上級ミクロ経済学 4 章 情報不完備ゲーム
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m0t0k1ch1.icon 情報不完備ゲームやベイジアン・ゲームの定義とその事例を把握する
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前提知識:条件付き確率
事象$ A, Bに対し、$ Bが起きるという条件のもとで$ Aが起きる確率を条件付き確率と呼び、$ P(A \mid B)と表記する。
$ P(A \mid B) = \frac{P(A \cap B)}{P(B)}
例
確率変数$ x, y \in \{ 0, 1 \}について
同時確率分布$ p(x, y)が
$ p(0, 0) = 0.1
$ p(0, 1) = 0.2
$ p(1, 0) = 0.3
$ p(1, 1) = 0.4
ならば、条件付き確率分布$ p(x \mid y)は
$ p(0 \mid 0) = \frac{P(x = 0, y = 0)}{P(y = 0)} = \frac{0.1}{0.1 + 0.3} = \frac{1}{4}
$ p(0 \mid 1) = \frac{P(x = 0, y = 1)}{P(y = 1)} = \frac{0.2}{0.2 + 0.4} = \frac{1}{3}
などとなる。
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前提知識:ベイズの定理
条件付き確率$ P(A \mid B)において、事象$ Aの起きる原因として、全事象の分割となる$ B_1, \ldots, B_nという$ n種類の事象があるとき、事象$ Aが観察された場合、その原因が$ B_iである確率は
$ P(B_i \mid A) = \frac{P(B_i \cap A)}{P(A)} = \frac{P(A \cap B_i)}{P(A)} = \frac{P(A \cap B_i)}{\sum_{i = 1}^n{P(A \cap B_i)}} = \frac{P(A \mid B_i) P(B_i)}{\sum_{i = 1}^n{P(A \mid B_i) P(B_i)}}
によって与えられる。
この式を ベイズの定理 と言う。
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情報不完備ゲーム
ルールが全てのプレイヤーの共通知識でないゲーム
ここでは、あるプレイヤーが他のプレイヤーの利得についてよくわからないゲームを考える
利得が、プレイヤーの行動だけでなく、タイプ(属性)にも依存する
タイプの例:個人の性格、能力、選好、企業の費用関数
あるプレイヤーが他のプレイヤーのタイプを観察できない
プレイヤー$ iは、自分のタイプに基づき、他のプレイヤーのタイプについて主観的予想を行う
定義
$ G^* = (N, \{ S_i, C_i, f_i, p_i \}_{i \in N})
$ N = \{ 1, \ldots, n \}:プレイヤーの集合
$ S_i:プレイヤーの行動の集合
$ C_i:タイプの集合
$ f_i:$ S_1 \times \cdots \times S_n \times C_1 \times \cdots \times C_n上で定義される利得関数
$ p_i:$ \prod_{j \neq i}{C_j}上の 条件付き同時確率分布$ p_i(c_{-i} \mid c_i)を対応させる関数($ c_i \in C_i)
$ p_1, \ldots, p_nが 整合的 であるとは、
$ C_1 \times \cdots \times C_n上の同時確率分布$ p^*(c_1, \ldots, c_n)が存在して、
任意の$ i, c_iに対して予想$ p_i(c_{-i} \mid c_i)が
$ p^*から導かれる条件付き確率分布$ p_i^*(c_{-i} \mid c_i)と一致することである。
つまり、全てのプレイヤーの主観的予想が共通の情報に基づいている。
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ベイジアン・ゲーム
$ G^*において、条件付き同時確率分布$ p_1, \ldots, p_nが整合的である場合、以下のような 情報完備ゲーム を考えることができる。
$ G^* = (N, \{S_i, C_i, f_i, p_i \}_{i \in N})のベイジアンゲーム$ G^{**}は
$ G^{**} = (N, \{ S_i, C_i, f_i \}_{i \in N}, p)で表される。
$ p:$ C_1 \times \cdots \times C_n上の同時確率分布
情報不完備ゲームの理論では、$ G^*, G^{**}をゲームとして同値なものとみなし、情報不完備ゲームをベイジアン・ゲームに変換して分析を行う。
ベイジアン・ゲームは以下の順序でプレイされる。
1. プレイヤーのタイプの組$ c = (c_1, \ldots, c_n)が$ pによって実現される
2. プレイヤー$ iは$ c_iの実現値を知ったうえで行動し$ s_i \in S_iを選択する
3. プレイヤー$ iは利得$ f_i(s, c)を得る
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ベイジアン均衡
情報不完備ゲームにおけるベイジアン均衡
$ \pi_i:プレイヤー$ iの戦略(タイプの集合$ C_iから行動の集合$ S_iへの写像)
$ G^*の戦略の組$ \pi^* = (\pi_1^*, \ldots, \pi_n^*)がベイジアン均衡であるとは、
任意の$ i \in N, c_i \in C_iに対して
$ E f_i(\pi^* \mid c_i) \geq E f_i(\pi_i, \pi_{-i}^* \mid c_i) ~ \forall{\pi_i}
が成り立つことである。
m0t0k1ch1.icon 全プレイヤーが自身の戦略だけを均衡解から変えても期待利得がそれ以上改善しない状態
m0t0k1ch1.icon ナッシュ均衡と同じようなイメージ
ここで、$ E f_i(\pi \mid c_i)は条件付き期待利得で、
$ E f_i(\pi \mid c_i) = \sum_{j \neq i}{\sum_{c_j \in C_j}{f_i(\pi_1(c_1), \ldots, \pi_n(c_n), c) p_i(c_{-i} \mid c_i)}}
と定義される。
ベイジアン・ゲームにおける均衡
ベイジアン・ゲーム$ G^{**}の戦略の解$ \pi^* = (\pi_1^*, \ldots, \pi_n^*)が均衡であるとは、
任意の$ i \in Nについて
$ E f_i(\pi^*) \geq E f_i(\pi_i, \pi_{-i}^*) ~ \forall{\pi_i}
が成り立つことである。
ここで、$ E f_i(\pi)は期待利得で、
$ E f_i(\pi) = \sum_{j = 1}^n{\sum_{c_j \in C_j}{f_i(\pi_1(c_1), \ldots, \pi_n(c_n), c) p(c)}}
と定義される。
定理
情報不完備ゲーム$ G^*において$ \pi^* = (\pi_1^*, \ldots, \pi_n^*)がベイジアン均衡であるための必要十分条件は$ \pi^*が$ G^*に対応するベイジアン・ゲーム$ G^{**}の均衡であることである。
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例:「男女の争い」のベイジアン・ゲーム
プレイヤー:男性(プレイヤー 1)、女性(プレイヤー 2)
行動:野球を観に行く($ \alpha)、バレエを観に行く($ \beta)
タイプ:野球の方が好き(タイプ 1)、バレエの方が好き(タイプ 2)
男女のタイプの組み合わせは 4 種類考えられる。
タイプ$ iの男性、タイプ$ jの女性が同時手番のゲーム$ G_{ij}を行う場合の利得行列を以下のように仮定する。
https://gyazo.com/3cb3efd34e3b93acc9b3bb88bb4572a6
m0t0k1ch1.icon 同じものを観に行けなかった場合、利得はなし
m0t0k1ch1.icon 同じものを観に行けた場合、それぞれのタイプに応じた利得が定義されている
プレイヤーの相手に対する予想として、
タイプ$ iの男性が女性をタイプ 1 と思う確率を$ x_i、
タイプ$ jの女性が男性をタイプ 1 と思う確率を$ y_jとおく。
今、$ x_1 = y_1 = \frac{1}{4}, ~ x_2 = y_2 = \frac{3}{4}として、これらの予想を導く同時確率分布を求める。
m0t0k1ch1.icon これを満たす$ p_{ij}を求めようという話
男性のタイプが$ i、女性のタイプが$ jである同時確率を$ p_{ij}とおくと、
男性のタイプが 1 のときに女性のタイプが 1 である確率:$ x_1 = \frac{p_{11}}{p_{11} + p_{12}} = \frac{1}{4}
男性のタイプが 2 のときに女性のタイプが 1 である確率:$ x_2 = \frac{p_{21}}{p_{21} + p_{22}} = \frac{3}{4}
女性のタイプが 1 のときに男性のタイプが 1 である確率:$ y_1 = \frac{p_{11}}{p_{11} + p_{21}} = \frac{1}{4}
女性のタイプが 2 のときに男性のタイプが 2 である確率:$ y_2 = \frac{p_{12}}{p_{12} + p_{22}} = \frac{3}{4}
が成り立ち、これらの式および$ \sum_{i, j}{p_{ij}} = 1より、
$ p_{11} = p_{22} = \frac{1}{8}, ~ p_{21} = p_{12} = \frac{3}{8}が得られる。
このゲームを展開形で表すと、以下のようになる。
https://gyazo.com/7aa7ba047501d759ce7b2b4ae4db86dc
両プレイヤーとも、2 つの情報集合をもつので、4 通りの純戦略が存在する。
ゲームを標準化すると、利得行列は以下のようになり、均衡は
$ (\alpha \alpha, \alpha \alpha), ~ (\beta \beta, \beta \beta), ~ (\alpha \beta, \beta \alpha), ~ (\beta \alpha, \alpha \beta)
の 4 通りある。
第 1、第 2 の均衡は 一括均衡、第 3、第 4 の均衡は 分離均衡 と呼ばれる。
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m0t0k1ch1.icon 補足
戦略$ \pi_iは、タイプの集合$ C_iから行動の集合$ S_iへの写像。例えば、戦略$ \alpha \betaは$ \pi : (1, 2) \rightarrow (\alpha, \beta)のこと。すなわち、自分のタイプが 1 の場合は$ \alphaを、自分のタイプが 2 の場合は$ \betaを採用するような戦略のことだと思われる。よって、例えば$ (\alpha \beta, \alpha \alpha)について実際に期待利得を計算してみると以下のようになり、上記の利得行列の値と一致する。
$ E f_1(\alpha \beta, \alpha \alpha) = f_1(\alpha, \alpha, 1, 1) p_{11} + f_1(\alpha, \alpha, 1, 2) p_{12} + f_1(\beta, \alpha, 2, 1) p_{21} + f_1(\beta, \alpha, 2, 2) p_{22}
$ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ = 2 \cdot \frac{1}{8} + 2 \cdot \frac{3}{8} + 0 \cdot \frac{3}{8} + 0 \cdot \frac{1}{8} = \frac{8}{8} = 1
$ E f_2(\alpha \beta, \alpha \alpha) = f_2(\alpha, \alpha, 1, 1) p_{11} + f_2(\alpha, \alpha, 1, 2) p_{12} + f_2(\beta, \alpha, 2, 1) p_{21} + f_2(\beta, \alpha, 2, 2) p_{22}
$ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ = 2 \cdot \frac{1}{8} + 1 \cdot \frac{3}{8} + 0 \cdot \frac{3}{8} + 0 \cdot \frac{1}{8} = \frac{5}{8}
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完全ベイジアン均衡
部分ゲーム完全均衡の考え方(信頼性のない脅しを排除)をベイジアン・ゲームに拡張する。
プレイヤーは各情報集合で自分がどの点にいるのかについて予想を行うが、この予想(確率分布)は 信念 と呼ばれ、他のプレイヤーの行動などについての情報によって更新される。
プレイヤーの戦略と信念の組$ (\pi^*, P^*)が完全ベイジアン均衡であるとは、全ての情報集合において以下の 2 つが成り立つことである。
(1) プレイヤーの信念は戦略と整合的である。つまり到達可能な情報集合において、信念は戦略からベイズの定理によって導かれるものと一致する。
(2) 戦略は信念および他のプレイヤーの戦略から計算される最適反応になっている。
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例:女性先手の「男女の争い」のベイジアン・ゲーム
プレイヤー:女性(プレイヤー 1)、男性(プレイヤー 2)
行動:野球を観に行く($ \alpha)、バレエを観に行く($ \beta)
タイプ:野球の方が好き($ t_1)、バレエの方が好き($ t_2)
仮定:
女性が先に行動をとり、男性はそれを観察して行動を決める
男性のタイプ($ t_1)は共有知識であるものとし、女性のタイプは本人にしかわからない
男性が女性を$ t_1と判断する事前の予想(確率)を$ pとする
https://gyazo.com/6bca21468ebd31508d4e4fb143cf5b6a
女性の純戦略:$ \alpha \alpha, \alpha \beta, \beta \alpha, \beta \beta
女性の行動戦略$ (b_{11}, b_{12}):自分がタイプが$ t_1ならば$ b_{11}の確率で$ \alphaをとり、$ t_2ならば$ b_{12}の確率で$ \alphaをとる
男性の純戦略:$ \alpha \alpha, \alpha \beta, \beta \alpha, \beta \beta
男性の行動戦略$ (b_{21}, b_{22}):女性が$ \alphaをとるならば$ b_{21}の確率で$ \alphaをとり、$ \betaをとるならば$ b_{22}の確率で$ \alphaをとる
1.$ (b_{11}, b_{12})が$ (0, 0), (1, 1)でない場合
$ P(t_1 \mid u_{21}) = \frac{P(u_{21} \mid t_1) P(t_1)}{P(u_{21} \mid t_1) P(t_1) + P(u_{21} \mid t_2) P(t_2)} = \frac{b_{11} p}{b_{11} p + b_{12}(1 - p)}
$ P(t_2 \mid u_{21}) = \frac{P(u_{21} \mid t_2) P(t_2)}{P(u_{21} \mid t_1) P(t_1) + P(u_{21} \mid t_2) P(t_2)} = \frac{b_{12} (1 - p)}{b_{11} p + b_{12} (1 - p)}
$ P(t_1 \mid u_{22}) = \frac{(1 - b_{11})p}{(1 - b_{11})p + (1 - b_{12})(1 - p)}
$ P(t_2 \mid u_{22}) = \frac{(1 - b_{12})(1 - p)}{(1 - b_{11})p + (1 - b_{12})(1 - p)}
m0t0k1ch1.icon $ P(t_1 \mid u_{21}):女性の行動が$ \alphaだった場合に、女性のタイプが$ t_1である確率
m0t0k1ch1.icon $ P(t_2 \mid u_{21}):女性の行動が$ \alphaだった場合に、女性のタイプが$ t_2である確率
m0t0k1ch1.icon $ P(t_1 \mid u_{22}):女性の行動が$ \betaだった場合に、女性のタイプが$ t_1である確率
m0t0k1ch1.icon $ P(t_2 \mid u_{22}):女性の行動が$ \betaだった場合に、女性のタイプが$ t_2である確率
2.$ (b_{11}, b_{12}) = (0, 0)の場合
$ P(t_1 \mid u_{21}):ベイズの定理によっては計算不可能
$ P(t_2 \mid u_{21}):ベイズの定理によっては計算不可能
$ P(t_1 \mid u_{22}) = p
$ P(t_2 \mid u_{22}) = 1 - p
$ P(t_1 \mid u_{21}), P(t_2 \mid u_{21})については、
それらが$ \lbrack 0, 1 \rbrackのどの値であっても
女性の$ (0, 0)という戦略と整合的であると仮定する。
3.$ (b_{11}, b_{12}) = (1, 1)の場合
$ P(t_1 \mid u_{21}) = p
$ P(t_2 \mid u_{21}) = 1 - p
$ P(t_1 \mid u_{22}):ベイズの定理によっては計算不可能
$ P(t_2 \mid u_{22}):ベイズの定理によっては計算不可能
$ P(t_1 \mid u_{22}), P(t_2 \mid u_{22})については、
それらが$ \lbrack 0, 1 \rbrackのどの値であっても
女性の$ (1, 1)という戦略と整合的であると仮定する。
完全ベイジアン均衡の導出
情報集合$ u_{21}における男性の合理的行動は$ b_{21} = 1、
つまり、女性のタイプに関する信念によらず常に$ \alphaをとることである。
情報集合$ u_{22}における男性の合理的行動は$ b_{22} = 0、
つまり、女性のタイプに関する信念によらず常に$ \betaをとることである。
m0t0k1ch1.icon 上記は樹形図よりほぼ自明
よって、男性の最適反応は$ (b_{21}, b_{22}) = (1, 0)となり、
これに対する女性の最適反応は容易に$ (b_{11}, b_{12}) = (1, 0)と求められる。
(男性も女性も、純戦略$ \alpha \betaをとる)
m0t0k1ch1.icon $ b_{11} = 1:女性のタイプが$ t_1のとき、女性は常に$ \alphaをとる
m0t0k1ch1.icon $ b_{12} = 0:女性のタイプが$ t_2のとき、女性は常に$ \betaをとる
以上より、完全ベイジアン均衡は、
2 人の戦略:
$ (b_{21}, b_{22}) = (1, 0)
$ (b_{11}, b_{12}) = (1, 0)
信念:
$ P(t_1 \mid u_{21}) = 1
$ P(t_2 \mid u_{21}) = 0
$ P(t_1 \mid u_{22}) = 0
$ P(t_2 \mid u_{22}) = 1
m0t0k1ch1.icon 女性の最適反応から考えるとほぼ自明
の組み合わせであり、他には存在しない。
この均衡では、男性は女性の行動からタイプを判定できることになるので、分離均衡 と呼ばれる。
一方、このゲームのベイジアン均衡としては、
純戦略による$ (\alpha \alpha, \alpha \alpha), (\beta \beta, \beta \beta)も存在する。
このような均衡では、女性がタイプによらず常に同じ行動を選択しているので、一括均衡 と呼ばれる。
https://gyazo.com/996ff1500ff5e07611db9f3d3db8d3ac
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シグナリング
不完備情報(情報の非対称性)により、保険市場(事故の起こしやすさ)、雇用契約(能力)、中古車市場(品質)などで本来行われるべき取引が行われず、非効率性が生じることが指摘されている。このような現象を 逆選択 という。
cf. プレイヤーの行動に関する情報の非対称性に起因する問題は モラル・ハザード と呼ばれる。
m0t0k1ch1.icon 逆選択:ルールについての情報の非対称性に起因する問題
m0t0k1ch1.icon モラル・ハザード:プレイヤーの行動についての情報の非対称性に起因する問題
逆選択への解決策として、品質保証システムや学歴や資格、審査といった、タイプを相手に知らせるメカニズムが存在する。これを シグナリング と呼ぶ。
以下では、雇用契約に関するゲームを記述し、その完全ベイジアン均衡を求めることによってシグナリングの機能を見ていく。
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雇用ゲーム
プレイヤー:個人(プレイヤー 1)、経営者(プレイヤー 2)
行動:
個人:資格を取得する($ Q)、取得しない($ N)
経営者:雇用する($ Y)、雇用しない($ N)
タイプ:
個人:高い能力($ H)、低い能力($ L)
仮定:
個人のタイプは経営者にはわからないが、資格をとっているかどうかは観察できる
経営者が個人をタイプ$ Hと判断する事前の予想(確率)を$ 1/3とする
利得に関する仮定:
高能力、低能力の個人が資格をとるためのコストはそれぞれ$ 2, 5である
個人は雇用されると$ 3の利得を得る
高能力、低能力の個人を雇用すると経営者はそれぞれ$ 1, -1の利得を得る
雇用が起きない場合は、両プレイヤーともに利得は発生しない
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雇用ゲーム(経営者が資格取得を観察できない場合)
雇用ゲームの解を求める前に、経営者が個人の行動を観察せずに雇用するかどうかを決定するゲームの解を検討する。
個人の純戦略:$ QQ, QN, NQ, NN
個人の戦略$ (b_{11}, b_{12}):自分のタイプが$ Hならば$ b_{11}の確率で$ Qをとり、$ Lならば$ b_{12}の確率で$ Qをとる
経営者の純戦略:$ Y, N
経営者の戦略$ b_{21}:$ b_{21}の確率で$ Yをとる
経営者が行動$ Yをとるときの期待利得は$ -1/3であり、
行動$ Nのときは$ 0であるので、
信念によらず合理的行動は行動$ N(b_{21} = 0)、
それに対する個人の最適反応は$ b_{11} = b_{12} = 0である。
(誰も資格を取得せず、雇用されない)
m0t0k1ch1.icon 経営者が行動$ Yをとるときの期待利得は$ 1/3 \cdot 1 + 2/3 \cdot (-1) = -1/3
完全ベイジアン均衡は、
個人の戦略:
$ b_{11} = b_{12} = 0
経営者の戦略:
$ b_{21} = 0
信念:
$ P(O_4) = P(O_6) = 0
$ P(O_5) = 1/3
$ P(O_7) = 2/3
https://gyazo.com/270e847a6284a66a4e851e210a9c7bab
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雇用ゲーム(経営者が資格取得を観察できる場合)
個人の純戦略:$ QQ, QN, NQ, NN
個人の戦略$ (b_{11}, b_{12}):自分のタイプが$ Hならば$ b_{11}の確率で$ Qをとり、$ Lならば$ b_{12}の確率で$ Qをとる
経営者の純戦略:$ YY, YN, NY, NN
経営者の戦略$ (b_{21}, b_{22}):個人が$ Qをとれば$ b_{21}の確率で$ Yをとり、$ Nをとるならば$ b_{22}の確率で$ Yをとる
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1.$ (b_{11}, b_{12})が$ (0, 0), (1,1)でない場合
$ P(H \mid u_{21}) = \frac{P(u_{21} \mid H) P(H)}{P(u_{21} \mid H) P(H) + P(u_{21} \mid L) P(L)} = \frac{b_{11} \cdot 1/3}{b_{11} \cdot 1/3 + b_{12} \cdot 2/3} = \frac{b_{11}}{b_{11} + 2 b_{12}}
$ P(L \mid u_{21}) = \frac{P(u_{21} \mid L) P(L)}{P(u_{21} \mid H) P(H) + P(u_{21} \mid L) P(L)} = \frac{b_{12} \cdot 2/3}{b_{11} \cdot 1/3 + b_{12} \cdot 2/3} = \frac{2 b_{12}}{b_{11} + 2 b_{12}}
$ P(H \mid u_{22}) = \frac{1 - b_{11}}{1 - b_{11} + 2(1 - b_{12})}
$ P(L \mid u_{22}) = \frac{2(1 - b_{12})}{1 - b_{11} + 2(1 - b_{12})}
m0t0k1ch1.icon $ P(H \mid u_{21}):個人の行動が$ Qだった場合に、個人のタイプが$ Hである確率
m0t0k1ch1.icon $ P(L \mid u_{21}):個人の行動が$ Qだった場合に、個人のタイプが$ Lである確率
m0t0k1ch1.icon $ P(H \mid u_{22}):個人の行動が$ Nだった場合に、個人のタイプが$ Hである確率
m0t0k1ch1.icon $ P(L \mid u_{22}):個人の行動が$ Nだった場合に、個人のタイプが$ Lである確率
2.$ (b_{11}, b_{12}) = (0, 0)の場合
$ P(H \mid u_{21}):ベイズの定理によっては計算不可能
$ P(L \mid u_{21}):ベイズの定理によっては計算不可能
$ P(H \mid u_{22}) = 1/3
$ P(L \mid u_{22}) = 2/3
$ P(H \mid u_{21}), P(L \mid u_{21})については、
それらが$ \lbrack 0, 1 \rbrackのどの値であっても
個人の$ (0, 0)という戦略と整合的であると仮定する。
3.$ (b_{11}, b_{12}) = (1, 1)の場合
$ P(H \mid u_{21}) = 1/3
$ P(L \mid u_{21}) = 2/3
$ P(H \mid u_{22}):ベイズの定理によっては計算不可能
$ P(L \mid u_{22}):ベイズの定理によっては計算不可能
$ P(H \mid u_{22}), P(L \mid u_{22})については、
それらが$ \lbrack 0, 1 \rbrackのどの値であっても
個人の$ (1, 1)という戦略と整合的であると仮定する。
経営者の合理的行動
1. 情報集合$ u_{21}の場合
経営者の期待利得:
$ 2P(H \mid u_{21}) - 1, 0
経営者の合理的行動:
$ P(H \mid u_{21}) > 1/2ならば$ b_{21} = 1
$ P(H \mid u_{21}) = 1/2ならば$ b_{21} \in \lbrack 0, 1 \rbrack
$ P(H \mid u_{21}) < 1/2ならば$ b_{21} = 0
m0t0k1ch1.icon 経営者が$ Yをとるときの期待利得は$ 1 \cdot P(H \mid u_{21}) + (-1) \cdot (1 - P(H \mid u_{21})) = 2P(H \mid u_{21}) - 1
2. 情報集合$ u_{22}の場合
経営者の期待利得:
$ 2P(H \mid u_{22}) - 1, 0
経営者の合理的行動:
$ P(H \mid u_{22}) > 1/2ならば$ b_{22} = 1
$ P(H \mid u_{22}) = 1/2ならば$ b_{22} \in \lbrack 0, 1 \rbrack
$ P(H \mid u_{22}) < 1/2ならば$ b_{22} = 0
個人の合理的行動
1. 情報集合$ u_{11}の場合
個人の期待利得:
$ 3b_{21} - 2, 3b_{22}
個人の合理的行動:
期待利得の大小関係によって最適な$ b_{11}が決まる
m0t0k1ch1.icon 個人が$ Qをとるときの期待利得は$ (3 - 2) \cdot b_{21} + (-2) \cdot (1 - b_{21}) = 3b_{21} - 2
m0t0k1ch1.icon 個人が$ Nをとるときの期待利得は$ 3 \cdot b_{22} + 0 \cdot (1 - b_{22}) = 3b_{22}
2. 情報集合$ u_{12}の場合
個人の期待利得:
$ 3b_{21} - 5, 3b_{22}
個人の合理的行動:
必ず後者の方が大きいため、常に$ b_{12} = 0
均衡の導出
均衡において、タイプ$ Lの個人は常に行動$ b_{12} = 0をとる、つまり資格をとらないことがわかった。
個人の戦略$ (b_{11}, 0)が完全ベイジアン均衡を形成するかどうかを調べる。
m0t0k1ch1.icon タイプ$ Lの個人の戦略は$ b_{12} = 0なので、ここで考えるのは以下
タイプ$ Hの個人の戦略$ b_{11}
経営者の戦略$ (b_{21}, b_{22})
1.$ b_{11} > 0の場合
経営者の信念は
$ P(H \mid u_{21}) = 1
$ P(H \mid u_{22}) = \frac{1 - b_{11}}{1 - b_{11} + 2(1 - b_{12})} = \frac{1 - b_{11}}{3 - b_{11}} < \frac{1}{2}
となるので、経営者の最適反応戦略は$ b_{21} = 1, b_{22} = 0
このとき$ 3 b_{21} - 2 > 3 b_{22}が成り立つので$ b_{11} = 1となり、最初の仮定と矛盾しない。
m0t0k1ch1.icon 経営者の合理的行動がどのように決まるかは既に議論済みなので、当てはめるだけ
m0t0k1ch1.icon 「最初の仮定」は$ b_{11} > 0
2.$ b_{11} = 0の場合
経営者の信念は
$ P(H \mid u_{21}) \in \lbrack 0, 1 \rbrack
$ P(H \mid u_{22}) = \frac{1 - b_{11}}{1 - b_{11} + 2(1 - b_{12})} = \frac{1}{3}
まず、$ b_{22} = 0になることがわかるが、$ b_{21}は定まらない。
m0t0k1ch1.icon ベイズの定理によっては計算不可能
ここでさらに場合分けを行う。
2-1.$ P(H \mid u_{21}) > 1/2のとき
$ b_{21} = 1, b_{22} = 0となるので、$ 3b_{21} - 2 > 3b_{22}が成り立ち、$ b_{11} = 1。
これは仮定$ b_{11} = 0と矛盾するので、均衡にはならない。
2-2.$ P(H \mid u_{21}) = 1/2のとき
$ b_{22} = 0ではあるが、$ b_{21}は$ \lbrack 0, 1 \rbrack内の任意の値をとりうる。
$ b_{11} = 0がタイプ$ Hの個人の最適反応になるための条件は$ b_{21} \leq 2/3。
m0t0k1ch1.icon タイプ$ Hの個人の期待利得は$ 3b_{21} - 2, 3b_{22}
m0t0k1ch1.icon $ b_{22} = 0なので、$ b_{11} = 0が個人の最適反応になるための条件は$ 3b_{21} - 2 \leq 0
2-3.$ P(H \mid u_{21}) < 1/2のとき
$ b_{21} = b_{22} = 0となるので、$ 3b_{21} - 2 < 3b_{22}が成り立ち、$ b_{11} = 0。
以上の結果をまとめると、雇用ゲームの完全ベイジアン均衡は次の 2 つのパターンに分かれる。
分離均衡
個人の戦略:
$ (b_{11}, b_{12}) = (1, 0)
経営者の戦略:
$ (b_{21}, b_{22}) = (1, 0)
信念:
$ P(H \mid u_{21}) = 1
$ P(H \mid u_{22}) = 0
この均衡では、タイプ$ Hのみが資格をとり、経営者が資格取得者のみを雇用するという結果が導かれる。
両プレイヤーの期待利得はともに$ 1/3。
m0t0k1ch1.icon 全ての数字を樹形図に当てはめて期待値を計算すればよい
m0t0k1ch1.icon と言っても、起こり得るパターンは$ H→$ Q→$ Yと$ L→$ N→$ Nのみ
一括均衡(誰も資格をとらず雇用されないという結果)
m0t0k1ch1.icon 経営者がベイズの定理を用いて個人のタイプを推定しきれないので、信念によって均衡が変わる
個人の戦略:
$ (b_{11}, b_{12}) = (0, 0)
経営者の戦略:
$ (b_{21}, b_{22}) = (0, 0)
信念:
$ P(H \mid u_{21}) < 1/2
$ P(H \mid u_{22}) = 1/3
個人の戦略:
$ (b_{11}, b_{12}) = (0, 0)
経営者の戦略:
$ b_{21} \leq 2/3, b_{22} = 0
信念:
$ P(H \mid u_{21}) = 1/2
$ P(H \mid u_{22}) = 1/3
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m0t0k1ch1.icon memo
女性先手の男女の争いゲーム
経営者が資格取得を観察できる雇用ゲーム
これら 2 つのゲーム、基本的には似たようなセットアップだが、違いはいくつかある。均衡を考察するにあたって重要な違いは「利得関数の複雑さ」?前者は利得関数がシンプルだから「男性が女性を$ t_1と判断する事前の予想(確率)を$ pとする」という仮定でも均衡が導けるが、後者は「経営者が個人をタイプ$ Hと判断する事前の予想(確率)を$ 1/3とする」という仮定を入れないと均衡に関する議論が複雑になり過ぎてしまう、ということ?何らかの事象をモデリングしてゲームをつくることを考えた場合、どういうセットアップの違いが均衡の議論にどう影響してくるのか、その辺りの肌感覚がほしい。