VRを用いた率先避難者の有効性の検討
避難は災害リスクを回避するために非常に効果的かつ最適な措置だと言える.しかしながら,多くの人は災害発生リスクが高まっても避難しない傾向にある.これは,危険な状況に曝された時,危険を認識しないようにし,現状を維持することを好む「現状維持バイアス」の影響を受けている可能性が考えられる.この現状維持バイアスを克服し避難を促す存在として「率先避難者」という概念が片田らによって提唱されている.本研究では,仮想現実(VR)を用いた実験を行い,率先避難者の有効性を検討した.氾濫のリスクが高まっている3つのシナリオを提示し,被験者が避難を開始する時間を計測した.分析の結果,率先避難者が避難を促していることが確認された.また,率先避難者には河川が見えることと同程度の避難促進効果が有るという新たな知見が得られた.
Key Words : leading evacuees, virtual reality, normalcy bias, overflow
「現状維持バイアス」がリスクの無視を引き起こす要因の1つという仮定がまず置かれている。
現状維持バイアスの克服には、分かりやすい変化が必要だが、現実の災害は気付かないうちに進行している例も。
そこで筆者は、人間側が積極的に変化を起こす「率先避難者」を支持している。
本研究では倫理面や実行性の要件から VR を用い、率先避難者の有効性を検証した。
洪水について、河川の増水を近い距離で視認できる状況と、率先避難者を視認できる状況、防災行政無線でしか初期の情報を得られない状況とを再現し、避難行動のタイミングや被験者のバックグラウンドなどを調査した。
検証項目
状況毎で、各段階での避難率の変化
平均避難開始時間
平均値の検定
率先避難者が見える場合と増水が見える場合との間には有意差なし
逆に、それらと視覚情報がほとんどない場合との間には有意差があった。
目的変数:実験で得られた避難開始時間
説明変数:アンケートの項目、VR 映像の率先避難者・増水のダミー変数(1 or 0)
⇒アンケートで得た情報では特に有意な影響は見られず、率先避難者もしくは増水が視認できる、という環境要因については有意な結果となった。
比例ハザード性の検定
すべての変数において比例ハザード性が否定されないことを確認した。
⇒ 率先避難者ないし増水の状況が視認できたことによる早期避難の誘発は否定できない(※今回の実験では、絶対に影響しているとまでは言えなかった)
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正常化の偏見 広瀬弘忠:人はなぜ逃げおくれるのか―災害の心理学,集英社文庫,2004. 2014.
実際に火災が発生したかのように被験者に信じ込ませ,実験において率先避難者が機能したと報告した数少ない事例
Ren, A., Chen, C., Shi, J. and Zou, L.: !Application of virtual reality technology to evacuation simulation in fire disaster, Proceedings of the 2006 International Conference on Computer Graphics and Virtual Reality, USA, pp. 15-21, 2006. 地下鉄での火事を再現することで安く安全に防災教育が行える
救援者の教育や地域への働きかけの手法として洪水を VR で再現
Andreatta, P. B. , Maslowski, E., Petty, S., Shim, W., Marsh, I_67M., Hall, T., Stern, S. and Frankel, J.: !Virtual reality triage training provides a viable solution for disaster-preparedness, Academic Emergency Medicine, Vol. 17, pp. 870-876, 2010. 医療において大量死傷者訓練を目的としたVR を作成し,従来の訓練と同様の学習効果が期待
群衆によって避難中の被験者の行動が変化する傾向は見られないが,群衆の振る舞いが避難開始時間に影響していると考察
Kinateder, M., Ronchi, E., Nilsson, D., Kobes. M., Muller, M., Pauli, P. and Muhlberger, A.: !Virtual reality for fire evacuation research, Federated Conference on Computer Science and Information Systems, 1st Complex Events and Information Modelling, pp. 319-327, 2014. VR は安全かつ柔軟なバーチャル空間を創造することができることを示すと共に,VR を火災時の安全性を向上させるための補完的なツールとして位置付け