コード(古典和声)の雑な要約(?)
個人的に把握している範囲でのコード理論の要約をしてみる(個人の偏見です)
調をC majorかA minorに固定する。ほかの調は平行移動して考える。
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和音の作り方
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和音を構成するときは、基本的に3度累積で行う。3度とはスケール上間隔が2個空いている音程のこと。
(間隔2個なのに3度なのか。。。という不満はもっともで、正直うんちだとおもう)
(同様に、n度とは、スケール上で間隔がn-1個空いている音程である)
なぜ3度なのか?ほかの音程で積んでもよくない?というのはもっともな疑問だが、2度だとトーンクラスターになってしまうし、4度だと三回積んだだけで9度=2度が積み上がりはじめる。5度はオクターブ回転すれば4度だし、6度はオクターブ回転すれば3度である。なので、程よく協和音が得られて、多様性も確保できる積み上げ方として3度は悪くはない。
3度累積を行うときの最初のおとをrootとか根音とかよび、そのうえを順次3,5,7,9,11,13度という。15以上はたいていのジャンルで使われる7音スケールを採用する限り循環するので最大で13度までつく。
このうち、7度まで(または9,11を飛んで13度だけ)はよくつかわれる。
なぜかというと、基本的に伝統的な古典和声はドミナント7が推進力であったため、
和音の7thまでは登場頻度が高かったから。
こういう頻度的な事情で、9、11,13は和音構成音というよりはテンションとよばれ、
テンションはなんとなく雰囲気で付いたり付かなかったりする(えっ)。
3,5,7は比較的省略されずに鳴る。もし略されるとしたら5thが完全5度のときにこれを略すことが多い。
これはrootからの完全5度はrootの倍音で代用できるでしょ、みたいな風潮による。
しかしパワーコードのようにあえて3度を略してシンプルな響きにすることもある。
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和音の記法
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古典和声の記法では、スケールを固定し、そのスケール上の何番目の音がrootにあるかをギリシャ数字で表し、root - 3th間が長3度か短3度か(半音3つ分か4つ分か)をギリシャ文字のCaptalizeで表し、7,9,11,13は数字で表示している。回転形である場合は回転時の音程に切り替える。これはバロック時代の記法を微妙に引き継いでいて、演奏にはともかく、めちゃめちゃ見にくい(死)
では現代的なコードネームはどうなのかというと、実際に鳴っている音をそのまま書く感じになった。これはこれでわかりやすいのだが、問題が2つある。
人によってブレがあり、あんまり統一されていない
3,5,7,9,11,13だけでは実は音程が決まらず、スケールやroot毎にそれぞれに短とか長とか減とか増とか完全とかの変種があり、これを標示しないといけないが、標示方法もまちまちである。
つまり、うんちである。なぜこうなるのかというと、度数法による音程表記ではスケールが決まらないと音程が決まらないからである。古典的記法では最初から長調と短調しか考えてなかったので度数だけでも音が決まったが、スケールを必ずしも前提としない状態で絶対音で表記してしまったためにそれをなんとか添え字で表示する必要に迫られてしまった。
個人的にやっている方法を以下に書いてみる。
まず最初にroot音名を書く。ABCDEFG。
3thが短3度:root音名の次に"m"をつける。
3thが長3度のときは何も書かずに次にいく。
5thが減5度:上添え字で"-5"を付ける。人によっては小さい◯を右肩につけることも。
5thが増5度:"aug"をつける。
5thが完全5度のときは何も書かずに次にいく。
7thが長7度:"M7"または"Δ"をつける。
7thが短7度:"m7"とつける。
7thがなければ何も書かない。
9thがある:上添え字で"9"と書く。
短9度のときと長9度のときがあるけど、適当に添え字してくれ(例えば9-とか)
ただし、ほとんどは長9度で、短調のドミナント系和音の時だけ短9度であることがほとんどである。したがって、単に9とだけ書いたらそれは長9度のだと思っていい。(理由は後述)
11thがある:上添え字で"11"と書く。
増11のの場合は”11+”と書く。これはオクターブ落とせば4度のことで、4度音程は普通の音階だと完全4度か増4度がほとんどなのでこの2種類で概ね尽きる。
13thがある:上添え字で"13"と書く。
これも短13と長13があるけど適当に添え字してくれ
例えば AmM7^9とかくと、この構成音は
A, C, E, G#,B
になる。でも多分こんな複雑な和音は登場しないと思う。
(mMというのはまず出てこない。短調かつ長調みたいなおかしなスケールつかわないと出てこないはず)
例外:
たまに、3thがなくてかわりに4thが入っている和音がある。これはsus4をつける。
Gsus4の構成音はG,C,D
root, 短3度, 減5度, 減7度(=長6度)みたいな累積をしているコードをよく見る(僕もすき)が、これは和声的短音階のドミナント9でrootを省略すると発生する典型のため、dimって名前が振られている。Adimって書けばA, C , E♭, G♭のこと。
この和音は音程が等間隔であるため、和音配置を回転するだけでほかの調に読み替えられるという性質がある。Adimなら、これは普通はB♭ minorの和音だが、ぐるぐる回せばE minorともGminorともC#minorともとれる。なので転調の境界に差し込みやすい。
かように記法は因習を引きずって基本的にうんちである。しかたないね、
変形:
和音を回転(構成音そのままでオクターブ移動する)したり、あるいは通奏低音で別の音が低音にきていて、和音のrootとは違う音が最低音として鳴っていることがある。この場合は分数記法で、分母に実際の最低音を書く。例えば、G7を鳴らしているが、最低音がBならG7/Bとか書く。これはあくまでrootが最低音ではないばあいであって、root以外の構成音の順序がボイシングで入れ替わってもこういう書き方はせず、もとのコードネームで書く。和音のrootはそのときの音響を決定づけると考えられているため。
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どうすればいいのか
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基本root,3,5で和音をつくり、必要に応じて7thでちょっと味付けし、あと任意で9,11,13を付ける、というのが基本的組み立て。ただし、アヴォイドノートというのが存在し、これは音が濁るから、特別緊張感があるときだけ(ドミナント和音のときだけ)とされる。アヴォイドノートの定義は次:
和音を3度累積していくとき、すでに採用した(和音に追加されている)音に対して、上から短9度で衝突する音
例えば C majorでG13とかやろうとすると、13thはドであり、これは3thのシと短9度で衝突する。なので、このときは13を鳴らして欲しくない。
しかしぶっちゃけるとあんまり守られてないような気がする。なんでかというと、ポピュラー音楽のコード隊としてエレキギターがよく普及しているが、エレキギターは大体オーバードライブやディストーションによって遥かに濁った音を出しているので、短9度の不協和音?それがどうした?って面がまずあると思う。リスナーはそんな繊細な和音の違いをもう気にしていないというか。
あと、短9度ってことはようするにオクターブずらせば半音のことなんだけど、半音でいうならM7系の和音で、ボイシングを間違えるとrootが7thの上に乗って半音になるのだけどこれはとくに禁止されていない(積極的にやるべきではないけど...)。なので、「音が濁る」というのは事実ではあるけど、そもそもアヴォイドであることの説明が単に音が濁るとかだけでは説得力がない。
もう少し真面目なことをいうと、短9度だからすべてだめ、というやりかた自体が非常に粗い観点でしかなく、例えば、高音域では半音の衝突だって輝かしく聞こえたりするし、特定の音域だとうなりが気持ち良いが、そこを外すと気持ち悪いだとか、楽器の音色の組み合わせによっては気にならないとか、短9度でも2オクターブ位離したら響きあうことがないのでどうでもいいとか、あるいはオルガンポイント的に一方が固定されているときは、人間の認知側が「ずっと鳴ってるからそれはそういうもの」として、背景化して気にならないとか、色々工夫の余地がある。あくまでコード・和声でみたときの、極めて粗い言い方として、短9度って微妙だよね、って言われているのだということ。
さらに真面目なことをいうと次のような場合もある、9th以上のテンションを考えている場合、和音としては7thまではもうすでに鳴っていることになる。ところで、対位法によると、7thコードのような不協和音の次にどのように各声部を進行させるべきか、というのが比較的厳格に決められていて、それは和声法にも引き継がれている。それによると、ドミナント7thの場合、3rdは導音なので、上方に進行して解決することが義務的になる。ところがこの行き先は今の和音からすると4th=11thであって、もし11thテンションが鳴っているとすると、和音の行きたい先の音がもう鳴ってしまっていることになる。導音の解決は和声進行の重要な要素なので、行き先のネタバレというのは良くない、そういうことで長和音には11thをつけるべきではない、というような説明もできる。つまり、対位法的に健全な進行解決が不可能になるとき、そのような和音構成は禁じられる、ということだ。
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和声進行
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これは古典和声からの伝統である。
何をするのかというと、調を固定した上で、その調の3和音(root, 3th ,5thからなる和音)と7thコード(7thまでもつ)和音を、次の3種類に分類する。
トニック(T)
サブドミナント(SD)
ドミナント(D)
そして、和音たちは、その👆の分類割り当てが次のように推移するようにする。これが和声進行についての基本的な制約で、文法みたいなもの。
T -> T , SD , D
SD -> T, SD, D
D -> T
ようするに、ドミナント(D)に突入したらトニック(T)に解決する。これをドミナントモーションという。
この規則に従った動きの最小単位をカデンツとかいう。
では、和音たちはどのようにこれらに分類されるのか、というと、ぶっちゃけあいまいである(台無し)
この分類は次のように考える。C majorで考えよう。それぞれのカテゴリで、「一番典型的な」のは以下である。
トニック:C
サブドミナント:F
ドミナント:G,G7
そして、これ以外の和音は、CやFやG,G7のうちもっとも似ているものと同じカテゴリに入る。
ここで、「似ている」の基準は以下
和音構成音がよく共通している。
シを含むならGに似ている。
ドを含むならCに似ている。
シもドも含まないならFに似ている。
シファを含むなら確実にG7に似ている。
例えば、Dmはファ、ラをFと共通して持っているからFに似ている。Dm7を考えるとドを含んでしまうけど、まだFのほうが近い(機能和声的にはroot 3th 5thのほうが支配的である)。なのでDmもDm7もサブドミナントとする。Bm-5はシレをGと共通してもつのでGに近い、なのでこれはドミナントである。Bm-57となってもドミナントである。これがrootを失ってDmになるとサブドミナント。
しかし、やはり結局はあいまいである(致命的)
例えばCmajorでEmとかはトニックなのかドミナントなのかあいまいである。気持ち的にドミナント寄りではあるが... Bm-5も、👆でみたようにrootが外れればサブドミになってしまう。たとえばrootを回転して、下からレファシ...となるようにして、Bが目だたなくなってしまうと、Dmっぽくなってしまい、サブドミでもいいか...みたいな気持ちになってしまう。つまり、あいまいである。せっかくカデンツの文法規則があるのに、そもそも和音の分類があいまいである。死。
9,11,13以降を含む和音の場合は、それらを省略した7thまでの和音について、以上の分類を行ったラベルを考える。これはテンションはあくまで装飾であって、和声機能にはあまり効いてこないと考えられているからである(後述)。
T,SD,Dで同じカテゴリに含まれる和音をお互いにお互いの代理和音とよび、カデンツの中で繰り返してもよい。
例えば
T->SD->D->T
のカデンツとしてCmajorで
C->F->G->C
を考えたとき、Cの代理としてAm、Fの代理としてDmを考えてこれを差し込んで
C->Am->F->Dm->G->C
とかしてもよい。でもあまり伸ばしすぎると変に聞こえるので大体1,2回しか伸ばさない気がする。
カデンツを積み上げて構成するとしたが、破られることもままある。例えば、T->SD->D、SD->D,SD->D、T!!!みたいに、ドミナント和音を"溜め"て、最後にまとめてドン!みたいなことは時々見る。さらに偽終止といって、DのあとにSDの回転形をもってくるということもある。回転形にすることでルートはTと同じ音に取れるので、わずかに進行感はあるが、音響的には逆解決なので、ちょっと不満が残る。そうして後で同じ楽想を展開しつつ、今度こそD->Tとやることで満足感を得る、みたいなことである。
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声部進行について
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ギターのコードバッキングみたいに、1パートで全部鳴らしてしまう+そもそも各和音構成音の鳴らし方に制限がある場合はもうどうしようもないが、和音の各音を複数のパートに分散させる場合は、それぞれのパートが和音構成音をわたりあるくことになる。
このとき、それぞれのパートがめちゃくちゃに聞こえるのはあまりにかわいそうであり、音響的にもまずいため、和音構成音同士をなめらかにつなぐ必要がある。どういうことかというと、
たとえば、C->F->G7->C という進行を考える。構成音は
ドミソ
ファラド
ソシレファ
ドミソ
である。これを4人で合奏する。各パートは1つの音しか出せない。
そこで、なにも考えずにこの音を4人に割りふって、
パート1:
ソファシソ
パート2:
ドラファソ
パート3:
ミドレミ
パート4:
ソドソソ
とかやってしまうと、パート1がすごいぎこちなくてつまんなくなる。なので、もっと動きをなめらかに=メロディックに
パート1:
ドレシド
パート2:
ミファソド
パート3:
ソラファミ
パート4:
ドラレド
とかやるともっと歌いやすくなるし自然に聞こえる。古典的な和声法ではこういうことをきちんとやるが、コード理論ではこの手の話は削除されている。伴奏やコードバッキングだけをやるなら必要ない(というか楽器構造上不可能なので)だが、パート割り振るなら意識したい。ちなみにこの話は完全に対位法に由来している。正直、和声法やるくらいなら対位法をやったほうが良いだろう(要出典)
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テンションの由来について
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9,11,13はテンションとして和音構成音の中では副次的存在であり、また和音の機能の決定にも効いてこないとした。これはなぜかというと、歴史的にこれらの構成音が後発であるというのもあるが、個人的には、これは非和声音の対位法的処理をコード理論が無視しているから、だと思う。
どういうことかというと、まず、コード理論は、その曲に登場するすべての音を記述してはいない。 すべてどころか、非常に大雑把に、マクロな観点から粗視化している。例えば、曲にコードネームが割り振られていたとして、そのコードの構成音ではない音がメロディラインに現れることは珍しくない、というか、まったく表れないことのほうが逆に珍しい。だいたいいつも現れる。
こうした和音の外にある音を非和声音という。非和声音は和音として扱われないので純粋な旋律で、それは対位法的にのみ扱われる。対位法では例えば、非協和音程(2,4,7度など)にどうやって突入し、それをどう動かす(協和音程へ解決する)とよいか、という経験則を議論する。そしてそれは対位法的に適切に解決されているがゆえに、和音はそれを直接扱わなくていいのである。
このことを念頭にいれて、テンションを考えてみよう。Cの和音が鳴っているときに、9thのレがメロディに含まれたとする。これは対位法の観点からみて適切に処理されているならば、このあとドかミに動いて解決されるはずである。解決すれば、和音としては取り合う必要がなく、コードもCでよい。しかしこうした対位法的処理を知らない人間がこのメロディを和音だと思ってコードネームをつけるとC9になってしまう。
つまり、テンションノートとは、
対位法的解決処理を忘れた非和声音をコードネームとして書いたものなのである。
9th以外にも、たとえばsusコードに含まれる4thは、このあと下降して3thになることで通常の和音になることが期待されている。この意味で、ここでも下降解決限定の非和声音を和音構成音としてカウントしたものがsusであるという見方ができる。
実際「和音構成音を一つ変化させてメロディにし、その音から歌いだし始めて和音構成音に帰ってくる」という手法は泣きメロの定番である。もうあらゆるところに現れると言っていいくらい定番。逆に使ってない曲あるの?(さすがにある)
定番なので、よく登場するが、「それは対位法的に7thまでの和声音に解決しているのだから、コードに含めるべきではない」という原則を忘れると、その頻度故にコードトーンとして書きたくなる。そこで登場したのがテンションという概念なのだ。
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逆に7thまでは和声機能に含まれる理由
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では逆に、7thまでは和声機能に効いてくるとしたが、これはなぜなのか?
3thと5thが含まれるのは、それが協和音程であって、rootの倍音と相性がよいからである。
しかし7thは典型的な取り扱いでは常にrootとの間の不協和音程である。
なぜ、これが和音構成音の常連なのか?というと、大体ドミナントモーションのせいだと思う。
古典的な取り扱いでは、
もっとも典型的なドミナントモーション G7 ->C において、
"シファ" -> "ドミ"
をめちゃくちゃ重要視する。これは省略してもいけないし、絶対に対位法的にも適切に扱うことを要求される。
なぜなのか?というと、実はドミナントモーションには、機能和声としての
緊張 -> 解決
の演出以外に、
その調(スケール、キー)の確定
という役割がある(と筆者は考えているが、一応説得的理由もある)。
実は、”シファ、ドミ”という音を含むスケールはC major以外に存在しない。
なのでこの和声進行をした瞬間に、この曲の調はCmajorなんだと絶対にわかる。
この確定演出をするために、ドミナントには7thが必要なのである。もしこの7thのファがないと、
G->C だけでは、 G majorかもしれないという可能性が残ってしまう。
これ以外の7th、つまりドミナント以外の7thについては、ドミナントほどの確たる理由はない(えっ)
つまり、テンション同様、雰囲気で使われている(えっ)。
なので7thまでは和音の機能として重要といったが、これは嘘である。
調やスケールの確定演出をする気がない和音については、7th以降をテンションと扱っても問題はない。
ちなみに、”シファ->ドミ”のうち、”シファ”だけではスケールは決まらないのだが、
”シファ”の増4度音程はスケール上はレアな音程であるため、普通のダイアトニックスケールの範囲では、
”シファ”だけでもスケールは2つにまで絞れる。
例えばCmajor 上のG7のB,F音程は、
ダイアトニックの範囲では、あとF# majorにしか含まれない。
逆に言えば、F#majorのメジャーセブンスのC#7もBとF(=E#)を持っているので、
C#7とG7は、それが属する調としては非常に離れているにもかかわらず、和音としては近いことになる。
そこで、これを利用して、
G7 -> Cのドミナントモーションを C#7->Cとしてしまう。
G7 -> CのドミナントモーションをG7 -> F# としてしまう。
という改変をする。こうすると、
前者の場合はC#7というCmajorからかけ離れた和音をつかうことで、ドミナントに雰囲気の変化を与えられ、
後者の場合はCmajor -> F# majorという遠隔転調ができる。これが俗にいう裏コードである。
https://gyazo.com/a40130d593c0ebffff896a6f25f9fcc0
ブルックナー4番1楽章の最初のクライマックスで、👆の5小節目⇒6小節目はコードとしては
C♭ majorの G♭7 -> F majorの F
だが、これはまんま裏転調である。それにしても違和感がない。
C♭ majorと F majorには共通音が2音しかないことを考えれば驚異的なスムーズさ。
(そしてこの共通の2音が、ちょうど両調のドミナント3thと7th)
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スケール外の音について
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和声理論では、スケールの外側にある音を(和音構成音として)導入する戦略は特に決まったものがない。よく使われるものがいくつか知られているだけである。
転調:
転調する。転調とは調を確立することだから、新しい調でのドミナントモーションを実行する。
例えば、C->Am->D7->G
とかやればドミナントモーションでG majorが確立する。
借用:
転調ほどがっちりやらないものとして、セカンダリードミナントというのがある。
これはコード進行中の任意の場所で、そのコードの5度上のドミナント和音を直前に差し込む。
例えば、
C->F->G->C
にD7(Dmではない)を差し込むと
C->F->D7->G->C
とかできる。こうすると、D7の3thであるファ#を使えるようになる。要するに👆とは発想が逆で、特定の調のドミナントモーションを無理やり途中に差し込む方法である。差し込まれたドミナントと直前の和音の連続性が失われるが、どうもあまり気にしないらしい。
しかし、個人的にはどちらも装置として重量級すぎるという印象があり、また、コード理論や和声学には、メロディラインをどう作っていくかという観点が完全に後手にまわっており、こういうやりかたをするとこういうスケール外の音が使えるよ、となってもメロディ創作上あまりピンとこない。個人的には、スケール外の音は、メロディの観点から導入できたほうがずっと自然に思える。
転調や借用の目的は、やはり別のスケールを持ち込むことである。だから、転調先のスケールにしかない音、つまり特徴音を、いかに自然に(あるいは狙った印象を伴ったやりかたで)持ち込むのか、というのが重要なはずである。