独り言を話すのと書くのとで何が違う?
独り言を話すのと書くのとで何が違う?
明日まとめる
仮の結論
考える際にどちらがより助けになるか
壁打ちの方法を考えている?
要議論
話す方がキー操作より刺激が大きい
文字を書くのは僕が不慣れすぎて話にならない
ある程度まとまった情報があるなら話す方が楽?
要議論
情報の収集や整理には書く方が強い
一応まとめたが起きたら見直す
ベッドで思いついたので戻ってきた
音があるからその分刺激が強いのでは
こちらが現状の本命
人間が書くより発話の方が慣れている説
可能性を考える必要はありそう
仮説を網羅するのは非現実的
他にも可能性はありそうだが,一旦有力説()が出たしいいんじゃない
メモは分割やブロック化含む構造化を上手くやらないと,認知負荷(であってるか?)が増大すると思う
実際,今このページは思考の過程は丁寧にたどれるが量が多い
もっと考え始めるともっと短くできそうだが,それをやると書き出す意味が薄れる
思考を即時に書き記すのがメモ手法だと勝手に思っているゆえ
スピード性はメモが勝るな
量と編纂や記録の面でもメモが勝りそう
そしてアイデアの類は発酵が主体になるので,自然とメモが有利になる
発話はいつ使う?
自分の理解を確かめる時とか
自己説明
人への説明
多分文章より発話の方が良い
刺激が多いのと,なぜか発話で自分の理解や論理が正しいかそうでないか判断できるっぽい
客観視がしやすいのかな?
これが刺激が多いということ?
考えるとき
考えを整理する一手法として有用
思考を回すのに良い?
刺激が多いから???
考える時,両者を適度に使い分けるのが良さそう
片一方だと面倒
最終的には声に出すと思う
反復想起や理解の確認に非常に都合が良い
思考がまとまるのに時間が必要という考え方
発酵などまさにそう
ここで言いたいのは,発話のわずかな時間でも助ける効果があるのでは,ということ
そこまでなさそうだが...
先ほど風呂場で試したときは,割と反射で出てきた言葉を並べる感じだった
発話のプロセス自体が思考の整理に必要なのでは
言葉を並べること自体が必要?
それこそ書くのでもいい
Cosenseは簡便に書き直せるので好都合
僕らが原始的な生物だから?
口述の方が楽??
僕の慣れの問題?
だとしたらおかしい
これだけ書いているのだから慣れているはず
言語化の種類が異なる?
という仮説を立てる
口語と文語で表現が異なる
口に出すのと書くのとで違う脳の働きを使っている
もしそうなら辻褄が合うような
根本の違いがわからなくとも問題ない
問題はそれらの優れた部分を余すことなく活用すること
どちらが何に優れているか考える方が良い
口述
prof
心理的に楽
conf
記述が残らない
備考
録音して文字起こしすれば事実上のメモ
ただし不完全
メモ
prof
記述が残る
書き換えが容易
conf
少し大変?
メモの方が良さそう?
腑に落ちない
口述の方がいいと思う
独り言の方法を比較して考える
思考の壁打ちをどう行っている?
口に出す
書く
頭の中で考える
ちょっとわかったかも
書く際は整理するために反射を軸に記述
深い考えは記述中に勝手に進む
割と発酵任せ
口に出すには組み立て話す必要がある
頭の中で整理が挟まっている
一応整理した上で発話
一番大きいのはメモの情報量
メモ自体が負担になる
認知的な問題
構造化しないと一瞬理解に詰まり,負担になる
Cosenseでは軽減された方
これがいちばんの要因では?
発話は純粋に考えて発するだけで良い
他も思いつく
メモは発話と違う部分を動かしている!
手を入力の際に動かしている
今でこそかなり自然に動くが,間違いなく負担ではある
ある意味刺激になっている
刺激の大きさがキー入力と発話で異なっているのでは!?
これがいちばん腑に落ちる仮説