何もしていない伝説の英雄
何もしていない伝説の英雄
男は1人で旅をしていた。
それなりの剣や装備を身につけ、見た目は勇者に見えた。
魔物が巣食う森に赴きギルドの依頼をこなしては、日々を暮らしていた。
ある日 逃げる魔物を追いかけて 森の奥まで行ったとき、その場の空気というか雰囲気というか、そういったものが明らかに変わったことを肌にビリビリと感じることができた。
ふと、魔物が逃げて行った先 窪地の底を見るとそこに禍々しい城があることに気づいた。
「あれが村の人たちが言っていた『魔王城』に違いない」
彼は勇者としての使命と、怖いもの見たさの好奇心で城に近づこうとしたが、圧倒的な負のオーラで近づくことが出来なかった。
「さすがに1人では何もできない。今日のところは引き上げてギルドに報告だけしよう」
そう思い 踵を返し帰路への一歩を踏み出したその瞬間、あたりの空気がガラッと変わった。
今まで張りつめていた負のオーラが消え、魔物の気配も感じなくなった。
それと同時に こちらに向かってくるような地響きを感じた。
「なにがあった?」「まさか気づかれたか?」
彼はこの異変に恐怖を感じて、村へと急ぐあまり足を滑らせた。
同じころ、魔王城では玉座で苦悶の表情を浮かべ、両手を大きく天にかざす魔王がいた。
約200年に一度おこなわれるという魔族たちの儀式の真っ最中だったのだ。
周りには手下の魔物が数多く集まり、各々の方法で自らの身を魔王に捧げていた。
魔物たちの亡骸から発せられる魂のような黒い粒子は、天に掲げられた魔王の両手に吸い込まれるように消えていった。
黒い粒子を吸い込むごとに魔王の表情は一層険しくなり、身体から発せられる負のオーラも強大となり、魔王城すら崩れそうな波動を発していた。
その場の魔物たちを吸いつくした途端、魔王の身体は真っ黒な霧になり、まるで爆縮するように 霧の一粒一粒が中心の一点に集束していった。
集束した先には、この世のものとは思えない漆黒のオーブが禍々しさを放ち浮かんでいた。
それも束の間、糸が切れたようにオーブが玉座に落ちると同時に魔王城は一気に崩れ落ちた。
男は1人 崖の下で目を覚ました。
足を滑らせ崖から落ちた際、身につけていた剣や装備もボロボロになり、見た目には瀕死の大怪我に見えた。
魔物を追って普段立ち入らないような森の奥に来たにもかかわらず、不思議なことに魔物に襲われることはなかった。
それどころか魔物の姿を見ることも、気配すら感じなかった。
足を痛めていたこともあり、森を抜けるまで いつも以上に時間がかかっていた。
やっとの思いで森の出口にたどり着いた その安心感と疲労感と空腹感から再び気を失ってしまった。
同じころ、村の教会ではうんざりした表情で女神様の聖典に手をかざす神父がいた。
森から魔物が消えたから調べて欲しいとの村人たちからの頼みで、魔物の気配を探っている真っ最中だったのだ。
「間違いありません。朝から何度も女神様の魔法で調べましたが、魔王の兆候を示すものはありません」
「きっと偉大な勇者様が魔王を討伐してくださったのでしょう」
神父の周りには村人たちが数多く集まり、各々の言葉で女神様とまだ見ぬ勇者に感謝を捧げていた。
「勇者様を呼んでくださった女神様に感謝を申し上げます」
「勇者様がお戻りになる前に宴の準備をすすめるのじゃ!」
翌日、村の教会では真剣な表情で女神様の聖典に手をかざす神父がいた。
森の入口で倒れていた勇者らしき人が運び込まれ、回復魔法をかけている真っ最中だったのだ。
「大丈夫です。女神様の魔法で一命を取り留めました」
「でも、明日までは安静にしたほうがいいでしょう」
教会には村人たちが数多く集まってはいるが、勇者様が休めるように静かに感謝を捧げていた。
「勇者様を助けてくださった女神様に感謝を申し上げます」
「勇者様がお目覚めになる前に宴の準備をすすめるのじゃ!」
男は1人 教会のベッドで目を覚ました。