津川友介氏『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』のダイエットに関するコラムの検討
津川友介氏の『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』(以下津川本)を読みました。
本の中に食事と体重に関するコラムがあるのですが、かなり違和感を覚えました。その違和感を説明してみたいと思います。
該当の「食事と体重の関係」というコラムは表題の本のp.50からp.59の10ページです。
本を読んだ人向けです。
参考文献に沿って解説します。なるべく全文へのリンクを貼っています。
(1) The Nutrition Source
津川本p.51
「ハーバード公衆衛生大学院の研究者たちは、食事でダイエットしようとしている人たちがカロリーにばかり注目していることに警鐘を鳴らしている。」
(1)から引用
"Consider quality, not just calories
“A calorie is a calorie” is an oft-repeated dietary slogan, and not overeating is indeed an important health measure. Rather than focusing on calories alone, however, emerging research shows that quality is also key in determining what we should eat and what we should avoid in order to achieve and maintain a healthy weight. Rather than choosing foods based only on caloric value, think instead about choosing high-quality, healthy foods, and minimizing low-quality foods."
(1)の引用の翻訳
「質も考えよう、カロリーだけでなく
「カロリーはカロリーだ」というのはよく繰り返されるダイエットスローガンです。そして食べすぎないことは実際重要な健康の指標です。しかし、カロリーだけに注目するのではなく、最近の研究では我々が健康な体重の維持を達成するために何を食べて何を避けるべきかを決めるのに質も重要であることが示されています。カロリーの値だけに基づいて食品を選ぶのではなく、むしろ質の高い・健康な食品を選び、そして質の低い食品を最小化することを考えましょう。」
コメント 特に違和感ありません。
(2)The Key to Weight Loss Is Diet Quality, Not Quantity, a New Study Finds
津川本p.51
「ダイエットにとって摂取するカロリーの「量」と同じくらい重要なのは、その「質」であるという。つまり、重要なのは、何キロカロリー摂取するかだけでなく、それをどのような食品でとるかだ、ということである。」
コメント 違和感ありません。その通りだと思います。ここでは量=質となっていますがここは重要です。
(2) Comparison of Weight Loss Among Named Diet Programs in Overweight and Obese Adults
これ2番になってますけど、本文で語られてないですよね?一個前のが2番だと思います。
(3) Comparison of Weight-Loss Diets with Different Compositions of Fat, Protein, and Carbohydrates
津川本p.52
「しかしながら、被験者を低脂肪食と高脂肪食に無作為に割り付けたランダム化比較試験の結果、低脂肪食を食べていた人も、高脂肪食を食べていた人も体重の変化に差がないことが明らかになった。」
コメント 違和感ありません。まあそうなんだなという感じです。
(5) Comparison of the Atkins, Zone, Ornish, and LEARN Diets for Change in Weight and Related Risk Factors Among Overweight Premenopausal Women
津川本pp.52-53
「確かに単純に炭水化物の摂取量が多い人と少ない人を比較したら、炭水化物の摂取量が少ない人の方が体重が減っていることはランダム化比較試験で報告されている。」
コメント 違和感ありません。(4)の文献の本文を読んだところカロリー統制はしてないように読めました。
(5)より引用
"Intervention
Participants were randomly assigned to follow the Atkins (n=77), Zone (n=79), LEARN (n=79), or Ornish (n=76) diets and received weekly instruction for 2 months, then an additional 10-month follow-up."
(5)の引用の翻訳
「介入
参加者はランダムにAtkins (n=77), Zone (n=79), LEARN (n=79), or Ornish (n=76) ダイエットを遵守するように割り当てられ、週の指導を二ヶ月受け、そのあと10ヶ月の追跡調査をされた」
カロリー統制したとは書いてありません。そもそもカロリー統制は施設に閉じ込めないとできないとは思いますが。
(6) Changes in Diet and Lifestyle and Long-Term Weight Gain in Women and Men
津川本p.53
「2011年にハーバード大学の研究者らが、アメリカ人約12万人を12-20年間追跡して、食事内容が体重にどのような影響をあたえるかを調査した観察研究がある。」
元論文の図表を津川氏が再作成しています。このコラムに図はこれだけですから、一番重要な文献ではないかと思います。
ここに一番違和感があります。
(6)のDiscussionから引用します。(6-1)
"Overall, our analysis showed divergent relationships between specific foods or beverages and long-term weight gain, suggesting that dietary quality (the types of foods and beverages consumed) influences dietary quantity (total calories). "
(6-1)の引用の翻訳
「全体的に、我々の分析は特定の食品や飲料と長期的な体重増加との分岐する(divergent)関係を示しており、食事の質(摂取する食品と飲料のタイプ)は食事の量(合計カロリー)に影響することを示唆している」
とあります。食品の質がカロリー摂取量に影響していることを示唆しているとあります。しかし、津川氏は(7)と(8)の文献を紹介したあと、
津川本p.57
「これらからも、摂取しているカロリーの「量」よりも、何でそのカロリーを摂取しているか、つまりカロリーの「質」の方が重要なのだと理解してもらえると思う」
と書いています。質>量となっています。これは明らかに誤読です。(6)の元論文はそもそもカロリー統制を行ったものではありません。12万人を長期間追跡して調査したものです。カロリー統制を行っていないので、カロリーの量と質の重要性を比べたものではありません。
カロリーを一定にして、そのうえで食品の選択により体重が明らかに増減した場合、質の重要性と寄与度が証明されます。しかし、その場合でも、質>量かはわかりません。今度は質を一定にして、カロリー量で体重の増減に変化がでるかを調べます。量の重要性と寄与度が証明されます。その両方のランダム化比較試験をやって初めて質と量の影響度の比較ができます。しかし、(6)の研究はそもそもそういうものではありません。
質のいい食品を選ぶ人は、低い合計カロリーで過ごす可能性高いよね、という議論です。質の悪い食品を選ぶ人は、合計カロリーも多くなりやすいよね、という議論です。
(6)の論文は"calories"という単語が11回でてきており、引用するとだいたいこんな感じです。めちゃくちゃカロリー量を重視しています。
(6)から引用(6-2)
"Because efforts to lose weight pose tremendous challenges, primary prevention of weight gain is a global priority. Since weight stability requires a balance between calories consumed and calories expended, the advice to “eat less and exercise more” would seem to be straightforward. "
(6-2)の翻訳
「体重を減らす努力は大きなチャレンジを引き起こすので、体重増加の初期的な予防は世界的な優先事項です。 体重の安定には摂取カロリーと消費カロリーのバランスが必要なため、「食べる量を少なくしてもっと運動しよう」というアドバイスは率直に見えます。」(しかし、と続く)
余談
calories consumed and calories expended,
とありますが、前者が摂取カロリーで後者が消費カロリーだと思います。日本人の語感からすると違和感ありますが。
(6)から引用(6-3)
"Some foods — vegetables, nuts, fruits, and whole grains — were associated with less weight gain when consumption was actually increased. Obviously, such foods provide calories and cannot violate thermodynamic laws. Their inverse associations with weight gain suggest that the increase in their consumption reduced the intake of other foods to a greater (caloric) extent, decreasing the overall amount of energy consumed. "
(6-3)の翻訳
「野菜、ナッツ、果物、全粒穀物などの一部の食品は、消費が実際に増加しているのに体重増加が少ないという結果につながった。 明らかに、そのような食品はカロリーを提供しており、熱力学の法則に反することはできない。 体重増加との逆相関は、例に上げた食品の摂取の増加が他の食物の摂取をよりカロリー的に大きく減少させ、摂取されるエネルギーの総量を減少させることを示唆している。」
(6)から引用(6-4)
"Temporal trends render our findings especially relevant: between 1965 and 2002, U.S. beverage consumption increased from 11.8 to 21.0% of all calories consumed — 222 more kilocalories per person per day — with sugar-sweetened beverages and alcohol accounting for 60% and 32% of the increase, respectively."
(6-4)の翻訳
「1965年から2002年にかけて、米国の飲料消費量は、摂取された全カロリーの11.8%から21.0%に増加したー1人当たり1日あたり222kcalの追加であるー砂糖を加えた飲み物とアルコールはそれぞれ増加の60%と32%を占めている。」
(6)から引用(6-5)
Our study has some limitations. Although dietary questionnaires specified portion sizes, residual, unmeasured differences in portion sizes among participants might account for additional independent effects on energy balance. For example, an average, large baked potato contains 278 calories, as compared with 500 to 600 calories for a large serving of french fries.
(6-5)の翻訳
「私たちの研究にはいくつかの限界がある。 食事アンケートでは食品のサイズが指定されているが、参加者間の食品サイズの残差の測定されない差は、エネルギーバランスに対する追加の独立した影響を説明するかもしれない。 例えば、平均的な大きめのベークドポテトには、278カロリーが含まれてるが、フレンチフライには500〜600カロリーが含まれている。」
(6)から引用(6-6)
"In addition, our findings were broadly consistent with cross-sectional national trends with respect to diet and obesity: between 1971 and 2004, the average dietary intake of calories in the United States increased by 22% among women and by 10% among men, primarily owing to the increased consumption of refined carbohydrates, starches, and sugar-sweetened beverages."
(6-6)の翻訳
「さらに、私たちの調査結果は、食事と肥満に関する横断的な全国的な傾向とほぼ一致していた。1971年から2004年の間に、米国における平均カロリー摂取量は女性で22%、男性では10%増加したが、それらは主にデンプン、砂糖を加えた飲料の消費量が増加したためである。」
(6)から引用(6-7)
"Our findings suggest that both individual and population-based strategies to help people consume fewer calories may be most effective when particular foods and beverages are targeted for decreased (or increased) consumption. "
(6-7)の翻訳
「我々の発見は、特定の食品と飲料の消費を減らしたり増やしたりを目指すなら、特定の食品や飲料をターゲットにして人々のカロリー摂取を減らすための個人的、全体的な戦略の両方が一番効果的なことを示唆している」
いかがでしょうか。
津川氏のコラムの主張の一部は、(6)の参考文献とはかなり違ったものだと言えるでしょう。もちろん参考文献の主張をそのまま受け入れる必要はありませんが、エビデンスに基づいた本だと主張するならば、きちんと明示するべきです。
致命的なのは、参考文献からは質>量ということは全く主張できないのに、そう主張していることです。
また私が一番気になるのは、津川氏は体重の増減に関する、熱力学の法則、つまりエネルギー保存則を受け入れているのか(認識しているか)否かです。それによって、津川氏の本全体の信憑性も変わってくると思います。
とはいえ、
津川本p.53
「つまり、白米やラーメンのように精製された炭水化物(白い炭水化物)は体重増加につながるものの、玄米や蕎麦のように精製されていない炭水化物(茶色い炭水化物)を食べても体重は増えないことが研究結果から示唆されている」
と書いてありますので、熱力学の法則は受け入れていないのではないかと推測しています。
食事に関して熱力学の法則を無視している人のアドバイスを聞く気にはわたしはなれません。
p.54の図は、検証したとおり、元の論文の主張に沿ったものではないのですが、もしこの図の通り、フライドポテトは太る食品で、茶色い炭水化物は痩せる食品だという命題を受け入れてみましょう。
その場合に、同じ人がフライドポテトを毎日1000kcal分食べる場合と、茶色い炭水化物を毎日3000kcal食べている場合を考えましょう。前者が太って、後者が痩せるというのはほぼ想定できません。もし実証できたらすごいことです。
津川本p.57から再び引用します。
「これらからも、摂取しているカロリーの「量」よりも、何でそのカロリーを摂取しているか、つまりカロリーの「質」の方が重要なのだと理解してもらえると思う」
やはり、この文は根本的におかしいでしょう。
ちなみに過去に行われたカロリー制限実験でミネソタ飢餓実験というものがあります。(英語版wikipediaを最初に私が翻訳しました)
厳密で大幅な減量を伴うカロリー制限実験をするというのは、上のwikiにかかれているようにかなり難しいもので、今の研究倫理などでは、おそらく実行不可能なものです。大幅な減量は別にしなくてもいいですが、厳密なカロリー制限自体が、かなり人権を無視しないとできません。つまり現代のほとんどのダイエット実験は、カロリー統制ができていません。それができていない実験に基づいて(しかも論文の内容をふまえずに)、「カロリーは量よりも質である」というのは、はっきりと間違っていると思います。
最後に、参考文献をすべて明示してあることを感謝いたします。おかげで検証ができました。
のこりの文献に関しては特にコメントありません。
(7) Changes in Intake of Fruits and Vegetables and Weight Change in United States Men and Women Followed for Up to 24 Years: Analysis from Three Prospective Cohort Studies
(8)Nut intake and adiposity, meta-analysis of clinical trials.
全文は検索から見つかります。直リンクは有効ではありませんでした。
(9) Increasing Adiposity Consequence or Cause of Overeating?
(11) The Effects of Low-Carbohydrate versus Conventional Weight Loss Diets in Severely Obese Adults: One-Year Follow-up of a Randomized Trial
(12) Atkins and other low-carbohydrate diets: Hoax or an effective tool for weight loss?