松啓介や折口信夫、レヴィストロース以降となるといまいち接続されていないようで要領を得なかったです
神殿娼婦や歩き巫女なる存在の不確かさや聖性の「再発見」を礫川全次で知りましたが知識が足りなかったようでつながらなかったです
海外の事例は特に蒐集がうまくいかずお尋ねしたいのです
解答
ご質問者様がお考えの民俗学や穢れ思想とは、私が思うものは違う気もするのですが、私の古い知識では、民俗学におけるケガレ概念は1970年代のハレ・ケを巡る論争のなかで浮上してきたものだった気がします。
この一連の論争のピークに行われたシンポジウムの成果物が、桜井徳太郎ほか著『共同討議 ハレ・ケ・ケガレ』青土社です。
シンポジウムの討論参加者の一人だった宮田登は、従来のハレ・ケに加えてケガレを民俗学の基礎概念に組み入れる必要性を主張しています。
この論争は、ケガレ概念を民俗学に定着させることに寄与しましたが、一方で、論者の間の不一致をあからさまにもしました。検索のためにシンポに参加した論者とそのケガレ論に関わる著作をいくつか挙げると
波平恵美子『ケガレの構造』青土社
桜井徳太郎『結衆の原点―共同体の崩壊と再生』弘文堂
宮田登『ケガレの民俗誌―差別の文化的要因』人文書院
他にはケガレに関するものでは
新谷尚紀『ケガレからカミへ』木耳社、1987年
があります。
次にケガレ概念でなく穢れについて。
穢れは国初めから日本に固有の習俗だという理解が、本居宣長以来、かつては通説とされていましたが、高取正男の再検討により、神話時代から一般的だったのではなく、後に歴史的に形成されたことが示されました。
(文献)
高取正男『宗教以前』橋本峰雄共著 日本放送出版協会 NHKブックス→ちくま学芸文庫
高取正男『神道の成立』平凡社選書 →平凡社ライブラリー
その後、山本幸司は古記録や儀礼書に登場する「穢」を民俗学の「ケガレ」とひとまず区別し、摂関・院政期の「穢」の実態を明らかにし、
さらに、三橋正は穢れが盛んに問題となる中世でその判断の根拠とされる『延喜式』の成立を検討し、いわゆる「穢」観念は、弘仁から貞観年間に成立したことを突き止めています。
(文献)
山本幸司(1986)「貴族社会における穢と秩序」『日本史研究』 (第287号)
三橋正(1989)「『延喜式』穢規定と穢意識」『延喜式研究』(第2号)
海外のものについては、多くは知りませんが、欠かせないのは(今回のコロナ禍でも脚光を浴びた)メアリ・ダグラスの著作、たとえば『汚穢と禁忌』ではないでしょうか。
あと『金枝篇』をまとめたのジェームズ・フレイザーは、呪術を類感呪術と感染呪術に分けていますが、穢れは感染呪術に分類されることになるので、こちらの方からも事例を集めることができるかもしれません。
以上、不十分な解答で申し訳ないです。