【露滴集】
第5歌集 116首
露滴集の特徴
#目次
1.仏法・教義
(Buddhism / Doctrine)
あわれとは思いの届かぬことならで 思いに気づかぬ我が身なりけり
天人も亡者も聴けよ我が声は 螺貝の如く真言唱う
阿鼻黒縄 等活衆合 大叫喚 暑さ激しき 炎熱地獄
花しぼみ草はしおれて枯れぬれど 法の花こそ永遠に散らざれ
み仏のまなこに映らぬ人はなし 五逆の身こそ救わんそのみ手
有難き命なりけりこの心(むね)の 鼓ぞ響く宇宙(そら)の果てまで
打てば鳴る打たねば鳴らぬ鼓かな 慈悲の種だに植うれば芽吹く
疾く打てば鋭く高く響きけり やさしく打てば軽やかに鳴る
暗闇を金に切り裂く稲妻の 刹那の後に響く法声
雷鳴は怒りか獅子吼かその声は 如来の大慈悲子守唄なり
千万の声が重なる秋の野は 法界宮殿菩薩の楽団
先聲万音重秋野 五峯八柱宝楼閣 菩薩天人奏妙楽 山川草木有仏聲
2.修行・実践
(Practice / Discipline)
立ち止まり顧すれば道はなし 怖じず進まん他に術なし
足元に道はあれども見えぬゆえ 怖じ怖じ進む新発意(しんぽっち)かな
怖じ恐る者を笑うなその道は 我も昔にたどりし道ぞ
貪瞋の重荷を背負うて日暮れぬ 下ろして歩め遠き道のり
生き死にを超えて進まん悟りへの 道ぞ険しき優曇華の花
風吹きて塵舞うならば目を閉じよ 収まりてこそ前見て進め
我他彼此と思う心の新発意(しんぽっち) 思わぬ先の思い思わじ
得難きは地位か名誉か大金か 君が心かわが真心か
3.信仰・信心
(Faith / Devotion)
唱うれば 音に菩薩の在しまして 三寸先を舞い踊るなり
雨音はかそけき真言途切れなく 続きて潔む我が罪科を
安からぬ心地も仏の賜物ぞ 震う足元み手が支うる
闇ゆえに惑うものこそあわれなれ 弥陀の一念 悪人往生
かけまくもかしこき御名(みな)と思えども 自然(じねん)に口づくご真言かな
沈黙の祈りは強し我が胸に せかる思いの溢れ滾(たぎ)てり
冷めねども醒めよと思う熱きこと 薬罐の如き我が心かな
彼も見し同じ月影さやかなり 願いも同じ下化衆生かな
二千年残るみ言葉唱えつつ 未来へ渡さんそのみ心を
み仏を慕いて歯痒し我がこころ まなこ涼しくみそなわすとも
何故に頬を伝うる涙かな かよわきものをただ慈しむ
4.無常・生死
(Impermanence / Life & Death)
老いて死に病んで死ぬかの違いかな 閉じ込められたる輪廻の生死
生まるなら天か人かに生まれたし 思えど知れぬ地獄か餓鬼か
今ここが地獄の手前一丁目 輪廻のただなか 何処へも行く
君とみる花の面影月の影 去年と同じと思わぬものを
青空に雲のひとひら流るれば 老いの来るらし我が身なるかな
長かれと思ういのちの短さよ 君に知られぬ心秘めつつ
黄泉路にて君を待つらん長鶏(ながどり)の ながきいのちの尽きぬる日まで
知らいでか 老いも若きも さても死ぬ 迷いても死ぬ 悟りても死ぬ
束の間の夢か現か世の中は うたた寝の間に月傾きぬ
昨日は去り明日は来ませぬ今日この日 憂しと嬉しと四六時なりけり
是非もなく生まれ落ちては病み老いて 明日は我が身と思わざりけり
山の端に霧たちのぼる夕暮れに あわれ我が身の老いを知るかな
長からぬ夢の合間に笑い泣き 怒り迷いぬ夜半の月かな
己が身を厭うてみても詮ぞなき 今日をば生きんこのひと時を
5.自然・風景
(Nature / Scenery)
雨上がり雲の端より日の射して み光嬉しや如来の微笑み
月見れば涼しかりけり我がこころ 光も影も冴え渡りたり
風過ぎて匂い残れる梅の花 雲の流れて影移るらん
年経りて移る水面の面影は 月か桜か己が心か
花に風 月に叢雲 山霞 さてもあだなる世界なりけり
青空に雲のひとひら浮かびつつ 流るるままに経る我が身かな
綾を成す儚き雲の貴(あて)なるは 風に靡ける天衣なりけり
夏の日は烈しかりけり蝉時雨 暮れなば寂し虫の声聞く
日に向かい怖じず恐れず咲く花の 人もかくあれ夏の日にこそ
夏の日はまだ暑けれど暮れ行けば 影の長さに 秋ぞ忍びぬ
ひぐらしの遠くに響き影長く 秋ぞささやく夏の夕暮れ
かぜそよぐ秋の苫屋の篠小竹 舞うは天女か 秋津なりけり
風立ちて箕のごと飛ばん我が影の 細さに驚く秋の夕暮れ
宵待ちて昇らぬ月に思い馳せ 雲と語らう一杯の酒
夜ぞ澄みて宇宙(そら)より降る楽(がく)舞い降りし 天の楽人奏づる妙音
幾千年響く法音虫の声(ね)か 李白も式部も我も聴くなり
虫の音は地より湧くのか天降(あまも)るか 我が心より沁み出すかな
色づいた棚田青垣たたなづき 山ぞ恋しく麗しきかな
さらぬだに 暮れなずむ日の 影寂し ひぐらし鳴けば 秋ぞささやく
6.情愛・人間関係
(Love & Relationships)
かそけくも耳に焼き尽く君が声は 菩薩のみ声 真言ゆえに
結ぶ縁 切れる縁も あらばこそ かしづきまもらん かそけき祈り
触れ合うた誰が袖の香のうつりてか 我が身の薫る七夕の夜
七夕の涙の雨の降ればとて 片恋の我れ ともしかりけり
面影を浴衣の群れに追いかけて 見出せぬなり 今は亡き人
かわほりの骸見つけし朝かな 去りゆく君は、かえりみもせず
秘めやかな言の葉交わす乙女子の 淡き枕の夢ぞ知るらん
密かごとささやく君の白き歯に 噛まれてみたい我が小指かな
囁かる耳元熱し蝉の声の 耳にこだます夏の日のごと
待宵の月見る我を待つ君は くつろかならで月見ざるかな
君ゆえに憂う我が身の嬉しさよ 痛みも甘し恋の道かな
涼風がふと頬撫ずる夕暮れは 君の唇思い出さする
紅に染まる思いは君がため 夜の帳に胸騒ぎけり
我が胸の甘き疼きは何故に 慕い慕いて恋死なんかも
君が枝に纏い纏わる真葛 絶えじと願いぬ わが命かな
ひそやかな憂いをひめたこころゆえ 何をか語るあのひとの眉
涙にはあらで天(そら)から降る雨と 強がり言わせて もう会わぬ人
愛なんて知っていたけど知らなくて わかっていたけどわからなかったの
我が心(むね)を大根(おほね)のごとく磨りおろす 届かぬ想い過去の幻影(まぼろし)
7.覚悟・布施・捨身
(Resolve / Giving / Selflessness)
幾たびも生まれ変わらんこの穢土に 衆生の尽きる そのあしたまで
生まれきて死にゆく命のためならば 明日と言わず今手を伸ばさん
祈りとは我が身を炙ることなりけり 痛みを堪え 灰になるまで
恋死なば後の煙にそれと知れ 風に乱れて逢わんとぞ思う
恋死ねど君は知らずや鳥野辺に 煙ぞ立ちて空へ消ゆとも
武士(もののふ)の恋は死狂い恋死なば 後の煙にそれと見よかし
忠義とは死に花咲かせん葉隠に 躯笑むなり拾うものなし
散り急ぐ花ぞ見悪(みにく)し八峯(やつお)なる 椿の如く気高くぞ落つ
君ゆえに惜しからざりし命かな 八峯の椿咲かで落つとも
茜空 死狂いすなる わが血潮 熱き義の心(むね)剖(ひら)き見せなん
君がため惜しからざりし身も名をも 捨てて野に朽つ勿忘の草
君がため我れと我が身を朱に染む 禊厭うな 八幡の神
さらぬだに 成らで過ぎゆく浮世かな 為してみせばや この身のままに
己が身を削りて生くるは名のためか 君がためゆえ名をこそ捨てん
8.比喩・諷刺・諧謔・引用
(Metaphor / Satire / Playfulness/ Allusion)
聖とは己が非を知り悪為さず 善を行う菩薩なりけり(諸悪莫作衆善奉行より)
血潮燃茜空 剖心如比干 七竅通天地 不知百尋心
さりとても 面白からぬ浮世とて 為さば成るべく 我が身ありけり(孟子_梁恵王上)
西の方十万億土は果てもなき 遠きにありかまつ毛にありか(空海_秘鍵より)
蚊のまつ毛の先に止まれる焦螟の その毛の先に浄土ありけり(列子_湯問)
君の手に触るる春宵この一刻 値千金 上弦の月(蘇軾 春夜より)
9.日常・生活
(Everyday Life)
言の葉を文字に留めて伝えなん 千年三千年いついつまでも
言の葉は未来へ向けたメッセージ いつか誰かに何かを届けん
望月に僅かに満たぬ待宵の 月ゆえまさるあわれなりけり
やるときは電光石火やられしと 気づかれぬうち勝利するなり
真砂なす金の浄土は安気なし 苫屋の一粥これぞ極楽
吾妹子が歯を立て囓るやもぎたての 赤茄子(トマト)に成りたい初夏の食卓
10.精神・悟り・心象
(Mind / Enlightenment / Imagery)
み仏に片恋しけりやみ仏の 片恋しける我が身なりけり
言の葉に届かぬ願いを託しませ 三世に響く獅子吼にぞなる
研ぎ澄ます己が心で眺むれば 光も闇も澄み渡りたりけり
まなこには見えざる花もあるものか 心でみよかし法のまにまに
目に見えぬ花こそ愛でよ聞こえざる 音をこそ聴けただこの瞬間(とき)に
己とは 五体にあらで 五感統べ 善し悪しを聞く こころなりけり
思わざる悟りに悟るのあるものか 思う悟りも悟りにあらず
ありがたや胸の鼓動は説法なり さては我が身も仏なるかな