成功循環モデルのイデオロギー性
「成功循環モデル」とは:
米国マサチューセッツ工科大学 Center for Organizational Learning(現 SoL: Society for Organizational Learning)の設立者の1人ダニエル・キム(Daniel Kim)による理論「成功の補強エンジン(Reinforcing Engine of Success)」の強化ループ図の別称(あるいは邦訳)。
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関係の質(Quality of Relationships)が高まれば思考の質(Quality of Thinking)が高まり、
思考の質(Quality of Thinking)が高まれば行動の質(Quality of Actions)が高まり、
行動の質(Quality of Actions)が高まれば結果の質(Quality of Results)が高まり、
結果の質(Quality of Results)が高まれば関係の質(Quality of Relationships)が高まる
と説明されます。
これは、組織において、対処したはずのことが何度も再発したり別の領域で表面化したりするようなシステムに起因する問題に対処する際、還元主義的なアプローチから要素間の関係へのアプローチに変える必要があることを説明するためのものでした。
1990年にピーターセンゲ(Peter M. Senge)が『The Fifth Discipline』で提起した「学習する組織(Learning Organization)」やシステム思考(System Thinking)の領域で多く引き合いに出されます。
源流はMITでジェイ・フォレスター(Jay Forrester)が創始したシステム・ダイナミクス。
社会システムのダイナミクスをコンピュータでシミュレーションするもの。
このシミュレーションから、繰り返し現れる典型的なパターンを、専門家でなくとも直感的に理解できるように質的に単純化して図式化したものが、システム原型(Systems Archetype)。
なお、他のシステム原型である「成功を呼ぶ成功」あるいは「成功には成功を」(Success to the Successful)も文脈によって「成功循環」と呼ばれることがあるがここでは無関係。
この原型の内容は、「二つの主体がリソースを奪い合うときに、成功者の側がさらにリソースを得て成功し続ける」というもの。
このterang.iconの説明の初出は、場の描画技法: 〈ファシグラ〉 | ワークショップ設計所
つまり構造主義的なシステム観を啓蒙するための解釈ツールあるいは対話ツールがこれらの図。
あくまでアナロジーであって、実証的な正しさを持っている図ではない点に注意が必要。
モデルであるから具体性をもたない。
上記成り立ちの経緯を踏まえると当然のことだけども。
例えば
Results 結果とは、何を具体的に何をどのような指標で測定したものか?
Action 行動と、結果 Resultsの因果は、他の要因を排除した上でどのように証明されうるのか?
Relationshipとは何か? その質とは何か?
まさかbehaviorismではあるまい。
これら問いに答えるためには、このモデル外にある具体的なデータや文脈を必要とする。
モデル自体にはこの検証に必要な情報を内包していない。
だからこのモデルが実際の現場(組織)において、「正しい」と言えない。
もちろん「正しくない」とも言えない。
反証可能性がないということ。
ある面ではその抽象性と柔軟性ゆえにさまざまな場面に適用できる(また、実際にされがちな)このモデルは、裏を返せば、どのような事象にもほぼ後付けでこのモデルを説明できてしまうということ。
使うならば、特定の文脈において、新たな問いや仮説を生み出すといったような有用性があるかどうかといったようなプラグマティックな使用にとどめねばならないということ。
現代における成功循環モデル
ポスト構造主義という言葉があるくらいには、構造主義も批判されている。
「すべてはシステムの問題である」という構造主義的なイデオロギーの正しさを証明するための、視覚的証拠としてこの図は極めて強力。
とてもシンプルな図なので。
この図はセンゲらのシステム思考実践者の共通言語として機能する一方で、この世界観を確認し合い、同じ世界観を共有していることを通じて連帯感を強める(これも強化ループだろう)。この構図は、イデオロギーが内部の結束を固めるために用いる記号や専門用語と同じ構図。
terang.iconも組織開発を(このCosense.iconのタイトルの通り)仕事としているので、「共通言語」ではあるが、このように相対化してお客様には提示せねばならない図だと考えている。
この図が提示されると、その場の枠組みが「システム構造」という土俵に限定される。
ここへの原理的な懐疑に対しては、「システムというものを理解していない浅薄な意見」として暗に排除されやすくなる傾向をもつ。