第1回/章/彼女の夢
お祭り騒ぎの街
緊張のあまり目をつぶっていたまきばの耳に賑やかな騒音が飛び込んでくる
目を開けると、お祭り騒ぎの街が視界に広がっている
街には普通の通行人に交じって明らかにヒトではないものや、時代が違う人なども混じっているように見える
「ここからあいつを探せって言うの!?」
arika.iconここまでも他の人の夢の間を縫ってやってきたので、もう一回困惑させる必要はないかも
ひとまる.icon確かに。やるとするなら、「せっかく絞り込んだはずなのにまた?」みたいな徒労感かもしれないですね
困惑しながらも必死に人波をかき分けるまきば
振り回された思い出のものがたくさん集まっているエリアを見つける
「きっとあそこだ!」
中央ステージでの対決
そこではめちゃくちゃ楽しそうに歌ったり踊ったりゲームをしたりしているせいかの姿があった
何をしているのかと問われて、帰り方もわからないしここで楽しんでいると答えられる
何か深刻な悩みとかそういうものがあるわけじゃないのか、と聞かれて「ないけど?」
「ふざけるな、せいか」
怒りで頭がいっぱいになる。気づけば右手に巨大なハンマーが握られていた。とても持てそうにないのに軽い
「私が!どれだけ!心配したか!」
振り回して作られたステージをめちゃくちゃにしていく。通行人に当たりそうになると気が引けて手が緩む
その様子を見ていたせいかは大笑い。
せいかも一緒になって壊し始めるとよいかも
「やっとわかった。ここでいくら遊んでも物足りなかった理由。まきばがいなかったからなんだね」
「いいから。さっさと帰る。いい?」
一も二もなくうなずくせいか
夢の出口
その二人のもとへココア屋さんがやってきた
「邪魔する気?」
まだハンマーは握られている。それを見てココア屋さんは眉を上げる
「いえ。そんな無粋なことできませんよ。ただ——あなたたちは、戻ってくることができたんですね。それを見届けたかっただけ。出口へお連れしましょう」
ひとまる.icon口調が他の人と違うのでどっちかに揃えたい
出口は街の一角にある古びた雑居ビルにあった。「管理員室」の扉を開くと、白い光で満たされた空間へとつながっている
「ここをしばらく歩いてください。誰かから呼ばれるかもしれません。決して答えないで。振り向かないで。まっすぐ歩いていれば、いずれは目覚めます」
「二人とも。お友達を大切に」そんな言葉を背後に聞きながら、二人は白い光の海へと足を進めた。
本文
(行頭が一字下がってないですすみません。後で一気に変換します)
code: text
目をつぶって夢へと飛び込んだ私の耳に賑やかな騒音が飛び込んできた。鉄道ガード下の轟音、広告トラックのけたたましい歌声。それはまるで耳をつんざくよう。音にひるんだ私の心はすでに挫けかかっていたけれど、森永の命が掛かっているんだと思えば耐えられる。意を決して両目を見開いた。
それは街だった。私たちの暮らす大学周辺ののどかな光景とは全く異なる景色。そこにはたくさんの人が楽しそうに行き交っていて、それぞれの目的地を目指している。彼女の心にある隙間がこの夢を彼女に見せているとするなら——。私の胸の中を、何か小さないがらっぽいものが転がった。
いけない。感傷は何も生まない。私は現実を生きてきた。今までも、これからも。今はこの夢が目の前の現実。目を逸らすことは、甘い夢想という足下が現実という波によってついに掘り崩されるのを震えながら待つことにしかならない。意を決して、私は街へ飛び込んだ。
街へ飛び込んでわかること。それは、この街が森永の机の上みたいにめちゃくちゃな街だということだ。昼と夜がめまぐるしく変わる。多分十五分くらいだ。そのたび街の様子も変わる。普通のオフィスビルにしか見えない建物に水族館がある。水族館には釣り堀が併設されていて、そこではシーラカンスが釣り放題。その隣には異常石田と名付けられたスーパーマーケットが営業していて、一箱に三枚しか入っていないティッシュペーパーや百年熟成和牛のような訳のわからないものが売られている。
「あいつ一人で百人分じゃない」
思わず愚痴が漏れてしまった。このまま探していてもらちがあかないのは明らかだ。何かいい目印はないだろうか。目についたビル(鉛筆の形をしていて、中央を貫く鉛筆型の螺旋階段を登るようになっている)から周囲を見下ろした私は、眼下の広場へと目を留めた。
そこにあったのは新幹線だ。少し古い型で、最近引退セレモニーみたいなものがあったとニュースで見た記憶がある。そうだ、この型に私は見覚えがある。ラーメンを食べるためと称して博多に連行されたときに乗った型だ。
よく見れば北海道みたいな形をした大きないけすがあって、そこには両手を広げたくらいの巨大な蟹がひしめいている。巨大な食いだおれ人形まであった。大きすぎて最近見たウルトラマンの映画を思い出した。そう、森永に振り回された思い出の数々がその広場に集中している。あそこだ。あそこにいる。私は、ビル備え付けの滑り台で広場へと向かった。
その広場の中央に円形のステージがある。目立ちたがりの森永ならばここにいるに違いない。人混みをかき分けてたどり着いた私の目の前に、果たして森永はいた。
「あれ、まきばじゃん」
心底意外という声だった。森永はステージのさらに中央に自分の居場所を作っていたようだ。カラオケのセットがあったり巨大なディスプレイがあったりする。今はちょうど何かしらのテレビゲームをやっていたところだったようだ。
「何やってるの」
思ったより詰問調の声が出たことに自分で驚く。けれども森永は気にしていないらしい。
「帰れなくなっちゃってさ。折角だから楽しもうかなって」
「何。それじゃあ……深刻な悩みとか、心の傷とか、そういうものは……」
心の中に冷え切った塊が生まれてくるのがわかる。
「やだな。まきばは私のことよく知ってるじゃん。そんなタイプに見える? 起きたいときに起きる。食べたいときに食べる。眠たいときに寝る。遊びたいときに遊ぶ。勉強したいときに勉強する。そうやって生きてきたし、それで私は生きてける。でしょ?」
いたずらっぽくウインクするのを見た瞬間、冷たい塊が一気に熱を持った。ああ、太陽が生まれるときって、こういう感じなのかな。そう思った瞬間に私の右手が重さを感じた。
持ち上げてみる。それは、鈍く銀色に光る巨大なハンマーに見える。私の背丈の倍の長さ、私の頭三つ分の頭。きっと現実にこんなものは持ち上がらない。でも、ここは夢だから。こんなものだって持ち上げられる。理性を重んじる私でも、これをどう使うべきなのかをこのときばかりは直感した。
「いい加減にしろ、森永セイカ!!」
思い切り振り下ろした。ステージの骨組みが金切り声を上げて引きちぎられる。頭部が地面に接触した瞬間に衝撃波が走り、遠くでガラスの砕ける音がした。
「私を放って! 変な子供から! 変なものを貰って! 全然起きないから心配したのに! なーにが起きたいときに起きるよ。何がそれで私は生きてけるよ。最初に会ったとき! どれだけ酷い顔色してたか!」
言葉を句切るごとにハンマーを振り回す。ステージ上にあった大型スクリーンが弾き飛ばされ、置かれていた新幹線に突き刺さる。雑な特撮映画みたいに爆発して、近くにあった蟹が飛んできた。受け取ってみると美味しそうにボイルされている。
「まきば」
半笑いの森永が蟹の手をつかんだ。男の人の腕くらいの太さがあるそれを彼女はあっさりとむしってしまう。むしった手を二つに折ると、中から鮮やかな蟹の身が現れた。
「はい、食べて」
差し出されたものを思わず口にする。口いっぱいに蟹のみずみずしい食感と旨味が満ちる。蟹という食べ物の美味しさを知ったころ、身を口いっぱいに詰め込もうとして両親に叱られたのを思い出した。そう。ここまで巨大な蟹だと、ごく自然にその願いが叶えられる。
「……美味し」
「でしょ? ここなら蟹も食べ放題だし、偏食したって具合も悪くならない。まきばだって私の食生活を気にしなくていいんだよ。放っといてたのはゴメン。どう、一緒にここに住まない?」
惜しい。確かに蟹は惜しい。でも、選択の余地はない。
「馬鹿言わない。ここにあるもの、全部森永の作り物でしょ。私の知ってる森永セイカという女はそんなものじゃ満足しません。つべこべ言うならこれ使って叩き起こすよ」
ハンマーの柄を昔話の鬼が金棒を扱うように弄んでみせた。森永はそんな私の目をじっと見る。
「あは、わかっちゃった。なーんか物足りないって思った理由。そうだね、帰ろう帰ろう。でも、その前に——」
座り心地の良さそうなソファから立ち上がった彼女の手には、いつの間にか機関砲が握られていた。
「あたしにも一暴れさせてよ。まきばばっかり暴れちゃずるい」
私たちが暴れた結果、街は滅茶苦茶になった。鉛筆ビルは真っ二つに折れる。異常石田は穴だらけ。水族館からはサメが逃げ出しあらゆるB級サメ映画が現実化した。それと引き換えに私たちの心はすっきりと晴れ渡り、そろそろ帰ってやってもいいか、という気になってきた私たちの元に、あの少女がやってきた。
「邪魔する気? そろそろ私たちは帰りたいんだけど」
再びハンマーを弄ぶ。その様子を少女は愉快そうに見ながら、首を横に振った。
「いいえ。ただ——あなたたちは、戻ることを選べた。それを見届けたくて」
自分が原因を作っておいて妙な言い草だと思う。けど、ここでそれを議論したって何も得しなさそうなので黙っていた。
「ついてきて。帰り道を教えてあげる」
廃墟となった街を私たちはゆく。時々マンホールから、あるいは竜巻から、あるいは改造手術を受けて陸上に適応して。いろいろな形のサメが襲ってきたけれど、私たちの武器で簡単に追い払うことができた。いつの間にか通行人は消えている。逃げたのか、とも思うけど、どちらかというと消えてしまったという方が実態に合っていそうだ。あれだけ暴れた割に、通行人の落とし物のようなものは見当たらない。幻影のようなものだったのかもしれない。
「ついたよ」
なんてことない雑居ビル。その奥に「管理員室」と書かれた扉があった。少女がその扉を引くと、向こうから白い光があふれてくる。
「ここをまっすぐ歩いていって。何があっても止まっちゃだめ。振り向いちゃだめ。多分、何かから声を掛けられると思うけど、無視して。二人とも、お互いの存在だけを気にして歩けばいい」
「ありがとう」
いろいろな思いを呑み込んで、そう礼を言った。
「行こっか、まきば」
「うん」
森永の手をしっかりと握りこんで、私は光の海へと足を踏み入れた。