トップ誌からの出版を目指すべきか?
キャリア論において,論文をトップ誌から出版することに拘るかどうかは,大きな問題である.金澤の意見としては
トップ誌からの出版に強く拘るのは,あまり良いことではない.どこでもいいから出版して前に進むことが重要
一方で,キャリア論としてはどこかでトップ誌から出版することを目指した方が良い.
だと思う.以下,要点(メリット・デメリット)を整理したい.
一般論:トップ誌から出版するメリットとは?
トップ誌から出版する最大のメリットとは,多くの人に注目してもらえることである.論文を書く目標とは,自分が書いた研究成果を他の研究者に広め,興味を持ってくれた研究者から
有益なアドバイスを貰ったり,
後続研究を増やしたり(つまり,自分が手が回らない問題を他の研究者に解いてもらう),
引用してもらうことで,自分のcreditを高めたりすること(引用数は人事評価に直結します)
などがある.つまり,『論文を書く』という行為は本質的に『広告を出す』ことに近い.例えば,Nature誌から出版する場合は,Nature誌というブランドのプラットフォームから自分の研究について広告するわけである.物理専門誌であれば,Physical Review Letters (PRL)/Physical Review X (PRX)というブランドのプラットフォームから出版すれば,広告効果が非常に高いだろう.こういうことを出版社は明確に意識していて,彼らは "visiblity"という単語を使う.この文脈では「研究者コミュニティでの露出度」という意味だと思えばよい.
論文を書くのが本質的に『広告』であれば,最も『広告効果="visiblity"が高いplatformは何か?』というのがキャリア上の最適戦略になるであろう.その答えは『トップ誌が最も広告効果が高い』という自明な答えに行きつく.つまり,論文を書く目的を踏まえると,トップ誌から出版するメリットは自明にある.
一般論:トップ誌に拘るデメリットとは?
では,常にトップ誌からの出版に強く拘れば良いのだろうか?これに対する回答は No だと思っている.というのは,トップ誌から出版する事にはそれなりにデメリット・コストがあるからだ.
出版までに時間がかかる
まず自明なデメリットとして,出版までの時間が伸びることがあるだろう.トップ誌から出版する場合,一般的に査読の際に『分野としての重要性(field interest)』と『科学的正しさ(scientific validation)』に加えて,『分野外の科学者目線でも重要性が分かること(general interest)』も求められる.そしてこの3大要件についての査読基準も高く設定される.結果としてリジェクト率が上がる.リジェクトされれば別の雑誌に再投稿することになるが,研究の質が大きく変化しない限り,再度リジェクトされる可能性もあるだろう.なので,相当な自信作でない限り,複数の雑誌をたらいまわしにされ,出版が遅れる可能性がある.たとえ自信作であっても,査読者に変な人がいれば相当反論に時間を取られることになる.金澤の場合,反論して逆転採択を勝ち取ったことが結構あるが,それでもしんどいのは間違いない.つまり,時間・気力・体力を奪われる.
テーマが制限される
また,そもそもトップ誌は受け入れるテーマに対して選り好みがあると言われている(※雑誌側は公式に否定するかもしれないが,現場レベルでは明確に言われているので,金澤では『現場側』としてこの非公式スペースで感想を述べている.信じない読者は信じなくてよい).まず理論系より実験系のほうがかなり通りやすいと言われている.これは自然科学の一般的な価値観として,基本的に実験結果の価値が非常に高いとされているからだ.また総合誌に関しては,恐らく医療・生物系の色がついている方が多少なりとも通りやすいと思う(※公式には否定するかもしれないが,編集者であればIFを気にしないはずがないと金澤は思っている.IFを保つ上で医療・生物系の方にスペースを多少なりとも多めに割り当てた方がIFを保ちやすいだろう.なぜなら論文出版頻度が非常に高く,総量としての『引用数』の絶対値が多いからだ).
つまり,トップ誌から出版するのであれば,テーマレベルの出版戦略(publication strategy)を練る必要がある.学生の時からこういうことを強く意識することは,教育上本当に良いのか,金澤は自身がない.キャリア戦略としては出版戦略を全く意識しないのは良くないと思うが,『トップ誌からの出版だけが正義である』と思うようになるのは,思想上の害悪が大きいと思う.
卒業要件をまずは充たした方が良いのでは?
大学院は研究機関であると同時に教育機関である.当たり前のことだが,学生は教育機関として課される『卒業要件』があるはずである.これを充たした方が学生の精神衛生上良いだろう.そう考えると,トップ誌にあまり拘って出版を遅らせるのは良くない.そもそも博士進学者は重いストレスを抱えがちであることが,米国でのPhDに関する統計として報告されている.学生生活でもっとも重要なことは,メンタル上の問題を抱えないようにすることだと金澤は思う(研究という行為に,精神を病んで続けるほどの価値はないと思う).トップ誌での出版に拘りすぎると,学生の卒業要件を充たすのが遅れ,メンタル方向のリスクが高くなってしまうのではないか?その意味ではトップ誌に拘り過ぎるのは良くない.
では卒業要件を考えて,トップ誌からの出版を目指さない方が良いのか?:いや,良くない
では,あまりトップ誌を目指さない方がいいのだろうか?ここはリスク・メリットのバランスの問題なので明確に断言するのは難しいが,それも違うと思っている.というのは,トップ誌に載せると卒業後のキャリアが大きく異なるからだ.なので
「無理はするべきではないが,チャンスがあるならトップ誌からの出版を目指した方が良い」
だと思う.
まず,トップ誌に載せるとそれだけで目立つ.研究者がアカデミアで就職するためには『名前を売る』必要がある.基本的に全く名前を聞いたことがない人は採用しにくい.研究者の世界は狭く,優秀な人については,大抵噂を通じてどこからか名前が耳に入ってくる.となると,人事採用の研究者は『名前を聞いたことがないという事は,恐らくそんなに優秀ではないな...』と判断する可能性がある.トップ誌に出せばそれだけで知名度が上がるので,D卒後の就職に大きく寄与する.
また,出版後の引用数の伸びが大きく異なる.トップ誌の方が宣伝効果が高いので,ほとんど自明に引用数が伸びやすい.引用数は本質的にはどうでも良いものだが,人事担当者はとても見ている.また,どの研究者も専門外の研究を評価する時は,引用数の様な「客観評価」をどうしても参考にしてしまう.つまりトップ誌からの出版にはそれなりの学生キャリア上のメリットがある.
この事情は,分野の就職事情が悪い時より大きくなる.つまり,研究者を目指す学生数と,大学から提供されるポストの数が釣り合って居ればトップ誌から出版することに拘る必要はないかもしれない.しかし,もしポストの数が足りない分野(例えば理論物理系)では,多少は目立たないとポストを得ることが出来ない.つまり『全くリスクを取らずにトップ誌には出さない』という保守的選択肢は,逆にリスクが高い可能性すらある.
結論:両者のバランスは指導教員に任せるしか恐らくない
トップ誌に拘ることに対して,メリット/デメリットがあることを述べた.ここのバランスを判断するのは自明ではなく,難しい.両者の舵取りは指導教員に意見を聞くしか,たぶん学生目線では対処方法がないと思う.金澤も舵取り,頑張ります...