魔法少女まどか☆マギカ
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紹介
“魔法少女”の新境地を切り開いた『魔法少女まどか☆マギカ』。監修虚淵玄×一肇による公式ノベライズが待望の文庫化! こんなわたしでも、あんな風に誰かの役に立てるとしたら、それはとっても嬉しいなって――
ちょっぴり気弱な女子中学生・鹿目まどかは完全無欠の“魔法少女”に変身することで、理想の自分になれると信じていた――その残酷な真実を知るまでは……。
“魔法少女”ものの新境地を切り開いたTVアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』を、虚淵玄監修のもと一肇が公式ノベライズ! これは鹿目まどかの目線から語られる、奇跡と魔法の物語。
紹介
虚淵玄が放つ究極の“魔法少女”。その物語が、今完結する。ニトロプラスの一肇が描く公式ノベライズ、待望の文庫化!
キュゥべえの恐るべき計画が明らかにされる時、少女たちは自らに課せられた運命の残酷さを知る……。
“ワルプルギスの夜”を前に次々と命を散らしていく魔法少女たち。彼女らを救うべく、まどかが下した運命の決断とは――?
監修虚淵玄×一肇のタッグで生まれたノベライズ版『魔法少女まどか☆マギカ』、ここに完結!
原案:Magica Quartet(著) 漫画:ハノカゲ(著) https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/610jC-StNiL.jpg
過去、未来、全ての宇宙の魔女がいなくなった世界。しかしその代わりに、世界には魔獣が出現するようになっていた。人の感情を食う魔獣を倒すべく、魔法少女たちの戦いが再び始まる──。劇場版前後編と新編を繋ぐ新たなストーリー、堂々開幕! https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/51bl9IYlTCL.jpg
魔獣との戦いは激化する一方で、ほむら達魔法少女は疲弊しきっていた。 魔獣と戦ったあとのほむらに現れたおかしな症状とは…? そして、魔法少女達の前に現れた“新たな魔獣”とは…!? 新展開を迎える魔獣編、激動の第二巻! https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/61aQz8fg3pL.jpg
魔女に代わり、魔獣が蔓延る世界。ほむらはまどかの姿をした魔獣に心を囚われ、マミと杏子はたった二人で世界を救うべく戦いに身を投じる。彼女達の運命は――!? 劇場版前後編と新編をつなぐ物語、完結!! 劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 新編叛逆の物語 (1) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ) ハノカゲ(著) Magica Quartet(原著)
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映画化第3弾となる『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』が、TVシリーズのコミカライズも手がけたハノカゲによる描き下ろしで完全コミカライズ第1巻!!
ほむらの場合は救いたいだけじゃなくて、その救うという願いが自分を救うというケースで、助かりたい(現状を改善したい)という気持ちは、他者への介入という行動に反映されるのだけれど、同じ問題を他者と共有できないから、どこまでも空回りしているような感じがしたな。
空回りの試行錯誤は決して無駄じゃないというエンドは確かに視聴者にとって救いではあるのかもしれないけど、現実のあらゆる問題は不合理さ故に起きていることを考えれば、ご都合主義的にも思えなくもない。空回りしたあれこれが、逆に次の段階への踏み台になりうるという教訓にはなりそうな話かも。
myrmecoleon@myrmecoleon
そういやまどマギ、魔法少女が魔女になるという認識を得たマミさんが「みんな死ぬしかないじゃない」するの錯乱に見えるけど、人類を害する魔女を根絶する方法は魔法少女がみんな死ぬしかないのである意味あの短時間で辿り着けた中では正解だし、まどかはマミの解を昇華させたとも言えるんだよな。
アイデア大全 19問題逆転 某有名なアニメで、仲間を助けようとすれば魔女化してさらなる害悪をもたらすという絶望的な状況での、問題解決への手がかりになったのがこの発想法ですね。助けるのではなく、ほっておくのではなく、あえて…することで状況を解決するってね。
とくにマミさんは問題解決に貢献してないけど、あともう一歩だった。アイデア大全を読んでたら、あの並行世界で問題解決していたかもしれない(それはない)。
マミさんは偉大。「ソウルジェムが魔女を生むなら、みんな死ぬしかないじゃない!! あなたも、私も…」
アイデア大全 06ランダム刺激 これはアニメでもよくある発想法だな。主人公が窮地に陥ったとき、問題と一見無関係な刺激からアイデアを生みだすことでその窮地を切り抜ける。例えば、『魔法少女まどか☆マギカ』とか『食戟のソーマ』とか。
被害妄想において、加害者に対して抵抗し、自分だけでもこの「真実」を明らかにしようと、闘い続けることを強いられるが、その世界の「真実」は彼の被害念慮のスキーマが生み出した虚構であり、スキーマを捨てることができなければ、その悪循環から抜け出すことはできない。魔法少女は、彼らのトラウマを結果的に体現(被害念慮のスキーマ=魔女の根拠)してしまう運命にあるが、観念自体が他人や自分を苦しめるという魔女という存在は被害妄想という現象の表象として解釈できるのではないか。
まどマギで、α世界線で冒頭に自殺を引き起こす原因として魔女の存在を示唆しているが、魔女=被害念慮のスキーマのようなものと解釈すると、β世界線では魔女は存在せず、α世界線はほむらの記憶でしか事実ではないあたかも妄想的な世界であるが、その世界の存在を確信するからこそ、
β世界線で展開されるマギアレコードにおいては、魔法少女としての役割をまっとうすることの最後に死が待っていて、それはピーターパンにおけるネバーランドの趣をだしているがPVのようにやはり魔法少女という伝説は流布される。ここをどう解釈するべきか。
α世界線 魔法少女⇢魔女⇢自殺
この解釈の難しさは、ほむらループをどう考えるべきかという部分。
被害妄想において、必ず間違えてしまうという問題がある。また他者を敵として対立してしまう。行き着く先が、必ず魔女であり、バッドエンドなのだ。
β世界線 「魔法少女⇢魔女」を引き起こさないために「魔法少女⇢死⇢✗ ⇢魔女」
魔女いなくても被害念慮は存在し続けるし、死ぬ人は出続けるけど、α世界線の魔女のしわざによって引き起こされる結果ははるかにマシだと。
β世界線は、僕らの世界のフィクション的に等価な世界で、まどマギを観た人が、自分のいる「この」世界をまどかが救ってくれた世界かもしれない(いや、もちろん、お話なのだから、本当に救ってくれたと確信しているわけではないが、そういう神話があったとして、そういう物語を無碍にはできない)と思えるのは、α世界線の記憶をほむらの視点を通じて追体験できるからだ。
誰からみたなにがどんな風に確からしいのかということを整理すると打開できそう。
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『魔法少女まどか☆マギカ』最速座談会。
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