曲水の宴
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賢宗紀の「曲水の宴」で「天子」は「倭王武」、開催場所は朝妻町曲水の宴遺跡ではないか 倭王武(倭が武、倭武天皇)の御代に久留米市朝妻の宮殿で曲水の宴が開かれ、 ムリテ (江田船山古墳の主の一人)は侍臣の一人として参加したかも知れない
久留米市 朝妻町(旧御井町字朝妻)の「曲水の宴」跡で、「庭園遺水」は味水御井神社境内から湧出する「朝妻の清水」から導かれて 日本最古の曲水の宴跡は福岡県久留米市朝妻
物部世真古.icon 久留米人の歌手の排出率、才能の豊富さには、水沼の皇都、日本最古の曲水の宴跡と何らかの関係があるのでは?という妄想が膨らむ。古代から、そのような土地柄なのだろう。現代においても多くの歌人を輩出する久留米、素晴らしい👏 ※自分が聞いたり調べた話によると、九大名誉教授の西谷正氏が、この久留米の日本最古の曲水の宴跡を駐車場にして埋めたらしい