第1回/章/目覚めぬ彼女
眠り姫
シーン:病院
目覚めない彼女を救急車で搬送
医師の説明(肉体的な問題ではない、なにか精神的なものが彼女の目覚めを阻害しているが医学の範疇ではない)
似たような症状に陥っている人が最近増えている
病院のベッドサイドで彼女の身を案じる
飲み物を買いに行って視界にココアが入る
ひとまる.iconここで腹立ち紛れにココア一気飲みとかすると動揺してる感があっていいかも
例のココアが原因だと悟る(原因であってほしいと願う)
夢のココア
シーン:???
ひとまる.iconここ、病院の庭的なところでもいいかもと思いました
眠り続けている彼女の顔を見ていられず、病院の中庭で昼食を取っている
ココア売りの少女現る
「わたしを探していたの?」
「みんな幸せな夢を見ているだけ」
「でもあなたは夢を見ない。現実しか見えていない」
↑ひとまる.iconここ好き
それでもルームメイトの彼女を取り戻したい。私の望む夢は彼女を助ける夢。
「戻ってこれなくなるかもしれない」
ココアを一服貰う
私の見る夢
シーン:病院
はたして自分は本当に彼女を夢から連れ出せるのか? 戻ってきてほしいというのも自己満足ではないのか? 連れ戻せたという夢を見るだけなのでは?
それでももう一度彼女に会いたい。
意を決してココアを飲み、病院のベッドで眠る彼女にもたれかかるようにして眠りにつく。
本文
code: text
丸一日経っても目覚めない彼女を前にして、私にできることは救急車を呼ぶくらいだった。外傷なし、病の傾向なし。病院では精密検査にかけられたけれど、結論として彼女はただ眠っているだけ――診察をした医師はそう断じた。
森永は奔放で身軽なやつだったけど、まさか彼女の親族までそうであるとは限らない。今一番彼女の近くにいて、状況を理解している人物として私は医師の話を黙って聞いていた。壮年の男性医師は続ける。
「脳波に異常はありません。もちろん身体にも。医学的に見て、彼女はこれ以上ない健康体です。一日以上眠りから覚めないというのは明確に異常事態ではありますが、おそらくは精神の問題、我々にできることは現状維持以上のことはありません」
森永の腕からは点滴の管が伸びている。それは臍帯を思わせた。生まれる前のまどろみ。果たして彼女はどんな夢を見ているのだろう。以前彼女が言っていた通り、それはそれは楽しい夢なのだろうか。
現実よりも?
「似たような症状で運び込まれる患者が最近増えてきています。その例からいうと、彼女の状況もここから悪化することはないでしょう。もちろん、目覚めるかは別問題ですが」
医師はそう言うと、ストレッチャーに乗せられたままの森永と私を診察室から出し、六人の相部屋をあてがってくれた。そこでは皆一様に眠り、衣擦れの音一つなく、呼吸の音が嫌に耳についた。私以外にも付き添いの者は何人か部屋にいたが、患者たちはもう眠り始めてから何日も経っているのか、不意に目覚めるような期待を持っている者はいないらしかった。
眠り続ける森永の姿は、あの気まぐれで奔放で活動的だった彼女の面影を残しつつも静謐で、まるで眠り姫のようだ。もう目覚めない、その最低な結末が一瞬頭をよぎる。この奇妙な病気から目覚めたものは誰もいない。私もやがて期待に疲れ果て、他の人たちと同様に、毎日彼女の寝顔を見て過ごすだけになってしまうのだろうか。
その想像のあまりの絶望感に彼女の顔をそれ以上見ていられず、私は部屋を出た。朝起きてからまだ何も食べていない。病院の購買に立ち寄って、適当なサンドイッチをつまみ上げ、飲み物の棚に目をやったときにそれに気づいた。紙パックに入った飲料に表記されているのはココアの文字。
ココア。彼女が眠りにつく前に求めていたもの。楽しい夢をもたらしてくれると言っていたもの。彼女はそれを少女から買ったと言っていた。最近は毎日のようにそれを飲んでいた。もしそれが彼女を永遠に続くかもしれない眠りに追いやったのだとすれば?
確信はない。私はそのココア売りの少女には出会えなかったのだから。だけどあのときは切実ではなかった。興味本位だった。今はなんとしても会いたい。「ココア売りの少女」に。会ってなんとしても話を聞かなければならない。
大学に行けば他にもココアの愛飲者はいる。その人達にまずは聞いてみるほかあるまいと思いつつ、病院の中庭に出る。日の差す中庭では患者や見舞客たちがめいめいに日差しを浴びていたり、笑い合ったりしている。私は彼らの視線を避けるようにして端っこのベンチに陣取り、購買で買ってきた包みを広げた。
人々に混ざる気持ちにはなれなかった。誰もいないそこでサンドイッチに目をやり、一つつまみ上げてから視線を上げると、不意に少女と目が合った。フリルの付いた、ちょっと時代がかったドレス。手にはかごを下げていて、中からは魔法瓶と紙のカップが覗いている。
誰もいなかったはずなのに、どうして。その姿は患者のものにも病院関係者のものにも見えない。端的に言って場違いな彼女は、当然のように、私を見ている。
「あなたがわたしを呼んだのね?」
少女の声は私の耳朶を打った。呼んだ。ということは彼女が?
忽然と現れたことといい、明らかに人知のうちにあるとは思えない少女の声はしかし可憐なだけの普通のもので、私はたまらずこう聞いた。
「あなたが『ココア売りの少女』?」
「そう呼ぶ人もいるわ」
「なんでこんなところに?」
「あなたがわたしを呼んだから」
「嘘。今までも探したけど、一度も姿を現したりなんかしなかったくせに」
少女は笑った。それはきっと年相応のかわいらしいくすくす笑いだったのだけれど、今のわたしには癇に障るノイズでしかない。
「あなた、夢なんて見ないじゃない。あなたに見えているのは現実だけ。そんな人にあげるココアはないの」
「みんなを目覚めない眠りに陥れた目的は何?」
「心外ね。みんな幸せな夢を見ているのよ。わたしはそのお手伝いをしているだけ」
少女は魔法瓶をかごから取り出すと、ココアをゆっくりと空気を含ませて注いだ。それを両手に持って私に差し出してくる。
「次の目標は私?」
「違うわ。望んだのはあなた。見たい夢があるのでしょう? 現実に嫌気が差して、取り戻したいものがあるのでしょう?」
そうだ。望んだのは私だ。森永がどこかに行ってしまったのだと不安だった。博多のときのようにわたしを連れて行ってくれないのだと、置いていかれるのかと恐怖した。
けれど、これを飲んでわたしまで眠ってしまったら?
「戻ってこれるか不安? そうよね、当たり前よね。あなたのお友達は何度も戻ってきた――けれど結局は行ってしまった。あなたほど強く求めるものがあるのなら、一度で戻ってこれなくなるかもしれないわ」
「もう一度聞くけど。あなたは見たい夢を私に見せてくれるのよね?」
「そうよ、わたしは夢見のお手伝い。ココアの柔らかな夢をわたるもの」
それならば。ためらうことはない。わたしの見たい夢は森永を取り戻す夢。夢の中で森永とともに過ごすことなんかじゃない。
わたしが奪い取るようにココアのカップを彼女の手から獲ると、彼女はニッコリと笑って言った。
「あなたにも良い夢を」
病室の中はしんと静まり返っている。わたしのテニの中でココアの水面が揺れて、不安げにする自分の顔が映った。
彼女がもし幸せな夢を見ているとして。帰ってきてほしいと思うのはわたしの自己満足なんじゃないのか。夢見た先で出会った彼女が、現実の彼女と同一とも限らない。連れ出せるのか。私に。
それでもやるしかない。もう一度、彼女に会いたい。彼女の安らかな寝顔なんかじゃなく、快活そうに笑った顔が見たい。二人でまた蟹を食べたい。
わたし杯を決してココアを飲み干した。甘ったるい塊が喉の奥を通っていくのがわかる。それと同時に、抗いきれない眠気がわたしを襲う。
背を起こして座っているのもままならず、私は森永の眠るベッドに倒れ込むようにして覆いかぶさった。意識が、落ちる。