設計者が想定しない形でツールを使おう
機能をつくる機能
Glisp のもう一つ大切な設計思想が、機能そのものではなく機能をつくるための機能を提供するという原則です。ベクターグラフィックひとつとっても、どのアプリも具体的なジャンルや使途を想定して設計されがちです。Adobe 製品を例に挙げると、
InDesign: 製本
Illustrator: ポスターや図、イラスト
XD: UI/UX デザイン
といったように。こうした特殊化は、想定された使い方の範疇では最大の効率を発揮しますが、ひとたび妙な表現を試そうとしたとき、やけに面倒くさい操作が必要になることがあります。その上、用途に合わせて使い分けする手間もかかります。
一方、Glisp のアプローチは、とにかく「誰にどういう使い方をされるかを想定しない(不可知論的UX)」ということに尽きます。アーティストが描きたいのは抽象画かもしれないし、スマホアプリのモックアップ、はたまた間取り図かもしれない。Glisp はそれぞれの使途に合わせて具体的な機能を提供する代わりに、アーティスト自身がその目的に見合った機能を実装するための抽象化された機能を提供します。その一例が、丸や四角、多角形といったプリミティブを自由に定義できる機能です。下の例ではニコちゃんマークを定義しています。
Hopper
多くのツールを行き来し、ツールが想定している主流の使い方ではない使い方を見出すことに魅力を感じるタイプ。DiverやClimberが使うツールの限界を根本的には超えているわけではないが、DiverやClimberが認識していない可能性空間を発見することを好む傾向がある。また、DiverやClimberが選定しないマイナーなツールを選定することで擬似的にBuilderが求めるものと似た効果を得ようとする。また、習得に投入できるリソースは有限なので、必然的にそれぞれのツールの習得度はClimberに劣ります。
BuilderとHopperはどちらもClimberに対置される存在ですが、Hopperは少しアプローチがBuilderと異なります。Hopperの人々はBuilderの人々と同様にDiverやClimberの未踏空間への興味関心が強く、寡占ツールが制作者たちの可能性空間を制約していることに疑問を抱いていますが、道具そのものを作り出すのではなく、道具(インターフェイス)群を飛び回ることで未踏空間へアクセスしようとします。ある道具ではアクセスしづらいことが別の限定された用途の道具ではアクセスしやすいということはよくあることですが、複数の道具の組み合わせによってアクセス速度を上げたり、時には可能性範囲やアクセス速度がいびつな道具を使うことによって寡占ツールでは通過してしまうところで分岐してみせたりすることに喜びを感じています。
しかし、こうした未踏空間への偏愛はClimberが陥りがちなバッドノウハウを奥深さと勘違いしてしまうことの裏返しでもあり、未踏であったりアクセスしづらいということはその場所が良い場所であったりすることを保障するものではないということに注意が必要です。制作物の良さや面白さがこれらに立脚していることは研究という観点やコミュニティ全体の発展という意味では十分に意義深いものですが、それこそが制作の本懐であるという視点は上級DiverやClimberの到達を軽視することに繋がるでしょう。
私自身は、Hopper寄りのスタンスを持っていると感じています。しかし、可能であれば、使い分けや重ね合わせた状態で複数のタイプを掛け持ちたいと望んでいます。なぜなら、どのスタンスも一長一短であり、それらを行き来することがツールからの暫定的な自由と主導権を確保する方法だと考えているからです。