古語:古ウシェルニェク(ダヘパル)語
古ウシェルニェク語は、かつて(12~14世紀頃まで)ウシェルニェクで用いられていたオ゛ェジュルニョェーッ語の近縁言語である。現在は死語。なおウシェルニェク方言とは全く違う言語なので注意。
歴史
古ウシェルニェクは時代ごとに三種類に分類される。
①前期古ウシェルニェク語
後期祖語の一世紀後程の時代の、最初期の記録に残る古ウシェルニェク語。(6世紀頃か)後期祖語の方言なのか、姉妹言語なのかは資料の乏しさにより判然としない。
②中期古ウシェルニェク語
単に古ウシェルニェク語といえばこれを指す。(8世紀〜11世紀) 古ウシェルニェク王国が東西貿易で栄えていた時期であり、資料が最も豊富。標準語以外にも幾つかの方言の記録が残っている。
③後期古ウシェルニェク語
コイネー化してからオエル帝国(仮称)との勢力争いに敗れ滅亡するまでの時期。(11~12世紀前半) 音韻面では語中の子音やアクセントの無い母音(最後の音節以外のもの)の脱落、文法面ではコイネー化に伴う簡略化など変化が著しいが、戦乱と国力の衰退により殆ど記録はない。
なお、ウシェルニェク方言はこの後期古ウシェルニェク語を基層語としており、語彙面、音韻面、文法面全てで影響が見られたが、古ウシェルニェク王国の滅亡による苛烈な統治と言語の規範化により現代ではその要素の大部分が衰退してしまった。
以下では、当時標準語として使用されていた首都ダヘパルで用いられていた方言(ダヘパル語)について言及する。
音韻
母音
正確な音価は不明ながら、a,i,u,e,oの五つの母音及びそれらの長母音からなる。
前期から中期にかけて大抵の二重母音が融合したため、yuなどの半母音化したもの、接辞同士が隣り合うもの、子音の消失によって偶発的に生じたもの(ex.toem(togem,速い)の変種)や、尊敬の意味の為に意図的に発音が維持されたもの(ex.pawtos(王、為政者)や-ay(名詞に接続して尊敬を表す))を除き存在しない。
子音
table: 中期古ウシェルニェクの子音体系
唇音 歯茎音 硬口蓋音 軟口蓋音 口蓋垂音 咽頭音 声門音
鼻音 m n
閉鎖音 無声音 p t k q ʔ
有声音 b d g
震え音 r
*1 二次的に発生した母音iの長母音、及び母音eの前で生じるkの変種。 *2 二次的に発生した母音iの長母音、及び母音eの前で生じるgの変種。時代を経る毎に衰退し、完全に消失する場合もある。 *3 語末、子音の直前に生じる/l/の変種。後期には/w/に変化した。 アクセント
アクセントによる意味の弁別は生じないが、前期祖語の時代に*Vであった母音oにはアクセントは無く、長母音には必ずアクセントが置かれる。
文法
語順
語順はSVOであるが、より正確にはT(主題)V語順と言うべきものである。
動詞
主語、目的語、補語を示すマーカーは存在せず、動詞の接辞で判別しなければならない。人称を示す動詞の接辞は以下の通りである。
①主語は接頭辞(三人称の場合のみ動詞が複数形になる)
table:接頭辞
一人称 二人称 三人称男性 三人称女性 三人称中性/混合
単数 ʕi- qe- li- la- lo-
複数 ni- qa- li- la- lo-
②直接目的語は接尾辞
table:接尾辞
一人称 二人称 三人称男性 三人称女性 三人称中性/混合
単数 -ʕi -qe -li -la -lo
複数 -ni -qa -liti -lati -loti
③間接目的語は接尾辞
table:接尾辞
一人称 二人称 三人称男性 三人称女性 三人称中性/混合
単数 -ʕiqa -qeqa -liqa -laqa -loqa
複数 -niqa -qaqa -litiqa -latiqa -lotiqa
で表される。
また、法には直説法と懐疑法が、時制には現在、過去、未来があり、オエル語にある様々な派生用法は副詞で代用される。
table:法と時制
過去 現在 未来
直説法 -ū -∅ -ō
懐疑法 -om -a -as
懐疑法の用法については後述する。
主題
古ウシェルニェクにはオエル語のような格は存在せず、動詞の接辞でどの単語がどの意味か明示する。意味格は後置詞のように使われるが、単語とは独立して存在する。
特筆すべき事項として、「主題のro-」の存在が上げられる。このため、主語優勢言語である現代オエル語と違い、古ウシェルニェクは主題優勢言語である。
以下に例文「お前はお前自身の手で果物を食べる」を上げる。
Roqeh qeyakollo kasyu guqelor yuwa.
語構造の説明のため、ハイフンで接辞を示す。
Ro-qeh qe-yakol-lo kasyu gu-qe-lor yuwa.
グロス:TOP-2SG(DEL) 2SG-食べる-3SG.NEU 果物 SELF-2SG(GEN)-手 -で
ここで、焦点を果物に変える、即ち「果物はお前自身の手でお前が食べる」とすると以下のように文が変化する。
Rokasyu qeyakol(sa)lo guqelor yuwa.
Ro-kasyu qe-yakol(-sa)-lo gu-qe-lor yuwa.
グロス:TOP-果物 2SG-食べる-(ANAS)-3SGNEU SELF-2SG(gen)-手 -で
なお、-saは倒置を示す接尾辞であるが、必ずしも必要ではない。この二つの文はどちらも成立するが、古ウシェルニェクでは動詞に主語と目的語の人称が表示されるため、後者がより自然である。
また、ro-が付くのは名詞句のみとは限らない。以下に例文「多くの雨が降る山々から彼らは来たかった」を上げる。
Roahadūdin tihotutti yerūdi ehani liserka(sa)om moye.
Ro-ahadūdin ti-hotut-ti yerūdi ehani li-serka(sa)-om moye.
グロス:TOP-厖大な(PL)〈adjectivize(PL)〉雨が降る 山(PL) from 3PL-来る(PL)-(ANAS)-DUB.PAST したい(ADV)
となり、副詞句にも付くのみならず、表記上は動詞の形容詞句を修飾する副詞に接続している。
そのため、直訳すると「多くの雨が降る山々からは我々が来たかった」となり、不自然な文章になってしまうので翻訳の際には注意が必要である。
複数形
名詞の複数形には多様な種類があり、単語ごとに覚えなければならない。大別すると以下の種類に分類できるが、例外もある。また、形容詞、動詞、(副詞)にも同様の複数形が存在するが、名詞に比べて規則的である。
①-ti型
最も基本的な複数形。同源のオエル語の複数形「-(a)t」が唯一の複数形であるように、後期に行くに従い他の複数形もこれに統一されていった。母音、有声子音の後ろでは-diになる。なお、脱落した語末子音がある場合、復活した上で-tiが変化するため注意が必要である。
ex.)rozū, rozūkti 「安全な」 (前期祖語では*rVze−ukʰ)
②-tin型
ex.)dahe, daheptin「大きい、偉大な」
③-e型
子音で終わる単語がこれに当てはまることがあるが、該当例は少ない。
ex.)xīr, xīre「顔」、ronahil, ronahile「太陽」
④-en型
ex.)kasyu, kasyen「果物」
⑤-Cːe型
前期祖語の語末子音の殆どは単数形では脱落したが、複数形のこの形で復活し、かつ長子音化する。
ex.)lahu, lahukke「天、天井」
⑥-Cːen型
ex.)ħiloh, ħilohhen「馬鹿な」
⑦畳語型
親族関係の名詞に多いが、例は少ない。
ex.) pahi, papahi「父」ma, māma「母」
⑧-n型
動詞にのみ見られる。
ex.)ruha, ruhen「止まる」
⑨-an型
ex.)ribaz, ribazan「脅す」
⑩-Cːūr〜Cūr型
ex.1)ziqa, ziqqūr「本」
ex.2)bori, brūr「羽根」
⑪-Cːūrn型
ex.)togem, toggūrn「素早い」
⑫-asi(n)型
(形容詞の強調法形のみ表れる。最後のnは類推でよくつけられていた)
ex.)togennem, togennemasi(n)「より早い」
⑬-補充型
動詞にのみ見られる。
ex.)alohi, serka「来る」