『車輪の下』
原題: Unterm Rad
ヘルマン・ヘッセ(Hesse Hermann)独
高橋健二 訳
#book
中学生のときにこれを読んでいたら、俺はギーベンラートくんになっていたかもしれない
父親はこの勉強ぶりを誇りをもって見ていた。彼の愚鈍な頭の中には、自分がおぼろげな尊敬を持って見上げている高い所へ、自分の幹から一つの枝を頭上高く伸ばしたいという、愚かで凡庸な人間たちの理想が、ぼんやりと巣くっていた。
p.76
その精神によって彼らはのちになっても、いつでも神学校の生徒だったということが見分けられる。――それは一種の巧妙なしかも確実なしるしづけである。自発的な隷属の意味深い象徴である。
p.82
ハンスは午後いっぱいハイルナーのことを考えずにはいられなかった。なんという人間だろう?ハンスの知っている心配とか願望とかいうものは、ハイルナーにはまったく存在しなかった。彼は自分の考えやことばを持ち、一段と熱のある自由な生活をしていた。風変りな悩みをいだき、自分の周囲をことごとくけいべつしているように見えた。彼は古い柱や壁の美しさを解していた。また自分の魂を詩の句に映し出し、空想によって非現実的な自己独特の生活を作り上げる神秘的な奇妙なわざを行なっていた。そして身軽で奔放で、ハンスが一年間にいう以上のしゃれを毎日いっていた。同時に彼は憂鬱で、自分の悲しさを、他人の珍しい貴重なものででもあるように、楽しんでいるように見えた。
p.108
彼は、人々が遠い旅に出る前によくするように、最後の何日かのあいだに美しい日の光と孤独の夢想を心ゆくまで味わうことをさげすまなかった。旅立つことはいつでもできた。万事手はずはできていた。しかし自発的になお少しいままでの環境にとどまって、自分の危険な決心を夢にも知らずにいる人々の顔をみてやるのは、独特な、苦味のある快感だった。
pp.180-181