アフター・コロナの社会問題
コロナでどのような社会問題が発生したのか
【資料①】
『秋田魁新報(電子版)』2020/12/16掲載(連載:感染症・世界×文化 秋田大学教育文化学部発)
論点
権力の2類型(フーコー)
①特定の人間を排除する権力: 強権的な処罰(独裁、実力行使…)
②人を包み込む権力: 生への配慮・より良い生活による馴化(学校教育、健康診断…)
内と外を厳格に区別する/二項対立構造 ⇒「排除」
二項対立:《dichotomy》|論理学で、二つの概念が矛盾または対立の関係にあること。また、概念をそのように二分すること。内側と外側、男と女、主体と客体、西洋と非西洋など。
感染者と非感染者の明確な線引き
感染者を排除し非感染者の生活圏域の清浄を保つ
“予防/ケア”を隅々まで浸透させる ⇒「包摂」
ペスト下の都市でSTAY HOMEが義務づけられる。
必要な食料や酒が、各家に供給される。
生存確認と健康観察が義務づけられ、記録は国家が把握する。
統計的に把握される数値を基準に、許容可能な範囲に “調整” する ⇒「調整」
数値が許容可能な範囲に収まっていれば、行動を自由に任せる。
範囲内であれば、感染も死も許される。
【資料②】
『朝日新聞DIGITAL』2020/08/05掲載(連載:コロナ後の世界を語る_現代の知性たちの視線)
論点
アガンベンの発言を知りたい人は:
〈生権力〉とは「人々の“生”に介入することで,集団を効率的に管理・統治する権力のこと」(東)
「例外状態」が常態化する傾向→国家権力が例外状態を布告することで,人の自由を抑止する権力を行使することになる。
「剥き出しの生」→リスクとセキュリティの境界が不明瞭ななかで,国家権力が過剰で抑圧的なセキュリティを課すことでリスクを煽ることになる。
https://gyazo.com/2877840f5304ad16c67f542bb2604265
出典:2022年10月6日段階の厚生労働省のHP画面
人間の命が「個体の生」と同値だと認識されていることが問題ではないか?
人はひとりだけでは生き伸びることができない=社会の重要性:命は「個体の生」に集約できない →「社会を次世代に引き続ぐこともまた命を守ること」(東)
オンラインという手段の存在ゆえに「人と人が会うことの価値がきわめて低く見積もられてしまった」(東)→ 移動規制,外出規制,隔離といった権利制限が受け入れられやすくなった
「『分からない』をベースに連帯するしかない」(東)
「人間はリスクを引き受けることで社会を成り立たせてきた」(東)→ これまでの暮らしもリスクゼロではなかった