投稿する論文誌の選択肢
どういう雑誌に統計物理/経済物理系が投稿することが多いのか,簡単にまとめておきます.(金澤の投稿経験から来るバイアスが多く入っています).
トップ誌(商業誌/総合誌)
Nature:超有名な商業誌.CNSの一角
Science:超有名な商業誌.CNSの一角
PNAS:有名な総合誌.米国科学アカデミー紀要.『ピー・エヌ・エー・エス』と読む
Nature Physics:Nature姉妹紙で物理にハイライトしたもの
Nature Communication:Nature姉妹紙,オープンアクセス誌
トップ誌(物理系専門誌)
Physical Review Letters (PRL):アメリカ物理学会の機関紙 (flagship journal).物理系で知らない人はいない有名誌
Physical Review X (PRX):アメリカ物理学会のトップのオープンアクセス誌(OA誌).最近はPRLより難しい
普通の良い雑誌(専門誌)
Physical Review E (PRE):統計物理系ならなんでも載る雑誌(領域11らしく,ごった煮感が強い)
Physical Review Research (PRR):アメリカ物理学会のオープンアクセス誌(PREと同等の採択基準)
Quantitative Finance:金融のマーケットマイクロストラクチャ系の論文が多く載る
Journal of Statistical Physics:統計物理の堅い雑誌.数学的にしっかりした仕事が載る傾向にある
Journal of Statistical Mechanics:統計物理の普通の雑誌.経済物理も載る
New Journal of Physics:オープンアクセス誌.トップ誌寄り?PRL >> NJP > PRE = PRR という印象
Physica A:統計物理の雑誌だが,伝統的に経済物理の論文が良く載る(名誉編集者に経済物理大御所のStanleyがいる)
普通の雑誌(総合誌,インパクトを求めないことを明記する雑誌)
PLoS ONE:オープンアクセス誌のはしり.「インパクトがなくても正しければ載る」と明記.金澤も共著論文を出版したことがある.可もなく不可もなく.ただ,昔より大分評価を落としてきた印象(例えばこの事件) Scientific Reports:PLoS ONEをNature系列が真似した雑誌.金融よりネットワーク科学系の方が載る印象.可もなく不可もなく.良い仕事もちょくちょく載っている.
評価が分かれる雑誌
MDPI系列:MDPI系列は実際問題として評価が分かれる.というのは,捕食出版社についての議論が高まった一時期,捕食出版社についてまとめたリスト(Beall's List)に載ったからだ.ただ,多くの普通の研究者が投稿/出版しているため,実際問題として無視するべき雑誌ではない Entropy, Statsあたりに投稿する人が金澤の周辺でもちょくちょく居る
Frontiers系列:これも評価がわかれる(一時期Beall's Listに載っていたため)が,多くの研究者が投稿/出版しているため,無視するべき雑誌ではない Frontiers in Physicsあたりに投稿する人が金澤周辺でちょくちょくいる
物理系での雑誌の格付け(金澤の感覚)
(大前提)金澤は実態として雑誌ランキングを参考に投稿しているが,これは現在の大学の人事評価では,実質的に雑誌名をかなり気にされるから.つまり,キャリアパスを考える上での『ゲームのルール』として気にしていて,あまりサイエンスとして気にしているわけではない.どの雑誌でもいいからちゃんと掲載するところまで持っていくことが最重要.
それを大前提としたうえでの,金澤の理解(雑誌の掲載難易度):Nature ≧ Science > Nat. Phys. > PRX ≧ Nat. Commun. ≧ PNAS ≧ PRL >> (トップジャーナルの壁) >> NJP > PRE = PRR > Physica A
PRL以上はどれも掲載が難しいが,PRLより上の雑誌は(PRXを除いて)基本的に総合誌/商業誌であるため,掲載のためのルールが異なる.つまり,『物理学者以外の目線での面白さ』というポピュラーサイエンスの軸が強く入ってくる.専門誌の尺度だけで測るなら,今でもPRX・PRLはトップ誌として強い位置づけを誇ると思う.
Nature/Science系列は非常に有名だが,逆にこれらの系列の雑誌を嫌うシニア研究者がちょくちょく居ることは知っておいても良い.なぜなら商業誌の掲載基準は専門誌のそれとは異なり,ポピュラーサイエンスの要素が入ってくるため,純粋な専門家の評価軸と一致しないからだ.特にNatureは「学術の生態系を壊している」と思っている物理系の教員は,シニア層にちょくちょく居る.といっても,そういう事を気にしていたら自分のキャリアに響くので,金澤は普通に商業誌にも投稿している.
PRL未満の場合,出版後の引用数で評価が固まると思う(本当はPRL以上でもそうだと思うが).例えばPRE掲載論文であっても,最終的な引用数が100を超えたものは普通に「なかなか大事!」とみんなが思っているであろう.PREはそういう論文が結構あるため,まともな物理学者ならPREを無視したりしない.PREは「専門家が読む,雑多だけどまともな雑誌」という位置づけ.
Sci. Rep.をどこに位置付けるか悩む.個人的には,PREと同程度の位置づけになる気がする.PLoS ONEについても悩む.Sci. Rep.と同等か,もしくはほんの少しSci. Rep.より格が落ちる感じだろうか...?
APS系列での難易度:PRX > PRL >> PRE = PRR
PRRの採択難易度はPREと同じであることは,PRRのeditorial policyに明記されている.
但し,IFはPRR > PREである.これはAPSの構造を考えると当然であり,特に意味がないはずだが,学際系の人事評価ではIFを見る人が多いので,採択基準がPRR = PREであっても,将来的な人事評価がPRR > PREになる可能性はあると思う.
PRRは出版にするために出版費用(APC)を払わないといけないため,研究資金が多い研究者が投稿するバイアスがかかるだろう.そして研究資金が多い研究者の方が,研究業績が高い傾向があることは想像に難くないため,たとえ採択基準が同じであっても,実質的に引用数がPRR > PREになることは驚くに値しない.
また,OA化すると一般的に引用数が増え,IFも上がる.これは,subscription feeを払えない大学の研究者でもOA誌なら読めるため,引用してくれる機会が自明に増えるからだ.その意味でも,採択基準が同じでも引用指標がPRR > PREになることは当然である.
こういうことを考えると,将来的に論文の質もPRR > PREになる可能性は十分にあると思う.何故なら,キャリア論を考えると人事評価ハックのためにPRRに投稿したいと思う人は当然増えるだろうからだ...
Nature系列での難易度: Nature > Nat. Phys >> Nat. Commun. >> Sci. Rep.
OA誌はお金が掛かる.特にNat. Commun.は非常に高額.PRXも結構高い
物理系において雑誌の格付けは重要なのか?
物理系での一般認識として,「あまり雑誌のランクに拘るのは正しくない」という認識が(たぶん)一般的だと思う.むしろ将来的な引用数の方が重要だと良く言われる.ただ,引用数自体が分野依存性を強く持つため,引用数だけで評価することも難しい.(例えば一般的に引用数は,生物系>>凝縮系>>統計物理系>>経済物理系になる印象がある.ネットワーク科学は最近は割と引用が伸びる印象.これは分野に所属する研究者の絶対数が異なるから.ちなみに経済系,数学系はもっと引用数が構造的に少ないが,研究の質が低いわけではない.論文の査読期間が長く,平均的な論文数も少ないことに起因する).ここらへんは異分野間での研究評価に関する有名問題点であり,人事評価は非常に難しい.結局は「自分が論文読んでどう思ったか?」を最大の評価軸にするしかないかもしれない.
それでも上の雑誌を目指すのは,「visibilityを高める(つまり広告効果が高い)ため」,「キャリアのため」という側面の方が大きいと思う.
ちなみに「研究結果のインパクトを求めない」ということを明記するPLoS ONEとSci. Rep.は,「非常につまらない雑誌なのではないか?(もっというとトンデモに近い雑誌では?)」と感じている異分野教員と喋ったことがある.これは,分野の慣習の違いに起因する誤解だと思う.
例えば,物理であれば,おそらくNJP未満の格の雑誌であれば,「研究結果のインパクト」は査読の際にあまり求めていないと思われる.例えば,PRA-Eは物理系では非常にスタンダードな投稿先であり,なんならノーベル賞級の仕事も載っている(統計物理ならPRE)が,そんなに「結果のインパクト」についての強い要求はない.金澤はPREに何度も投稿しているし,査読も何度も行っているが,「結果のインパクト」はそんなに気にしていない.
もちろん最低限の新奇性の有無は確認するが,査読の際に最も重要なことは「結果が間違っていない(少なくとも妥当に思える)こと」+「科学論文の体裁をちゃんと守っているか」+「新奇性主張のストーリーラインと,論文の主要結果・種々の引用文献は整合するか」などである.つまり,物理系では,NJP以上の雑誌に投稿しない限りはあまり結果のインパクトを強くは求めない(もちろんあまりにつまらないと『自明である』としてリジェクトするが)ことは,普通のことである.物理学者にとって,Sci. Rep.とPLoS ONEは今までのそういう慣習をただ明文化している様に見えているのではないかなと思う.
PLoS ONEとSci. Rep.の採択率が高いこと(50%超え?)を批判している教員を見たことがあるが,PREとかもそれくらいの採択率があると思う.採択率が20%を切る雑誌は逆に限られている(つまり,PRL以上の雑誌),というのが業界構造である.正直,自分の分野に関して言えば,採択率の絶対値に意味がある気はしていない.例えばPREより遥かにPhysica Aの方が採択率が低いが,査読者としてはPREがPhysica Aより格が落ちると思ったことはない.
といっても,たぶんPREに投稿するときは最低限でも「面白いんだよ」と見えるように配慮して書くので,実際としてSci. Rep.とPLoS ONEはPREよりランクが落ちるかもしれないな,と思ったりする(※IFだとPREの方が下になるが).
Sci. Rep.に関してはNat. Commun.からtransferされた原稿が多い(同様に,PREにはPRLからtransferされた原稿が多い)ので,結構重要な文献が混じっている.なので,Sci. Rep.とPREの格付けは結構難しいと思う.
PLoS ONEに関しては,物理系のPLoS上位誌が無いため,上位雑誌からのtransfer構造がない.なので,Sci. Rep.より最近雰囲気として格下に見られているように感じるのは,transfer構造によって上位落ちの「惜しい」論文が少ないからじゃないかなと思う.
雑多なメモ
CNS = Cell, Nature, Science.CNSはジャーゴン
MDPIとFrontiers系列を捕食出版社 (predatory journals) の一角と看做す人はいる.ただ個人的にはこれらを一律に捕食出版社と看做すのは実情として正しくないと思う.というのは,様々な業界の有名な先生もポンポンMDPIから出版していたりするので,実情としてダメな論文ばかりが掲載されているとは言えない.MDPI系列の論文を無条件で引用から除外すると問題になる事が実際的にあり得ると思う.例えば,MDPIの論文で関連研究があったとして,それを引用しなかった場合,普通に倫理的な意味での問題になると思われる
雑談ベースで理解したこととして,一部の分野だと,「あまり評価していない雑誌の研究結果はチェックしないし,なんなら踏み倒しても問題にならない」みたいな対応が暗に行われているようだ.分野によって多様性があるのは認めたとしても,この態度は僕の周辺だと誰も認めない(倫理性を疑う)と思う.とりあえず,上に書いた「評価が分かれる雑誌」についても,そういう態度を様々な研究者が居る場で表明すると,研究者倫理として深刻な疑念を持たれうる.
もちろん,あきらかな捕食出版誌についてはチェックする必要がないが,上に書いた例とかは世間的には「そうではない」という扱いになっていると金澤は理解している(もちろん,色々件の雑誌は議論になっている以上,「境界例の雑誌」と看做す意見はわかるし,気にするなら投稿しない方がいいと思う)
MDPIに投稿しているが,PLoS ONEの悪口をぼろぼろに言っていた教員を見たことがある.個人的にはPLoS ONEよりMDPI系列の方が雑誌の格は低いと感じるのだけど,ここら辺の感覚は分野が違うと正直わからない.
注:金澤は2022年7月31日現時点ではMDPI, Frontiers系での出版/査読経験がないので,適切に実態を理解できているわけではないし,またポジショントークとしてこれらを擁護しているわけでもない(PLoS ONEには投稿歴があるが,そのためにPLoS ONEを擁護しようとしているわけではないつもりである).どちらかと言うと,「学生に僕のviewをそのまま伝えるならこう書く」というのをそのまま書いている.
金澤がいつも思う事
大学は分野跨いだら外国
『法律』が違うし,『単語』も違う.
「同じ単語は同じ内容を指す」という仮定はあまり正しくない.物理学の査読,生物学の査読,数学の査読,経済学の査読...これらは全く違うものを指していると思った方が無難.