薔薇寓話17
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‥‥「みぞの鏡」はいつでも、図書館の奥の、とうの昔に物置きと化した古い教室に置かれていた。その小部屋は黴くさく、回想のなかで、つねに悪夢のごとき夜の記憶とまざりあった。その漆黒のうつろが千の目であるような、そのしじまが万の舌であるようなーー少年の日、鏡は、彼がのぞみたいとのぞむのぞみをけして映しはしなかった。‥‥
十二夜の、風の音ばかりが吹きすぎる深更に、彼は苛立ちとともにそのことを思い出す。夜の巡回の時、図書館からの帰り道、鏡はまったく不意打ちに彼の視野にあらわれ、覗いてみろと挑発した。鏡はつねに同じのぞみを示しつづける。ラジオがチャウシェスクの処刑を報じた翌ひる以来、ずっと同じ一つのことを‥‥
鏡にはつねに彼の姿が映る。黒づくめの服を着て、垂れかかる黒髪にふちどられた苛立たしげな顔。そのただなかにうがたれた目が、鋭いまなざしでおのれを見つめかえす。
「ばかばかしい。何がのぞみだ」
鏡のなかからおのれが問う。彼は無言で、そのまなざしを過去へとたどり返す。あの十二月のうす明るい小部屋まで。ながく磨かれていないために摺りガラスのように曇った窓から、午後の光がぼんやりとさしこみ、窓ぎわの机に積まれた古ぼけた石板やゆがんだ天球儀、ほこりまみれの水晶球を照らした。白ちゃけた三角フラスコの底には、何かの塩がこびりついたままだった。そこで彼はおのれのまなざしとであい、当惑のなかで、ホグワーツに戻った夜、ダンブルドアの言った言葉を思い出していた。ーーそなたは、愛することを学ばなければならない。目覚めた彼に、老人はそのように言ったのだった。
「ばかばかしい」
十二月の午後の小部屋で、回想からさめた今この時に、彼はふたたび呟く。愛する。何を? 彼はフラスコの底のひからびた塩を愛するだろう。反応する液体を、仮説どおりに効果を発する新しい薬を愛するだろう。だが、うすのろ揃いの生徒たち、できそこないのこの世界、失ったちからの代わりを求めてあがき続ける自分自身を、どうやって愛せというのか?
十二月の午後の小部屋で、回想からさめた今この時に、彼はおのれをのぞきこむことをやめ、現実の問題に立ちかえる。‥‥
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◆"Allegory of Rose" is a fan-fiction of J.K.Rowling's "Harry Potter"series.
◆"Allegory of Rose" was written by Yu Isahaya & Yayoi Makino, illustrated by Inemuri no Yang, with advice of Yoichi Isonokami.
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