betaB/memo
頑張れという言葉
頑張ってんだよ!!!ということである。いや実際そうなるでしょ。結局、『頑張れ』としか言えないのは、それ以上に支えてあげられる関係じゃないんだ。技術的に支えてあげられるなら、そうすればいい。生活面で支えてあげられるなら、そうすればいい。例示すると、ヒロさんみたいな存在。沙英さんを生活面で支えてあげて、さあ頑張りなって背中を押してあげる関係。
頑張れって言葉は悪くない。
うーん、なんと言うべきなんだろう。頑張れって言うことも悪いことじゃないんだよ。でも、ヒロさんみたいな存在が理想じゃない?っていう表現なんですよ。
確かに頑張れって言われて頑張ってるよ!!!とは思うんだけど、それと同時に、私を見ている人もいるのかなーと認識できる。なので完全に否定というのは出来ないなーと。
だからこそ、奨励するという表現。betaBに以下のように書いた。心配はしてるんだよ正直。でもそれよりも祈る。そして
頑張っている人を心配するという行為の否定と、自己完結的に祈るという行為の肯定。そして、認めるという行動の奨励。
当たり前であるけど、不安で心配するというのは未来があるからだよな。読んでいて、上記の否定と肯定というような話ではないんじゃないかと思う。そうじゃなくて、もうなんか直感的に、ああ心配だと思うと同時に不安にさせないために閉じ込めるという行為であったり、それでも応援するという行為であったり、そういう素こそ描かれるべきだなと思う。
ここにも書いたんだけど、自分にナイフを突き立てるという表現がとてもいい。勝手に考えて苦しむ――考えなければいいのに考えてしまうという姿が描けていて好き。
追いかけても追いかけても届かない、もうむしろ、見えないなにかを追っていると言うほうが適当なんじゃないかというような関係性が描けたらいいな。
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