語史:オエル諸言語の種類
時代ごとに(前期)祖語、古代語、中世語、近代語、現代語に分けることができ、現代語(の標準語)は口語と文語がある。
①現代語(20世紀以後)
現代において一般的に使われるオ゛ェジュルニョェーッ語。口語優勢であり、文語は特定の場合に使われるが、口語よりも文語が上品なものと見做されるため、学習者は通常文語を学ぶ。
口語 一般的にネットや普通の文章を書くとき、または日常会話に使われる。首都方言が標準的であるが、デモティキや日本語の共通語ほど厳密な標準化はされていない。以下の特徴がある。
・語頭の母音が、後続する子音の数によって散発的に長くなったり、逆に短くなったりした。
・ts, tш, чの区別が曖昧になった。
・コピュラが省略された定型表現が多くなった。
・近代語からさらに迂言化が進み、格のシステムは基本的な文法格を除き完全に崩壊した。
・意味格の変化した前置詞とそれらを支配する斜格、於格、能格、及び属格と絶対格(話者によっては呼格)以外はtsadの格変化が接続詞として化石的に残るのみとなった。
・属格は意味範囲が狭まり、内部にあるものは能格の同格で表される。
・格語尾省略(ある格語尾と同じ発音で終わる単語は、その格語尾が省略される現象)がよく起きる。
・形式動詞tasと格を用いた慣用表現は意味がシフトした別の動詞でほとんど上書きされた。
・以前は同じ単語を動詞、形容詞、名詞の区別なく同形でよく用いていたのが、様々な接辞によって厳密に区別するようになった。
・コピュラの絶対性が薄れ、文章中の意味が明確な場合省略されることが頻繁に起こる。その場合は主語を代わりに明記する。
・VSOの基本語順が崩れ、SVOを基本語順とする話者も多く見られる。副文もSVOにする話者がいる。
・フィラーを示す無意味な子音の羅列を作ることが流行している。
一方、動詞の複雑なシステムは鼎数と双数の衰退以外殆ど変化せず、前述の格変化も前置化したのみで消失しておらず、格支配も加わったので、文語よりも複雑になったと一部では言われている。
文語
政府の文書や手紙など公式の、又は形式ばった物やテレビニュース、或いは会話では物好きや復古主義者に使われる。一部の方言は文語に準じた特徴を有している。このサイトのオエル語文法の説明は、明記していなければ基本的に文語の文法を指す。
・一部は口語の特徴、例えばtas, tsadの使用、tsadの格変化による接続詞化なども含むため、近代文語とは一部用法が異なる。
②近代語(18世紀~20世紀)
乖離が進み、原初口語に一般語が混じり合うことで口語が発達していった。初期のフォーマルな言語は会話でも文語優勢であったが、徐々に口語優勢になっていった。
口語
貧困層からなる革新主義者から始まり、徐々に一般に広がっていった。
・原初口語の音韻的特徴は「発音矯正」の観点から殆ど失われ、ウシェルニェクに残滓が残るのみとなった。
・迂言化が進み、場所を示す格が前置されるようになった。
・tas, tsadの副文を取る機能語が急速に広まった。
・tsadの格変化により様々な節が作れるようになった。
・格変化の代わりに不変化詞であるdai, dawi, dƣicなどが接続詞として使われるようになった。
・他の意味格と文法格は文語と大差ないが、母音連続規則が無視されることが多くなってきていた。
・方言による地域差が大きく、一部方言では文語で失った文法上の性質を保持した結果、逆に文語より古風に見えるものもあった。
文語
話者が減ってきたが、文法が整然と整理されてきた一般語は徐々に文語と呼ばれるようになり、一定の権威を得た。
・文法性は完全に忘れ去られた。
・表記が次第に形成され、今の独特なラテン文字・キリル文字交じりの表記法が確立された。
・放出音/ɬʼ/が/tɬʼ/に破擦音化した。
・ロシア語の影響を大きく受け、当時存在しなかった概念や物品の多くを借用した。
・様態格-ahiが法助動詞の発達の影響で意味範囲が狭まった。
③中世語(12世紀〜17世紀)
話し言葉が書き言葉から乖離しはじめ、口語の先駆けとなる言葉が生まれた。記録されていたもののうち大半が一般語であった。これらは、コピュラの義務化という14世紀頃に起こった重大な変化を境に、前期中世語と後期中世語に分けられる。
(原初)口語
話し言葉と乖離し始めた結果生まれた言葉。一般語以外の方言、変種を纏めたゴミ箱分類群であるため、学術的には正確ではないだろう。奴隷など一部の貧民の人々の間で話されていたので、文字資料は殆ど無い。
・話者の殆どが外国語(特に後期古ウシェルニェク語)を母語とし、かつ異なる地域から連れられてきた人間の共通語として用いられたため、文法、発音要素が大幅に単純化されたとされる。
・一部の古ウシェルニェクに由来する思しき表現は、奴隷として連れてこられた原初口語の話者が借用したのがきっかけとされる。
一般語
当時一般的に使われていた言葉で、(原初)口語と区別するために一般語と呼ばれるようになった。現代では古語と呼ばれることもある。独自の文字で記録され始めたので、これがオエル語の記録の始まりとされる。
・アクセントが衰退し、全く意識されなくなった。
・前期には動詞に諸々の文法事項が直接接続していたが、後期にはコピュラの用法の発達による動詞の迂言化とコピュラの機能語化が進行し、動詞はコピュラが必ず伴うようになった。
・初期には目的語接尾辞が使用されていたが、後期には消失した。
・動詞の中立型アラインメントとは別に、絶対格-bixに相当する物が現われ、文章のアラインメントが活格型になり、動詞と文章のアラインメントにずれが生じた。
・27の格が固定化され、複合格も使われ始めた。
複数形の多様性が失われ、末期には一部を除き現代語と同じ-(a)tのみになった。
・十七進法が完全に定着し、元々の二十進法は失われた。
・子音、母音の独特な変化が起こり、今の特徴的なオエル語の発音が形成された。
・母音調和は衰退し、文法性は意味がなくなった。
・tas,tsadが存在せず、接続詞も存在しなかったため、様々な接続句は全て動詞の変化で賄われた。
・迂言化を嫌い、機能語がほとんど存在しなかった。
④古代語(後期祖語)(紀元~5世紀)
・言語学上の立ち位置は古ラテン語のようなものだが、纏まった文章に残っておらず、相変わらず具体的な文章は不明であるが、他の言語で断片的に記録された単語が幾つか知られている。現代においては古代語と呼ばれることもある。
この時には既に古ウシェルニェクとは相互理解が難しい程分化していたとされる説がかつてあったが、内的再構の進展により、現在では共通祖先、もしくは方言程度の関係だとする説が優勢である。
・後置詞の母音融合が発生した結果、格の発達が始まった。
・曖昧母音が消失し、咽喉音後退が発生した。
※咽喉音後退:口蓋音後退化とも。後期祖語から古オエル、一部は中世語にかけて起こった変化。
/*k/→/q/、/*kʰ/→/x~χ/、/*g/→/ɢ/、/*ɡʰ/→/ɣ~ʁ/、/*q/,(/*ɢ?/)→/ʔ/、/*ʔ/→/∅/の変化を総称してこう呼ぶ。
また、一部の研究者はこの中に*Cの消失を含める。
更にウシェルニェク方言では、同様の変化が文語にも適用され、/q/,/ɢ/→/ʔ/、/ʔ/→/∅/という変化が起きている。
・宗教上の理由から、十七進法を使い始める者が現われた。
・文法性が各名詞に存在し、母音調和に影響したらしい。
⑤(前期)祖語(紀元前6世紀~紀元)
現状で遡れる最古のオエル語族の言語。全てのオエル諸語の祖先でもある。
一般的にオ゛ェジュルニョェーッ祖語といえばこれを指す。単語レベルの内的再構はある程度出来るものの資料が絶無のため詳細な文法などは不明である。しかし、古ウシェルニェクや不可解な文法の痕跡の研究により、以下の事が判明している。
・現代語と異なり、文章でも中立型のアラインメントを有していた。
・語順はコピュラの構造、及び古ウシェルニェクの動詞構造からSVOであった可能性がある。
・音節構造は子音連続が許されなかったが、母音連続は許されていたらしい。
・子音は無声無気、無声有気、有声無気、有声有気の対立があったが、説によってはここに放出音が加わる。
・母音は6個あったとされるが、長短の区別があったかは論争がある。
・接辞仮説によると、全ての単語は従属接頭辞形、従属接尾辞形、独立形に変化し、それらが結びついて新たな単語を作っていた。現代語とは対照的に、形容詞は後置修飾が基本であったが、所属は前置していた。
・数は単数や複数のみならず、全ての数が従属接尾辞形で表されていた 。
・二十進法だった可能性がある。
・母音調和があった可能性がある。
方言
首都方言 デファクトスタンダード的な標準語となっている中心的な方言で、首都である○○で話されている言葉に由来する。地域変種にツーデルウェル方言など、各都市ごとに僅かな違いが存在する。
碧雲方言 (北方)直轄地西部の○○地域で主に碧雲氏によって話されている方言で、文語に近く、文法性が存在し、格を多用する。
南部方言(イリャリベッ方言)
複数の方言の相称。子音間の母音挿入、否定辞の融合などが特徴的。
ウシェルニェク方言 南東自治領でウシェルニェク人に話されている方言。古ウシェルニェクとは別の言語であるが、基層言語としては大いに影響を受けている。
・発音が文語から大幅に変わった。(長母音の消失や咽喉音の衰退、硬口蓋化音や破擦音の多用など)
・語末子音が散発的に無声化する。
・格は文法格(絶対、属、能、斜、呼)を除き消滅し、格支配も斜格のみになり実質消滅した。
・双数形と鼎数形は完全に消滅した。
・単語もある程度異なるのでオエル語との相互理解性は殆ど無い。固有語の一部は古ウシェルニェク語から借用したものと思われる。
なので、方言ではなく「ウシェルニェク語」という別の言語だとする意見も多数見られている。しかし、文法は現代語との共通点が多く見られる。
オエル語族
大別すると中央アジア語派と東アジア語派に分類でき、更に中央アジア語派はオエル語派と絶滅した古ウシェルニェク語派に細分化できる。
なお、言語のどの側面を重視するかによって、研究者によって多少の分類の差異がある。
table: オエル語族の分類(Haruka, 2024)、*は死語
大語派 小語派 語群 言語、方言 より細かい方言区分
*前期祖語
中央アジア語派 *後期祖語
(オエル-ダヘパル語派) 中央オエル語派
ウシェルニェク語群 ウシェルニェク方言(語)
オエル語群 現代文語
現代標準語(共通方言)
北部方言群(...方言群) 首都方言
碧雲方言
碧雲正則方言片
碧雲副転方言片
南部方言群(入遣別方言群) 銀雪方言
萌黄葉方言
古ウシェルニェク語派
ダヘパル語群 *古ウシェルニェク語(ダヘパル語)
トウェブリ語群 *トウェブリ方言?
東アジア語派 *ル゛ヒー祖語
ル゛ヒー語(二喜語)
table: オエル語族の分類(Svein, 2024)、*は死語
大語派 小語派 語群 言語、方言 より細かい方言区分
*前期祖語
中央アジア語派 *後期祖語
(オエル-ダヘパル語派) 中央オエル語派
中央・ウシェルニェク語群 現代標準語(共通方言)
首都方言
ウシェルニェク方言(語)
南北語群 現代文語
北部方言群(...方言群) 碧雲方言
碧雲正則方言片
碧雲副転方言片
南部方言群(入遣別方言群) 銀雪方言
萌黄葉方言
古ウシェルニェク語派
ダヘパル語群 *古ウシェルニェク語(ダヘパル語)
トウェブリ語群 *トウェブリ方言?
東アジア語派 *ル゛ヒー祖語
ル゛ヒー語(二喜語)
以下はオエル語族に属する側派群について言及する。
古ウシェルニェク語(ダヘパル語)
かつてウイグルを中心とする遊牧民族(後に定住生活に移行)の「須氏」で話されていた言語。ダヘパルは首都。ウイグル付近がオエル民族の故地とする説の通り、現代オエル語に繋がる民族を追い出し、一時は彼らをしのぐほどの繁栄を手にしていたものの、モンゴル帝国と古オエル帝国の圧迫により滅亡。言語集団は現在のウシェルニェク自治州に残存していたが、強力な言語政策により死語となり、ウシェルニェク方言の基層言語となった。
トウェブリ方言
須氏第二の都市であったTwebriで使われていた方言。記録によれば、方言がきつく現地の人々と会話を交わすことはダヘパル語話者にとって難しかったと言う。その単語の記録は殆ど残っていないが、水のことを「brix」と呼んでいた記録がある(ダヘパル語では「brih」)。
ル゛ヒー語
中国南東の貴州省の少数民族アルシ族で使われる言語。話者数は500人ほどの消滅危機言語。同じくウイグルから追放された集団の末裔。中国語や他の少数民族からの影響を強く受けており複雑な声調を有するほか、周囲の少数民族の影響を受け続けており、語彙全体の7割が借用語であり、基礎語彙に限定しても5割が借用語である。
19世紀には漢字の読み、意味を各音節ごとに当てはめた二喜漢字が存在していたがあまり使われず(正式表記として併記される)、20世紀後半にRPA表記が導入され、実用面ではそちらが使用される。
言語名のル゛ヒー語は、Piks Nv ʕrs Hiij/pɪk̚˥ nv̹˧ ʕɹ̹˥ çiː˩˥/(訁匹奴人之)、即ち「人の言葉」に由来する(現代オエル語に逐語訳すると、Bix-Nē' Ƣez-Ic)。また中国語での呼称「二喜(èrxǐ)」は後半の要素を現代中国語に、縁起の良い字を当てはめたものである。