証券市場への実験ゲーム理論的接近 ─非合理的バブルと企業会計のゆくえ─
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m0t0k1ch1.icon 実験ゲーム理論の概要を把握する
m0t0k1ch1.icon 証券市場における非合理的バブル発生の原因分析について、実験ゲーム理論による分析の 1 事例として把握する
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Ⅰ 問題意識と分析の方向性
経済社会においては,人間の意思決定や行動が極めて重要な鍵となるが,特に証券市場においてはその傾向が強く,人間の予測や行動が,株価自体を大きく変えてしまうことがある。
このように,証券市場においては,「人間の問題」をどのように考えるかがひとつ重要となるが,ここで,現実の証券市場には様々なタイプの投資家がおり,またそれらが複雑に絡み合って存在していることを鑑みれば,その考察に当たっては,人間の意思決定や行動を,(単なる一個人を超えた)複数人の相互依存関係の中で捉えるという視点が特に重要となるように思われる。ヨリ具体的には,ゲーム理論や複雑系経済学(経済物理学)の視点,中でも,実験ゲーム理論における人間の限定合理性をも踏まえた複数人の相互依存関係の分析という視点(Camerer(2003),Camerer and Fehr(2002),Camerer et al.(2004),Rapopport(1999),山岸(2005))がひとつ重要な鍵となろう。
m0t0k1ch1.icon 証券市場における 実験ゲーム理論 の重要性
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Ⅱ 実験ゲーム理論(Experimental Game Theory)の概要
Ⅱ-1 ゲーム理論(Game Theory)の概要──複数人の相互依存関係の分析──
ゲーム理論は,「相互連関的意思決定理論(interactive decision theory)」と呼ばれ(中山(1997)),複数人の相互依存関係の中での意思決定問題をその研究対象とするものである(Gibbons(1992))。
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代表例としては,例えば「囚人のジレンマ(Prisoner’s Dilemma)」がある(図表 1 参照)。すなわち,図表 1 では,右下の「裏切り,裏切り」がナッシュ均衡となるが,これは,A, B 2 人のプレイヤーが互いに協力し合っていれば,全体としてパレート最適な状態となったにもかかわらず(左上のマス目「協力,協力」),お互いが期待効用最大化原理のもと行動してしまうと,結局は全体としてパレート最適な状態が満たされない「裏切り,裏切り」が選択されてしまう,というパラドックスの一例である(Gibbons(1992)pp. 2−4)。
Ⅱ-2 実験ゲーム理論(Experimental Game Theory)
しかしながら,このような「囚人のジレンマ」ゲームを,実際に被験者を呼んで実験してみると,たとえ1回限りの実験であっても,「裏切り・裏切り」がナッシュ均衡であるにもかわらず(つまり,両者共に「裏切り」の手を採るのが最適戦略であるにもかかわらず),「協調・協調」が選択されるケースがしばしば観察されるということが,数多くの先行研究で明らかにされてきている(Camerer(2003),Binmore(2007)等)。
このように,近年,ゲーム理論が想定する状況を,実際の被験者により実験してみると,必ずしもゲーム理論が予測する結果には至らない(ナッシュ均衡解には至らない)ということが,徐々に明らかにされてきているが,このような理論と実際の人間行動との乖離について,何故そのような乖離が生じるのか,また実際の人間は,どのようなプロセスで意思決定を行っているのかについて分析を行うのが,実験ゲーム理論(experimental game theory)である。
この実験ゲーム理論は,人間の限定合理性を踏まえた上での,複数人の相互依存関係の分析であり,特に,①従来のゲーム理論における複数人の相互依存関係における意思決定問題に,②Kahneman and Tversky(1979)等が取り組んできた個人単体の意思決定バイアスや限定合理性の問題とを融合したものであるといえる(図表 2 参照)。
m0t0k1ch1.icon ゲーム理論が予測する結果と実際の人間行動の乖離について、人間の 限定合理性 を踏まえて分析を行うのが、実験ゲーム理論(experimental game theory)
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Ⅲ Keynes(1936)の市場観とゲーム理論 ──“Beauty Contest”としての証券市場──
Ⅲ-1 証券市場の特質──Keynes(1936)の“Beauty Contest”──
Keynes(1936)は,証券市場の特質を,「どの企業がよいか?」ではなく,「他の投資家がどの企業をよいと思っているか?」を当てるコンテスト(“Beauty Contest”)であるとしている。
m0t0k1ch1.icon Steem に関してもこれと同様のことが言えそう
Ⅲ-2 ゲーム理論(Game Theory)による記述
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m0t0k1ch1.icon 図表 3 をゲーム理論的に記述したのが図表 4
ここで重要なのは Common Knowledge of Rationality の仮定(経済合理性に関する共有知識の仮定)である。すなわち,プレイヤー(参加者)全員が経済合理的に行動し(つまり,期待効用最大化原理に従い行動し),かつ,他の人が合理的であることを皆が知っている(全員の経済合理性が共有知識となっている)という仮定である。だからこそ,参加者は,Keynes(1936)の言うような「先の読みあい行動」を採るということになる。
最終的に,全員が選択する数は「0」となるが,これより小さい数は戦略集合上選択できないので,この「0」こそが,このゲームの均衡解となる。
m0t0k1ch1.icon $ p < 1の場合、全員が先読みを繰り返すと、全員が 0 を選択することになる
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Ⅳ 実験 ──繰り返しなし(one-shot)p-beauty Contest 実験──
Ⅳ-1 先行研究の整理
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m0t0k1ch1.icon 図表 6 は「① 繰り返しなし実験」のデザイン
なお,Nagel(1995)をはじめ,多くの先行研究における実験結果は以下のとおりである。すなわち,「Game Theory における均衡解である『0』と回答する被験者は皆無であり([平均値×p]=20~30 前後),ほとんどの人が,認知階層=レベル 1・2 程度の推論(選択する数字=33 or 22)にとどまる」という結果である。そして本稿では,この①についての追加検証を行う。はたして,追加検証では,どのような結果が得られるであろうか。
Ⅳ-2 追加検証
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m0t0k1ch1.icon 実験 ① と ② は$ p = 2/3、実験 ③ は$ p = 1/3
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なお,図表 9・10・11 の横軸 1, 2, …, 10 は,それぞれ「0 から 10」,「11 から 20」,…「91 から 100」に対応している。
実験全体の傾向としては,ある程度は p の値に応じた分布になっている(すなわち,一方,p が大きければ被験者が選択する数も全体的に高くなり,他方,p が小さければ被験者が選択する数も全体的に低くなる)と言える(つまり,全ての被験者が,全くランダムに行動していると言うわけではない)が,しかしながら(結果として「0」を選択した者が皆無であるということからすると)被験者の意思決定は決して完全ではない(し,むしろ,中途半端である)ということが理解出来る。
m0t0k1ch1.icon 「全くランダムではないが、ゲーム理論から導かれる均衡解 0 を選択する人も皆無」という中途半端な結果
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Ⅴ 実験結果の解釈
Ⅴ-1 Keynes(1936)的市場観の前提──そもそもなぜ「0」だったのか?──
Keynes(1936)の市場観の前提は,Common Knowledge of Rationality ということであった。つまり,全員が経済合理的に行動し,かつ,そのことを全員が共有知識として有しているということが議論の前提となっており,だからこそ「先の読み合い」が生じ,コンテストの均衡解は「0」となるのである。
しかしながら,現実に実験を行ってみると,「0」という結果には至らなかったのであるが,これは要するに,現実世界では,このような Common Knowledge of Rationality という前提が成立していないことを物語っているものと思われる。
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m0t0k1ch1.icon そもそも参加者が Common Knowledge of Rationality という前提を満たしていないため、近郊解には至らない
Ⅴ-2 非合理的バブル
証券市場における株価(実験でいう[平均値×p])は,そういった「キャピタルゲイン獲得」とは異なる理由で株式を売買する個人投資家や法人株主(実験でいう「思いつき被験者」。非合理的な「ノ イ ズ・ト レ ー ダ ー(noise trader)」)がなす売買意思決定(実験でいう被験者が出す数値)に影響を受け不安定化するのである。
実際の証券市場においては,機関投資家等のように,様々な投資手法を駆使して投資意思決定を行うプレイヤーも存在する。しかしながら,そういった機関投資家等の意思決定が完全なものかと言うと,必ずしもそうではなく,しばしば「ヘッジファンド破綻」というニュースが市場を驚かせるように,時には誤った意思決定を行ってしまうこともあるだろう。また,これらがなす投資の金額は多額であるため,そういった誤った意思決定が,株価を惑わす可能性(株価に与える影響力)というのも非常に大きいと考えられる。
このように,投資家の多様性が株価を不安定にさせる可能性がある,ということが,本実験から示唆されることとなるが,これは,更に敷衍させると,実は,非合理的バブル(Shiller(2000),柳川(2002))の概念に繋がることとなる。
つまり,理論的には,完全な先の読み合いによる株価の上昇や下落により,合理的バブルが発生されることが予想されるのであるが(p-beauty contest においてゲーム理論の予測する均衡解「0」),現実世界を観察してみると,先の読み合いではなく,投資家タイプの多様性(意思決定の多様性)による株価不安定性(非合理的バブル)が発生するということがいえる。
m0t0k1ch1.icon 非合理的な結果に至る原因は「意思決定の多様性」
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Ⅵ まとめ
Ⅵ-1 本稿から得られる知見
理論的には,全ての投資家が合理的な先読み行動を行うため,合理的バブルが発生する可能性があるのだが(Keynes(1936)的市場観),現実世界では,全ての投資家が合理的な先読み行動を行うとは限らないため(また,例え先読みを行ったとしても,それほど深くないレベルでの先読み(認知階層レベル 1−2 程度)しか行わないため),株価が不安定となり,非合理的バブルが発生する可能性がある(人間の限定合理性を前提とした市場観)ということが,本稿の実験から示唆されることとなる。
Ⅵ-2 今後の展望
本稿によれば,投資家の多様性(意思決定の多様性)が株価を不安定にし,バブルを引き起こすということになるが,このように証券価格がそもそも不安定である(また不安定さから証券価格が実態と乖離した非合理的バブルに陥ってしまう)という発想は,例えば,経済物理学(econophysics)における「ゆらぎとしての(臨界状態としての)市場均衡」という発想と極めて近いともいえる。すなわち,経済物理学においては,市場価格(需要と供給の一致する点)は,決して安定した均衡点ではなく,臨界状態(ゆらぎの状態)という極めて不安定な状態にあると考える(Sornette(2003),高安・高安(2001)等)。
m0t0k1ch1.icon 経済物理学(econophysics)なるものがあるのか
本稿における視点と,いわゆる行動ファイナンス研究におけるそれとの異同点は以下のようになる。まず,証券市場における「人間」を考えるという意味では,本研究は,行動ファイナンスと同じ視点に立っていると言える。しかしながら,行動ファイナンスが,主として投資家個人の意思決定バイアスに注目しているのに対し,本稿では,投資家の相互依存関係に着目している点で,両者は大きく異なっている。
実験ゲーム理論・実験経済学と脳科学・神経科学との融合(実験の被験者の脳の動きを fMRI 等で探るという研究)は,神経経済学(Neuroeconomics)と呼ばれているが,このような神経経済学的視点から,証券市場を分析するということも今後重要になるかもしれない。
m0t0k1ch1.icon 神経経済学(neuroeconomics)なるものがあるのか
Ⅵ-3 企業会計のゆくえ
企業の経済活動を継続的かつ網羅的に勘定に記録していくという複式簿記機構の存在が,企業のコーポレート・ガバナンスを,システムとして頑強にしており,また,そのようなガバナンス面での役割期待が,企業会計に大きく寄せられている。そしてそうであれば,まさにこの会計構造(複式簿記機構)の存在(ないし,そこから導き出される契約支援機能や会計責任概念)こそが,企業会計の本質と言えるかもしれない。
いずれにせよ,このような企業会計の在り方ないし存在意義(企業会計の役割は,本当に通説が言うように「情報利用者の意思決定に資する有用な情報提供」というところにあるのか(それともまったく別のところにあるのか)ということ)を,企業会計研究の内部的な視点(内側からの視点)だけでなく,ファイナンス理論や実験ゲーム理論等,企業会計の外部的な視点から考察していく作業が,今後ますます重要となろう。
m0t0k1ch1.icon 企業会計の本質は「情報利用者の意思決定に資する有用な情報提供」ではなく、「コーポレート・ガバナンスをシステムとして頑強にする複式簿記機構と、そこから導き出される契約支援機能や会計責任概念」なのかもしれない、という示唆