2008年に提出した学部卒論「現代日本の若年層一般正社員における転職」
私が2008年に提出した学部の卒論です。
印刷したものが一部残っていたので、画像撮影からgoogle docomentでOCRしたものを整理しました。
山形浩生さんの翻訳の影響でクルーグマンが昔から好きだったので、当時はリフレを支持していましたが、そのあとリフレに関してはよくわからなくなりました。
マトリックス図をscrapboxのテーブルにした以外は中身はいじっていません。
現代日本の若年層一般正社員における転職
Job changing in young full-time worker in recent Japan
目次
はじめに
第1章 転職と対象者の定義
1 転職の定義・分類
2 対象者の範囲
3 転職と「離脱・発言・忠誠」概念
4 転職の分類への「離脱・発言・忠誠」概念の適用
第2章 転職者の数的推移と現状
1 転職率の推移
2 現状
第3章 転職動機と転職手段
1 転職動機
2 求職手段
第4章 何がよりよい転職をもたらすか
1 弱い紐帯の仮説
2 転職先の情報をどう得るか
3 プッシュ要因かプル要因か
終章 転職とマクロ経済政策
1 長期不況の原因に対する需要側の理論
2 長期不況の原因に対する供給側の理論
3 本論文)立場
4 おわりに
参考文献
English Abstract
はじめに
日本的雇用慣行の崩壊が叫ばれている。戦後、高度経済成長と共に発展してきた終身雇用・年功賃金・企業別組合は、1990年代のバブル崩壊以降、もう維持できないと言われている。それに伴い、若年層において転職が以前よりも当たり前のものとして受け入れられ始めている。転職とはどういった形態に分類できるのか、その分類を用いてどのように有効な分析の枠組みが作れるか、また彼らがどんな動機を持って、どういう手段を使って転職を行うのか、なにがよりよい転職をもたらすのか、さらにマクロ経済的にどういう政策が若年層の転職状況を好転させるのかを本論文では明らかにしていく。
本論分で、なぜ対象を若年層一般正社員のみに絞ったのかについて説明したい。まず、若年層に注目するのは、1990年代のバブル崩壊以降、世代的に見て不利な立場におかれているのが彼らであると考えるからである。バブル崩壊後の不況において、企業は既存社員のリストラよりも新卒採用を控えることを選択し、それによって新卒就職できなかった若年層がフリーターや派遣社員などの非正規社員となることを余儀なくされた。しかも、幸いにも正社員となることができた人々も、人手不足による長時間労働を強いられているという。
正社員の転職だけに注目した理由は二つある。ひとつは、非正規社員まで扱うと、派遣労働、パートタイム労働なども絡んできて、所得・身分格差などまで問題が広がり、本論分で扱える範囲を逸脱するからである。もうひとつは、欧米に比べ外部労働市場のあまり発達していない日本の正社員の転職活動は、派遣やパートなどに比ベスムーズにいきにくく、障害が多いだろうということから、このプロセスを明らかにすることは意義が大きいと考えたからである。
次に用いる方法だが、本論文は厳密な実証論文ではない。むしろ現在の転職をめぐる状況に対するより確かな認識を求める。具体的には、まず一般的な転職の定義をし、それに先行研究を重ね合わせたい。次に転職に関する統計を検討し、若年層の転職を巡る状況に迫りたい。さらに転職結果に影響を与える要因を調べ、どうやってその要因に近づくかを考える。最後に近年のマクロ経済政策を巡る議論を俯瞰し、望ましい経済政策を提示する。
厳密な実証研究ではないと述べたが、本論文では、研究者による文献だけではなく、広く一般向けに書かれた書籍も参考文献として取り扱う。なぜなら、転職という一般的にも関心の高いトピックであるため、研究者以外の著者によって書かれたもののなかにも、重要性の高い書籍が多いからである。このような書籍のなかから、なるべくテーマのはっきりとしたものだけを取り扱いたい。転職というミクロな問題を扱いながら、終章でマクロ経済とのかかわりを考察する理由を述べたい。ここ数年、好景気が続き、新卒の就職率もバブルの水準を達成したりと、労働者にとってよい状況が続いている。このようなマクロ経済状況の変化は当然転職市場にもよい影響を与えているはずである。この状況を分析し、将来にわたってよい経済状態をもたらすためのマクロ経済政策を求めたい。これまで、90年代以降の不況の原因解明に当たって、二つの大きな説が提唱され、それぞれ需要側と供給側の要因を強調したが、本論文では、需要側の要因を重視する学説に立ち、望ましい転職労働市場の実現に当たって、財政金融政策の重要性を強調したい。
第1章
転職と対象者の定義
1 転職の定義・分類
転職を分析するに当たって、まず本論文における転職の定義を述べたい。厚生労働省のよる雇用動向調査によれば、企業への就職者は転職入職者と未就業入職者に分けられ、転職入職者は入職前一年間に就業経験のあるものを指し、未就業就職者は入職前1年間に就業経験のない者を指す。未就業就職者はさらに、新規学卒者と一般未就業就職者に分けられるが、本稿には関連が薄いので、説明はしない。本論文では、転職入職者(中途採用者)を転職者として扱う。さらに、雇用者のみを扱うので、起業などで独立した者は対象にしない。
一般的な意味では、転職とは、文字通り「職(仕事内容・職種)を変えること」だが、多くの場合、雇用先の変更を伴う。よって本論分では、「勤務先を変更して、さらに仕事内容(職種)も変える」ものと、「仕事内容(職種)は維持したままで、勤務先だけを変える」ものを分けて考える。さらに、近年「社内転職」として呼称される、「勤務先は変わらずに、仕事内容(職種)だけを変える」ものを広義の転職と考える。図にすると上のようになる。
図1-1 転職の分類
table:転職の分類
雇用先の変更あり 雇用先の変更なし
職種(仕事内容)の変更あり 比較的難しい 配置転換などによって実現(社内転職)
職種(仕事内容)の変更なし 比較的易しい 勤務継続(何もおきない)
まず、雇用先を変更してさらに職種を変更する転職が、多くの人のイメージする転職だろうが、職種を維持する転職に比べより困難である。なぜなら、中途採用では多くの場合、即戦力として働けることが求められるので、そのためには、自分でそのための技能を身につけなくてはならず、そのための教育コストがかかるからである。また仮に、雇用者側が教育コストを負担するとしても、そのような企業は少なく、求人が少ないだろう。
次に、職種はそのままで雇用先を変更するという転職は、職種を変更する転職に比べれば容易である。なぜなら、自分の持つ技能に対する求人があれば、すぐに即戦力として働けるので、自分も企業も教育コストが必要なく、選考に通りさえすれば、そのまま働けるからである。さらに、勤務先の変更はせずに職種だけ変更するという行動も、広い意味での転職と考えたい。今までの日本企業では、新卒採用時に職種を限定させずに、人事部主導で社員を各部署に配置し、何年かおきのローテーションで幅広い技能形成をさせたり(小池 1997)、新卒時の配属が定年まで維持される場合が見られた。たとえば商社業界のように、最初の配属で定年までの担当部署が決まってしまい、あの人は何々畑という「背番号」が付き、定年までそのままという人事慣行などである。(オバタ 2007)。過去にはこれらの慣行には一定の合理性があったが、社員の意思は尊重されないというやや極端な傾向が見られた。
しかし、近年の若年層での離職者の増加から、労働者と企業双方のジョブ・マッチングへの意識が高まり、採用時に労働者側に職種を決めさせたり、入社後に希望を出せば他部署に異動が可能な企業も増えてきた。商社業界でも、異動の希望を出せば、以前ではまず不可能だった社内異動ができるようになってきた。このように、正社員という雇用の安定を確保したまま、社内で自分の希望する仕事内容を獲得するという行動も広義の転職として考えたい。だが、このタイプの転職を制度として確立している企業の数は少ないのが現状である。
最後に勤務先も職種も変えない場合は、何も起こらず、勤務が継続するだけである。しかし、後で検討するように、転職においてはこの単なる勤務の継続が大きな意味を持つ。
注 ここでは、転勤や昇進などは考えない。
最初に雇用先と仕事内容をともに変える転職と、雇用先だけを変える転職を分けた理由は、上述のように前者を成功させるのはより難しいからである。具体例を挙げて考えたい。山崎は自身の11回の転職経験を本にまとめ、「転職は、誰もがしなければならないというものではないが、誰にでもできることを知ってほしい」そして、「自分の現実を正視して行動を起こすなら、転職はほとんどの人にとって可能なことだと思う」と述べている。(山崎 2002)。とはいうものの、彼のキャリアを詳しくみてみると、「三菱商事→野村投信→住友生命→住友信託銀行→シュローダー投信→バーラーメリルリンチ証券→パリバ証券→山
一證券→DKA→明治生命→UFJ総研他(マルチ勤務)」という風に転社しており、まず商社で為替取引の仕事を覚え、その後はずっとファンドマネージャとしてキャリアを積んできたという。彼は前半の転職で自分の仕事を確立し、後半の転職で仕事環境を改善してきたという。しかし、もし彼が転職において勤務先だけでなく、仕事内容も何度も変更していたら、途中から転職が不可能になるか、勤務条件がどんどん悪化していったであろう。
2 対象者の範囲
本論分では、若年層の転職を扱うとしたが具体的には、20~34歳までを若年層の範囲とする。若年層だけを扱う理由ははじめにでも述べたように、1990年代以降の不況期に不利な状況に置かれたのが彼らだからである(玄田 2001)。マスコミでは不況による中高年のリストラの危機が強調されたが、企業は中高年のリストラよりも新卒採用を絞ることで不況に対応した。失われた10年の中で若年層はフリーターなどの非正規雇用にされることを余儀なくされ、上の世代に比べ不安定な労働環境に置かれ、予想される生涯所得も下がってしまった。
そして、若者全体の雇用問題を考える上では、フリーターや派遣などの非正規雇用も考慮する必要があるが、非正規社員を扱うと問題が大きくなりすぎるのと、本論文では正規社員の転職のプロセスに焦点を当てたいので、非正規雇用の問題は考慮しないとする。
注 さらに、居住地が東京であることも、彼の転職をサポートしただろう。ファンドマネージャーなどの専門的な金融の仕事はほとんどが東京に集中しており、彼がもし地方都市に住んでいたとしたら、こう何度も転職できなかったであろう。地方在住の読者が彼の真似をしようとしても、かなりの困難が待ち受けていると思われる。
3 転職と「離脱・発言・忠誠」概念
本章の1で転職の形態を考えたが、この分類にハーシュマンの議論を援用したい。ハーシュマンは、『離脱・発言・忠誠』において、企業・組織・国家における衰退への個人の反応を分析した。(Hirschman 1970)それによると、企業・組織・国家の衰退に対する反応としては、通常「離脱」(Exit)と「発言」(Voice)の二つのオプションがありうるという。
離脱とは、顧客がある企業の製品の購入をやめたり、メンバーがある組織から離れていくという場合である。例えば企業の衰退に対する反応について考えた場合、ある企業の発売している商品の品質が下がり、満足度の下がった消費者がその企業から他社の商品へと購買対象を変える行動をいう。「離脱オプションが行使される結果、収益が低下したり、メンバー数が減少したりする。したがって経営陣は、離脱をもたらした欠陥がどんなものであっても、これを矯正する方法・手段を模索しなければならなくなる。」
発言とは、企業の顧客や組織のメンバーが経営陣に対して、あるいは、その経営陣を監督する他の権威筋に対して、さらには耳を傾けてくれる人なら誰に対してでも広く訴えかけることによって、自らの不満を直接表明する場合である。「発言オプションが行使される結果、経営陣はこの場合も、顧客やメンバーの不満の原因をつきとめ、可能な不満解消策を模索しなければならなくなる。」例えば、企業の製品の品質が下がったとしても、他社に移らず、アンケートや電話などその他の手段により不満を表明することで、製品の品質が元通りに戻ることを期待する行動である。また国家の衰退に対する反応について考えた場
合、発言は、選挙やロビー活動など政府などへのかかわりを通じて自分の利害を通そうという行動に典型的に見られる。一方国家の衰退に対する場合、離脱は、亡命や移民など一部分だけに見られ、あまり一般的ではない。このような二つの反応メカニズムの有無を基準として、ハーシュマンが組織を分類したのが図1-2である。『離脱・発言・忠誠』では、離脱と発言の概念を非常に多くの例を用いて分析していたが、ここではおおまかな要約として示されている。よって分類は条件付きであり、ボーダーライン上のケースも多々あることを補足したい。
図1-2 組織メンバーによる一般的な反応
table:反応
離脱可 離脱不可
発言可 任意団体、競争的政党、一部営利企業(例えば少数顧客向けに販売する会社) 家族、部族、国会、教会、全体主義的でない一党体制における政党
発言不可 顧客との関係で競争的な営利企業 全体主義的な一党体制における政党、テロリスト集団、犯罪組織
この分類からすれば、会社などは、左上の一部営利企業と、左下の顧客との関係で競争的な営利企業となるのかと思えるが、これは商品を買う顧客側から見た分類であるので、本論文のテーマである営利・非営利の組織に対する所属の変更(=転職)を扱うときには注意が必要である。営利・非営利の団体については、転職によって勤め先を変えること(離脱)や、配置転換の希望を出し
たりすることで希望する仕事内容を得るといったような行動(発言)が可能である。よって、離脱が可能で発言も可能である、任意団体や競争的政党と同じ扱いとすることができる。要するに、図1-2における左上の欄である。
しかし、上でこの分類にはボーダーライン上のケースも多々あると述べたように、離脱や発言の実現可能性は、個々の組織によって大きく異なる。たとえば民間組織と公的組織を比べた場合、明らかに民間組織に所属しているものの方が離脱しやすいだろう。また民間の営利企業のなかでも、IT業界や外資系金融業界など、雇用の流動性の高い業界に所属している人間の方が離脱しやすいだろう。
あるいは発言の実現可能性を考えた場合、労働組合のある企業とない企業では、労働組合のある企業の方が、社員が発言によって自らの要求を通そうとする場合がおおいだろう。
さらにもう一つ重要な概念として、「忠誠」(loyalty)を導入したい。離脱が可能な場合、発言が実際に行使されるかどうかを決定づける主な要因が二つある。一つは「顧客・メンバーが離脱の確実性を目の前にしながら、品質の低下した製品の改善という不確実性をどれだけ積極的に引き受けようとするか。」であり、もう一つは、「顧客・メンバーが組織に対する自らの影響力をどの程度のものと考えているか」である。一つめの要因が、忠誠として知られる組織に対する特別な愛着であり、忠誠の度合いが増すごとに、発言の行使される可能性が高まる。こうして一般に、忠誠は離脱を寄せつけず、発言を活性化させる。
歴史的にアメリカにおける離脱と発言のバランスを見た場合、アメリカは建国のプロセスからも分かるように、離脱に大きな価値をおいてきた。そして現在は徐々に発言重視の方向へ移っているという。これとは対照的に、日本においては離脱の価値は過小評価されてきた。転職をするなど思いも寄らないという意識が、実態はどうあれ、広く共有されていたのは確かであろう。しかし近年、転職に対する意識が徐々に変わってきたように、発言・忠誠の重視から離脱の重視へと傾いているようである。
転職の分類への「離脱・発言・忠誠」概念の適用
では、このようなハーシュマンの議論を図1-1に適用してみたい。
table:適用
雇用先の変更あり 雇用先の変更なし
職種(仕事内容)の変更あり 比較的難しい 配置転換などによって実現(社内転職)
職種(仕事内容)の変更なし 比較的易しい 勤務継続(何も起きない)
離脱 忠誠
↕
組織への非所属
まず、雇用先の変更があり、職種の変更がある場合、さらに雇用先の変更があり、職種の変更がない左側の二つの欄は、離脱とみなすことができる。一般的に転職を意識した労働者は離脱によって自分の要求を実現するといえる。
次に雇用先の変更がなく、職種の変更がある配置転換や社内転職の場合は、発言とみなせる。たとえば、就活学生向けに書かれた波頭の「就活の法則」によれば、志望企業の内定を獲得し、入社を果たしたからといって、自分のやりたい仕事ができるとは限らない。つまり志望企業にはいるだけでなく、その企業のなかで希望する職種に就くことが重要だという。会社に入った後、自分が希望する仕事に就けるかどうかだが、最初の配属は人事部の意図に従うしかないが、その後の二回目以降の配属では、努力と実績によって自分の希望を会社に認めさせることは可能だという。(波頭 2007)このようなパターンが転職における発言だが、今後はこのような考え方が重要になってくると思う。なぜなら、日本においては多くの転職を経た求職者は企業側から敬遠される傾向があり、そのリスクを考えるなら、同一企業内で自分のやりたい仕事を目指すというのがリスクが少ないからである。
最後に、雇用先の変更もなく、職種の変更もない場合は、忠誠とみなせる。
ここで忠誠とは、とりあえず勤務を継続することであり、一見何も起こってないように見える。しかし、上記の波頭のすすめるような発言行動を取るためには勤務を継続していることが必要条件である。さらに、日本においては休職期間は嫌われる傾向があるので、離脱する場合も忠誠は重要である。よって、ただ組織に所属しているという状態であっても、将来の転職に対して意味を持つ。ところで、ハーシュマンの議論では、離脱にしろ発言にしろ、行動の前後に
おいて組織に所属していることが前提とされることが多かったが、失業率が上がり、リストラされた中高年や若年無業者も当たり前のものとなった今の日本の状況を考えた場合は、忠誠の対立項として「組織への非所属」という概念が必要になると思う。組織への非所属というのは、ダニエル・ピンクが「フリーエージェント社会の到来」(2002)で描いたような「インターネットを使って、自宅でひとりで働き、組織の庇護を受けることなく自分の知恵だけを頼りに、独立していると同時に社会とつながっているビジネスを築き上げた」フリーランスのような肯定的な意味合いとは違う。そうではなく、ある時点において自分の身分を保障してくれ、所得をもたらしてくれるような組織との関わりが絶えている状態を指す。いわゆる無職であり、一般にアイデンティティーの危機をもたらす。そのような組織への非所属という概念を考察する理由は、いわゆるニートでなくても、病気や家庭の事情、女性ならば結婚などで組織への所属がなくなる人も多く、現代日本で後半に見られる問題だと思われるからである。
第2章
転職者の数的推移と現状
1 転職率の推移
この章では、転職者の数的な推移を俯瞰してみたい。まず、厚生労働省の雇用動向調査を分析して、大企業と中小企業の転職率の推移を見た小池によれば(2005)、大企業は新卒採用中心で転職者はほとんどいないという通念と違い、大企業の男性労働者でももともと転職者の割合は多いのだという。1970年代半ばから80年代にかけ両者が拮抗していたのにくべ、1990年代以降、とりわけ2000年以降転職者が6割、新卒者3割と差が開いた。しかし、現在の転職者の多さは戦後はじめてではなく、1960年代から70年代半ばの状況に戻ったにすぎないという。さらに中小企業はもともと圧倒的に転職者が多く、日本は終身雇 用という通念は以前から怪しいという。
図2-1 中途入社者の割合 - 入職者のなかの転職者と新規学卒者、男、
https://gyazo.com/6921e8bff12b4ae864b44b3f62b56cec
注:1)はかに辛異して1年未満の間どこにも勤めなかった一最未就業者」も記されているが、ここに掲げなかった。そのため、うえの数値の合計は100%にならない。2)1976年以降は「パート」をのぞく「一般のみを記した、それ以前はこの別がないが、ほぼハー トをのぞいた一般に近いかとおもわれる。建設業をのぞく調査所業計をとった、より長期に接続できるからである。 1970年以降は企業規模、それ以前は事業所規模であり、1969年以前の大規模区分は事業所規模500人以上である。出所:厚生労働省雇用動向調査)。
2 現状
次に、日米の労働市場の分析をした石崎・加藤(2003)によると、過去15年間におけるわが国での転職率は上昇してきたものの、せいぜい5%弱であり、米国の35~44歳の労働者と比べて約1/4となっているという。
図2-2 日本の過去一年間における転職率
https://gyazo.com/1fa46476bb75fa5e44669edc2f959057
(注1)各年とも2月時点。ただし、2002年は、1-3月平均の値。(注2)氏率とは、1年以内の転職者を就案者数で除したもの。
(出所)総務省「労働力調査」、「労働力調査特別調査」、米国労働省「Curent Population Survey」
このように、小池によれば、日本は昔から転職率は現在と同水準であったといい、近年顕著にこれが上昇してきたとは言えないようである。しかし、石崎・加藤によれば、日本の転職率の水準はアメリカに比べ約1/4であり、労働市場の流動化の余地は十分あるようである。まず、小池の説についてだが、昔から転職は多かったと言っても、以前は多くの人間の認識の中に長期雇用という期待が存在し、転職に対してマイナスの評価をもつ人が多かったのは事実であったように思われる。しかし、近年の若
年層正規社員においては、企業の新規採用の絞り込みから、かならずしも自分の希望する企業へと就職することができなかったものが多数存在し、彼らの転職意欲から第二新卒という転職市場が生まれてきたのは確かだろう。さらに、ITと転職エージェントという職業の普及により、勤務を続けながら、以前よりもかなり軽い負担で転職活動が可能になってきたので(山本 2007)、それも若年層の転職率を高めていると思う。
注 厳密に言うと、アメリカには米国では、いわゆる離職率(turn over rate/quit rate)や転職率の長期時系列統計は厳密には存在しない。しかし、Current Population Survey から、在職期間についてのデータを利用することができる。
次に、雇用動向調査からの小池による図では近年転職率があまり増加しているようには思えないが、労働力調査を用いた石崎・加藤の図では、近年転職率は増加傾向にあると言っても差し支えないようである。さらに、日本の転職市場の規模は米国の約1/4であるということから、これからも若年層を中心に転職率は高まっていくように思われる。
第3章
転職動機と転職手段
1 転職動機
この章では、転職者の離職理由と転職者が求人情報を得るために用いる手段について考えたい。まず、なぜ労働者が転職をするかというと、現在の仕事と(想像の上で)次の仕事を比べた場合に、両者に有意な差があり、しかも次の仕事の方がよいものであるだろうと判断するからであろう。つまり、今の仕事に何らかの不満が存在することが人を転職に駆り立てるのだと考える。もちろん、中には現在の仕事には何の不満もなく、次の仕事の関係者との個人的な人間関係から、転職したという人もいるだろう。しかし、多くの転職者はなんらかの仕事への不満から転職を決意すると考えるのが妥当だと思える。そこで、まず離職理由についての調査を参照してみたい。
平成18年転職者総合実態調査(2007)によると、一般正社員の転職者が前の会社を離職した理由を聞いたところ、男女ともに「自己都合」(「男」77.8%、「女」83.4%)が最も多くなっている。その自己都合の中身を見てみよう。回答は三つまでの複数回答となっているが、男女の合計の行を見てみると、「満足のいく仕事内容ではなかったから」が29.4%、「能力・実績が正当に評価されないから」が17.8%、「賃金が低かったから」が23.2、「労働条件(賃金以外)がよくなかったから」が29.0%、「人間関係がうまくいかなかったから」が14.2%、「会社の将来に不安を感じたから」が30.9%、「結婚・出産・育児・介護のため」が6.0%、「病気・ケガのため」が3.9%、「他によい仕事があったから」が12.0%、「いろいろな会社で経験を積みたいから」が 13.0%、「取りあえず、転職をしてみたかったから」が1.9%、「その他」が21.7%となっている。
図3-1 自己都合による離職の理由別一般正社員の転職者割合
https://gyazo.com/8281ff2289684af62d8ed8cb3dea675d
このように、仕事内容、評価、賃金、賃金以外の労働条件、会社の将来性への不安などが上位の理由となるようである。特に若年層においては、20~24歳と25~29歳において、「満足のいく仕事内容ではなかったから」がそれぞれ、35.6%、34.3%と高くなっているところが注目に値する。ここから、若年層においては、満足のいく仕事内容への志向が他の要因に比べ高いことが伺える。さらに、同調査で転職者の今の会社を選んだ理由を尋ねたところ、男女計の行で「仕事の内容・職種に満足がいくから」が44.2%、「自分の技術・能力が活かせるから」が42.8%、「地元だから(Uターンを含む)」が20.9%、「賃金が高いから」が12.5%、「労働条件(賃金以外)がよいから」が20.9%、「会社の規模・知名度のため」が11.8%、「会社に将来性があるから」が19.8%、「転勤が少ない、通勤が便利だから」が21.8%、「前の会社の紹介」が6.2%、「その他」が17.5%となっている(三つまでの複数回答)。
図3-2 今の会社を選んだ理由別一般正社員の転職者割合
https://gyazo.com/d8515888e779934cf20920265fc5cb30
ここでも、20~24歳と25~29歳と30~34歳の若年層において、仕事内容のパーセンテージがそれぞれ52.1%、51.2%、45.8%と目立っている。上記二つのアンケートから、若年層においては仕事内容(職種)が転職先選びの最重要項目となっていると考えられる。
2 求職手段
次に、転職者が求職活動のために用いる手段について考えたい。離職理由と同じく、平成18年転職者総合実態調査から用いた。これによると、「公共職業安定所(ハローワーク)等の公的機関」が42.5%「民間の職業紹介機関」が19.2%「企業のホームページ」が12.9%「求人情報専門誌・新聞・チラシなど」が27.8%「企業訪問」が2.1%「出向・前の会社の斡旋」が7.7%「縁故(知人、友人等)」が29.8%「その他」が8.0%となっている(複数回答)。このように、「公共職業安定所(ハローワーク)等の公的機関」、「求人情報専門誌・新聞・チラシなど」、「縁故(知人、友人等)」などで高い数値となっている。求人情報誌や転職支援ビジネスの発達した現在においても、ハローワークや縁故がこれだけ用いられていることは注目に値する。
図3-3 求職活動の手段別一般正社員の転職者割合
https://gyazo.com/1b350bb0e63c4585d89187a55741498a
若年層と他の年齢層において目立った違いはないようだが、学歴別に求職活動の手段を見ると興味深い結果が見られる。「民間の職業紹介機関」、「企業のホームページ」については学歴が高いほど利用した転職者割合が高くなっているのに加え、大学院卒では、「公共職業安定所(ハローワーク)等の公的機関」が17.5%、「求人情報専門誌・新聞・チラシなど」が12.3%、「縁故(知人、友人等)」が17.0%と目立って低い結果が出ている。
近年発達している民間の職業紹介機関が学歴が高くなるほど利用率が高くなるのは興味深い。ここで民間の職業紹介機関について説明すると、転職者は基本的に無料で職業紹介機関を利用でき、転職者を採用した企業側が成功報酬として転職者の年俸の三割程度を職業紹介機関に支払うという形が一般的であるという(山本 2007)。このような職業紹介機関が高学歴者の転職に用いられるのは、高学歴になるほど、要求される経験やスキルが高度専門化し、ハローワークや求人情報誌などの広く誰にでも公開されているような求人では、企業の需要する人材が集まらないのではないかと言うことが考えられる。ちなみに、1997年の職業安定法の改正によって、人材紹介会社が斡旋可能な職種は大幅に拡大され、1999年の法改正では紹介可能な職種が原則自由化されるなどにより、民間職業紹介業者数はここ10年で3倍から4倍に増加した。このような変化が、高学歴層の転職活動に大きな影響を与えていると思われる。このように、若年層の転職者の離職理由や転職先の選択理由としては仕事内容に関わるものが大きな割合を占める。また全年齢層の求職手段としてはハローワークと縁故がまだまだ用いられているということがわかった。さらに学歴が高くなるほど民間の職業紹介機関が用いられるのは、高度専門化した仕事のマッチングにハローワークや求人情報誌では対応できていないことを示唆していると思われる。
第4章
何がよりよい転職をもたらすか
1 弱い紐帯の仮説
第三章では転職動機と転職手段について考察したが、では、実際の転職プロセスにおいて、満足のいく転職をもたらすものは何なのか、その要因の分析が必要となる。まず取り上げたいのは、転職において、どこから有用な就業情報が得られるかに関する「弱い紐帯」の研究である。その後に、離職理由の影響を考えたい。
グラノヴェター(1974)は、米国ボストン郊外のニュートン市に在住の282人の男子ホワイトカラー(専門職、技術職、管理職)労働者を対象に面接法と郵送法によって、労働者と職業のマッチングに関する調査を行った。この調査によって彼は、転職者は公的な情報よりも、自分の人的ネットワークを用いて転職先を決めていることを発見した。さらにその転職に有用な情報はいつもあう人間(強い紐帯)からではなく、たまにしか会わない(弱い紐帯)相手から得られる傾向があるとした。その理由として、転職者はいつも合う人々とは同じ情報を共有するという社会構造的な傾向がある(彼はこれを「埋め込み」と呼んだ)のに対し、たまにしか会わない相手からは新しい情報が得られることを挙げた。この研究の影響は大きく、労働異動に関する様々な研究者によって追試された。ここでは日本での研究結果を挙げたい。「渡辺(1999)はグラノヴェターの理論を日本で検討し、日本ではどういった紐帯が用いられやすいのかを調査した。それによると日本では弱い紐帯よりも強い紐帯の方が有力な就業情報が伝搬しやすいという。渡辺は「日本の労働者は、前職の先輩や取引先の知り合いなどとの頻繁な「つきあい」を維持しており、職業領域に結びついた、このような強い紐帯が就業情報の伝搬や情報の共有に役立っていると考えられる。」としている。しかしながら、このような閉鎖的な人間関係に基づいた仕事のあり方は近年変化傾向にあると書いている。
察、守島(2002)はグラノヴェターの研究から現在まで、多くの研究者に認められてきた、人的ネットワーク他の経路に比べよりよい転職をもたらすという前提に対して批判を加えた。ある人間が公式的な経路を用いるか、人的つながりを用いるかは、属性や離職理由によって大きく異なるという。公式的経路を用いるのは中高年や女性に多く、労働市場において不利な立場に置かれている人々である。それに対し人的つながりは、若い男性で、前職での勤続が長く仕事上の必要なスキルや能力を身につけているほど、人的つながりを通じて転職する可能性は高くなる。労働市場で有利な立場に置かれているものほど、人的つながりを用いるのである。転職後の満足度や賃金に影響を与えるのは、性別、転職時の状況変数、仕事能力形成要因、転職理由などであり、こういった要素を取り除くと、必ずしも人的つながりを通じた転職がより望ましい転職結果をもたらすとはかぎらず、公式的経路を用いても、転職後の仕事や組織満足、賃金が下がるとは限らないとした。「このように、弱い紐帯の仮説は今でも影響力を持っているものの、日米での状況の違いや、それ自体を好ましいものとしてみることの是非については諸説 あるが、ここでは、玄田の「転職の成功と相談できる友人・知人の存在」に関する説を取り上げたい。
玄田(2001)も弱い紐帯に影響された調査を行ったが、彼は就業情報の伝搬には注目せずに、転職時に相談の相手として頼れる友人・知人がいるかどうかに注目し、その有無が転職の結果に影響を与えるとした。図4-1は転職の際、助言をくれた職場以外の友人・知人の有無が転職後の状況にどう影響するのかを見たものである。
図4-1 転職の際、助言をくれた職場以外の友人・知人の有無と転職安の状況
https://gyazo.com/267e5cc916b859486e368d3c683f5cf5
この図からわかるように、勤務先や仕事先への満足度、収入の改善、労働時間や休日、家庭生活やプライベートの時間の改善において、転職時に相談にのってくれる職場以外の友人・知人の有無が大きな影響を与えていることが分かる。
この結果に対し玄田は、会社外に友人知人のいるメリットとして、まず、友人との会話が転職の成功可能性を冷静に分析する助けとなり、転職の不確実性を軽減することを可能とすること、そして、友人が転職先の企業に勤めていれば、インサイドの情報を得られやすいことの2点を上げている。この2つのメリットはかなり説明力があると思われる。この結果を紹介するに当たって玄田は次のように述べている。
少なくとも転職によって状況を改善できるためには、本人がリスクを負っても転職するだけの「何か」がある。転職リスクにチャレンジし、実際に転職を成功と感じているのは、どのような人なのか。「幸福な転職」の条件とは、何なのか。以下の結果は、ショッキングなものである。なぜなら、政府が、そして民間が職業紹介機能をどんなに充実させても、必ずしも転職を幸福なものにするといえないからである。さらには、どんなに本人が能力を高めても、それだけではやはり幸福な転職にはつながらない。では家族や親類の縁故が大切なのか。同僚との間に築いた深い人間関係が重要か。いずれも違う。大事なのは、会社の外に信頼できる友人・知人がいるかどうか、である。
このように玄田は、転職を成功させる要因として、社外の信頼できる友人・知人の存在のみを重要視しているようであり、それ以外の要因を挙げていない。しかし第5章で説明するように、景気循環などのマクロ的な状況の変化により、求人数が増減したりといった要因も転職市場に大きな影響力を持つ。よって、よりよい転職をもたらすものとしてマクロ的な要因の考察が必要である。
また、転職に当たって社外の友人・知人の存在が重要だといわれると、会社内などで人間関係が完結しているような人にとっては意味がないかもしれない。このような人達にとっても、上記の二つのメリットを実現するために他の手段も考えられないだろうか。話が少しそれてしまうが、特にインサイダー情報をどうやって得るかということについて次節で考察してみたい。
2 転職先の情報をどう得るか
玄田の説でも強調されていたように、転職において、会社の実態に関するありきたりでない情報をどう手に入れるかと言うことは非常に重要である。そもそも就職一般においては、企業側から見ても、求職者側から見ても、完全情報の上での意思決定というのはありえず、なんらかの不確実性がある。企業は、応募してきた人間が本当に求めるスキルと経験を持っているのかを判断するのは難しいし、求職側も、賃金や雇用条件や職場の環境についてどれだけ企業側が本当のことを言ってくれるのかは未知数である。ここでは求職者側からこの問題を考える。新卒の時の会社選びと、転職時の会社選びでは、ある程度の差がある。新卒時は、自分の興味のある業界でなるべく上位にある会社に入社したいというのが多くの学生の本音だろう。そのためには、OB・OG訪問や業界研究によってある程度の情報が集められた。しかし転職時は、新卒採用中心の会社には当然応募できず、中途採用を行っている会社からのみ選ぶこととなる。さらに、年齢や、持っている業務経験やスキル、現在勤める会社の規模などによって、応募可能な会社も絞られてくる。
転職時に今勤めている会社の同業他社に移る場合は、ある程度会社の実態について情報が集められるだろうが、職種を変える場合はそうはいかない。そこでどう転職先の情報を集めるかが重要となる。今ほど転職が盛んではなく、まだ転職に対して抵抗感の強かったと思われる1998年に出版された本において、オバタは、1)面接においてとにかく積極的に質問をすること、2)現役社員か同業他社の社員(特に営業マン)を見つけ出し、情報を得ること、3)暴露本などを読んでその会社のマイナス情報を仕入れる。等を挙げている。(オバタ 1998)面接での質問や現役社員や同業他社の社員を探すという方法の有効性は、今でも変わらないだろうが、暴露本などは、今では、インターネットの掲示板などによって代替されているだろう。
さらに、第三章で見たように、高学歴層においては民間職業紹介機関の利用も重要となってきている。1997年の職業安定法の改正によって、人材紹介会社が斡旋可能な職種は大幅に拡大され、1999年の法改正では紹介可能な職種が原則自由化されるなどにより、民間職業紹介業者数はここ10年で3倍から4倍に増加した。
3 プッシュ要因かプル要因か以上において、転職への人的ネットワークの影響を見てきたが、他に転職結果に影響を与えるものとして、離職理由を考えてみたい。渡辺(1999)は転職の理由を分類し、離職理由にはまず勤務先の倒産などによる非自発的離職と自発的離職があるとした。さらに自発的離職を個人的理由による離職と仕事に関連した離職に分類した。そして個人的理由を健康問題や家族の理由によるものとし、仕事に関連した離職をプッシュ要因とプル要因に分けた。プッシュ要因とは現職への不満からの離職であり、プル要因とはもっといい仕事があるからという離職である。図4-2は以上をまとめたものである。
では、このような離職理由の違いは、転職結果にどのような影響を与えるのだろうか。米国での、離職理由が転職後の収入変化に及ぼす効果に関する調査によると、非自発的離職よりも自発的理由の方が転職後の収入が高く、さらに自発的理由よりも仕事に関連した理由のほうが転職後の収入が高く、プッシュ要因よりもプル要因の方が転職後の収入が高いことが分かった。つまり、この分類の下の方に行くほど転職後の収入は高いのである。このような傾向は日本でも同様だろうと思われるが、渡辺によると、米国の方が日本よりもプル要因での転職者が多いという。なぜなら、東京の労働者はLAの労働者よりも在職期間が長いので、流通する就業情報量が少なく、転職する機会が少なくなり、現職よりよい仕事についての情報も少なくなるだろうし、転職機会が少なければ、現職に不満でも、転職せずに働き続けるだろうからである。
図4-2 離職理由のタイポロジー
https://gyazo.com/9b6a60419c3b6dc28f25e6a1467ebb08
終章
転職とマクロ経済政策
1 長期不況の原因に対する需要側の理論
この章では、転職とマクロ経済政策のかかわりについて分析したい。近年、景気が回復基調にあり、2007年12月の完全失業率は3.8%、有効求人倍率は0.99倍とここ10年でみてかなりの好調である。失業率が低下するということはそれだけ企業側の求人が多いことを意味し、このことが若年層の転職市場にもよい影響を与えていることは明らかである。このようなマクロ経済状況を維持する為に何が重要かを考えたい。
90年代からの長期不況を分析するにあたって、経済学の世界では大きく分けて二つの流れが存在した。一つは需要側を重視する考え方で、長期不況は需要不足によるデフレ状況からもたらされたとし、この不況を長引かせたのは日銀による金融政策の失敗だったとする説である。もう一つは供給側を重視する考え方で、日本の構造改革の遅れが日本経済の生産性を下げ、経済全体の産出を下げることで不況が長引いたとするものである。この章ではまず、需要側、供給側の理論をそれぞれ検討し、次に需要側の理論を支持することを表明し、あるべきマクロ経済政策を求めたい。
岩田・八田は需要側の要因を重視し、日本経済の長期不況は需要不足によるデフレが原因であったという。そのために重要なのは財政金融政策であるとする。まずデフレを止め、穏やかなインフレ経済へと移行することが重要だとする。このために、インフレ目標を設定し、国債買いオペなどによる財政金融政策によりデフレから脱却することが必要だという。(2003)
2 長期不況の原因に対する供給側の理論
次に供給側を重視する理論を検討したい。供給側の要因を重視する研究の誕生は Hayashi and Prescott(2002)であり、需要側に比べ広がるのが遅かったが、強い影響力を持っている。林は、日本の長期停滞は全要素生産性(TFP)の成長率の低下および労働基準法の1988年の改訂に伴って1988~93年の間、週あたり労働時間が44時間から40時間に減少したことによるものであるとする(2007)。彼によれば、成長を復活させるための処方箋は、従来型の財政・金融政策ではなく、生産性を向上させるような政策である。たとえば、労働市場・生産物市場の規制撤廃、非効率な産業を支える補助金の廃止などである。林には「構造改革なくして成長なし」という論文があり、供給側を重視する側はいわゆる構造改革を重視する立場だ
と言える。
3 本論文の立場
林の言うように、日本に経済の生産性をさげているような構造問題があることは確かである。岩田・八田も、構造問題を解決するためには、規制改革、特殊法人の民営化、公共工事の一般競争入札拡大などの経済政策などの構造改革を割り当てるべきであるとしている。しかし、これらの問題を改善する構造改革は、必ずしもデフレ不況対策にはならない。需要が足りないときにさらに生産性を上げれば、労働力が余ってしまい、失業が増加するからである。それに対して、たとえ人々が失業しても、短期間で職につけるようにするのが、財政金融政策である。構造改革を成功させるためにも、財政金融政策によるデフレ不況脱却政策が必要であるとする。
本論文では、岩田・八田の説を支持し、デフレを脱却させるような財政金融政策こそ今の日本経済に必要で、それが転職市場も活性化させると考える。「では、望ましい金融政策とはどういうものか。端的に言えば、年率2~3%ほどの穏やかなインフレを目指す、インフレターゲット政策が有効である。日本の消費者物価指数(CPI)は近年、0%付近を動いているが、CPIには1%程度の上昇バイアスがあるといわれており(鈴木 2006)、物価上昇率が0%ということは1%のデフレであるということである。デフレ状況においては貨幣の保有動機が大きくなり、消費や投資にお金が回らなくなる(田中 2004)。このようなデフレ状況から脱却するため、CPIの上昇バイアスを考慮に入れた2~3%程度のインフレターゲット政策が望ましいと思われる。このような適切な金融政策によって、マクロ経済状況が改善され、失業率も下がり、転職市場も好転するのである。
おわりに
本論文では、近年の日本における若年層正規社員の転職プロセスを分析した。
初めに提示した転職の分類にハーシュマンの議論を援用すると有用であることが分かった。歴史的に見ると、転職率は近年特に目立って増加傾向にあるとは言えないが、アメリカと比べた場合、流動化の余地があることが判明した。転職者の離職理由は仕事内容、評価、賃金、賃金以外の労働条件、会社の将来性への不安などが上位を占める。転職手段はハローワーク、求人情報誌、縁故などが多く用いられている。弱い紐帯の仮説を巡るグラノヴェター、渡辺、蔡、守島、玄田らの研究を俯瞰し、人的ネットワークが転職において重要だと判明した。プッシュ要因とプル要因に別れる離職理由では、プル要因で転職した転職者の方がよりよい仕事先を見つけることがわかった。長期不況に対する説明として需要側と供給側の理論を紹介し、需要側の理論の支持を表明した。それによると、日本経済をデフレから脱却させるような財政金融政策が重要である。
このように、現在の日本の転職を巡っては様々な論点があるが、この論文では重要だと思われるものを選んで指摘した。
転職は、それぞれの人にとっては取り替えのきかない経験であるが、その中から共通点を抜き出して共有することはできる。本論文の考察がそのような試みの一助となれば幸いである。
参考文献
Granovetter, Mark S. , 1974. Getting a job: A study of contacts and careers. Chicago: The University of Chicago Pres(渡辺深訳 1998『転職一ネット ワークとキャリアの研究』ミネルヴァ書房)
Hayashi, Fumio, and Prescott, Edward C. 2002, “The 1990s in Japan: A Lost Decade, "Review of Economic Dynamics, vol.5, no, 1(January), pp. 206-235.
Hirschman, Albert O., 1970. Exit, Voice, and Loyalty: Responses to Decline in Firms, Organizations, and States. Harvard University Press.(三浦隆 之訳 1975 『組織社会の論理構造一退出・告発・ロイヤルティ』ミネルヴァ 書房/矢野修一訳 2005 『離脱・発言・忠誠――企業・組織・国家における衰 退への反応』ミネルヴァ書房)
石崎寛憲・加藤涼 2003 『労働市場における硬直性の日米比較と構造調整』日本銀行国際局ワーキングペーパーシリーズ, 03-J-7 岩田規久男・八田達夫 2003『日本再生に「痛み」はいらない』 東洋経済新報
オバタカズユキ 1998 『何ノ為二働クカ』 幻冬舎
オバタカズユキ・石原壮一郎 2007 『会社図鑑!2009 地の巻』ダイヤモンド
小池和男 1997 『日本企業人材形成』中公新書
小池和男 2005 『仕事の経済学(第三版]』 東洋経済新報社
玄田有史 2001 『仕事のなかの曖昧な不安一揺れる若年の現在-』中央公論新社
鈴木正俊 2006 『経済データの読み方 新版』岩波新書
田中秀臣 2004 『経済論戦の読み方』 講談社現代新書
ダニエル・ピンク 2002 『フリーエージェント社会の到来一「雇われない生き 方」は何を変えるか』ダイヤモンド社
察イン錫・守島 基博 2002 「転職理由と経路、転職結果」『日本労働研究雑誌 2002年9月号』 日本労働研究機構
内閣府大臣官房政府広報室 2007 『平成18年転職者総合実態調査』
林文夫 2003 「構造改革なくして成長なし」『失われた10年の真因は何か』
岩田規久男・宮川努 2003, pp. 1-20 林文夫編 2007 『経済停滞の原因と制度』勁草書房
山崎元 2002 『僕はこうやって11回転職に成功した』文藝春秋
山本直治 2007 『人材コンサルタントに騙されるな!』PHP新書
渡辺努 1999 『「転職」のすすめ』 講談社現代新書
English Abstract
This paper aims to examine the process of job changing of young full-time worker in recent Japan. The reason to limit the object to young full time worker is young worker is put in difficult situation now. The labor market at new graduates was very severe and after they entered the job, they were forced to do hard job.
This paper is not strict proof thesis. Rather, it aims to seek better recognition of actual situation of recent labor market of job change. In this paper, a book to the public about job change is also regarded as reference.
In the first chapter, it will present the grouping of job changing and define the object people. Then, it will show the Hirschman's concepts of “Exit, Voice, and
Loyalty". Exit is the case where consumers stop to buy product of certain company, or get away from an organization. Voice is the case where consumer expresses dissatisfaction of certain products and aim to resolve the dissatisfaction. Loyalty is the
case where consumers don't stop to buy certain products or stay in an organization despite the possibilities of Exit. Next, it will apply the Hirschman's concept to the initial grouping.
In the second chapter, it will show the labor turnover which has not increased so much in this few decades. And it compares the labor turnover between Japan and United States which is four times as high as Japan.
In the third chapter, it will search the causes of job changing of young worker. Higher rank of these are the description of job, dissatisfaction of evaluation, low wage, condition of work (except wage), concern to the future of the company. In particular,
description of job is appealing in young generation. And higher ranks of the means of job seeking are unemployment office, job information magazine, and close associates. Memorable point is that the higher the academic career becomes, the higher the rate of utilization of private-sector job-search services will be.
In the fourth chapter, it will examine the earlier study of "weak ties". First, it will introduce the research by Mark Granovetter, which says that worker tend to find jobs through people whom they sometimes meet. Next, it will show the research by Watanabe, which says that Japanese worker tend to find jobs through people whom they constantly meet. Then it will present research by Che and Morishima, which criticize the assumption that human network like weak ties always bring good jobs. In addition, it will introduce the research by Genda, which says that the existence of acquaintance who give advice to job seeker affect the result of job change very much. It is very important for job seekers to get real information of next company. They
can get the information at interview, by active worker, and kiss-and-tell book or intermet. The distinction of push-reason and pull-reason in job change is also important. Watanabe says that pull-reason in job change tends to bring better job.
In the last chapter, it will examine the relationship between macro economic policy and job change. The condition of the macro economy of recent Japan is good, and it should be connected to the labor market of job change. There are two streams to
analyze the cause of protracted economic recession in this decade. First is emphasis the cause of demand side, and second emphasis the supply side. As demand side, Iwata and Hatta insist that the cause of protracted economic recession is deflation by lack of quantity demanded. They recommend fiscal and monetary policy which change
Japanese economy to mild-inflation economy. To that purpose, they maintain that Bank of Japan should make the inflation target and run buying operation. As supply side, Hayashi insists that the causes of protracted economic recession are reduction of Total
Factor Productivity, and cut-down of hours of labor. The prescription of recession is not fiscal and monetary policy but the policy which raises productivity of the economy.
This paper supports the cause of demand side. So, it is important for Japanese economy to move to 2% or 3% inflation economy to escape from deflation. To do so, Bank of Japan should set the inflation target and transfer Japanese economy into mild inflation economy. The experience of job change is not exchangeable, but common point can be taken out and we can share the experience. This paper will be help to that approach.