山月記
#近現代 #小説 #日本 #中島敦
【原文】
偶因狂疾成殊類
災患相仍不可逃
今日爪牙誰敢敵
当時声跡共相高
我為異物蓬茅下
君已乗軺気勢豪
此夕溪山対明月
不成長嘯但成噑
【訓読1】
偶(たまたま)狂疾(きょうしつ)に因
(よ)って殊類(しゅるい)と成(な)る
災患(さいかん)相(あい)仍(よ)って逃(のが)るべからず
今日(こんにち)の爪牙(そうが)誰(だれ)か敢(あ)えて敵せん
当時(そのかみの)声跡(せいせき)共(とも)に相(あい)高(たか)し
我(われ)異物(いぶつ)と為(な)る蓬茅(ほうぼう)の下(もと)
君(きみ)已(すで)に軺(よう)に乗りて気勢(きせい)豪(ごう)なり
此の夕べ溪山(けいざん)明月(めいげつ)に対(たい)す
長嘯を成さず、但(た)だ噑(こう)を成す
【訓読2】
偶(たまたま)狂疾(きょうしつ)に因(よ)りて殊類(しゅるい)と成り
災患(さいかん)相(あい)仍(よ)りて逃(のが)るべからず
今日(こんじつ)爪牙(そうが)誰(たれ)か敢(あ)へて敵(てき)せん
当時声跡共に相高し
我は異物と為る蓬茅(ほうぼう)の下(もと)
君は已に軺(よう)に乗りて気勢 豪なり
此の夕べ溪山明月に対(むか)ひ
長嘯を成さずして但だ噑(ほ)ゆるを成す
【現代語訳】
ふと心を病んでしまったことから、(人間とは)異なる種類の生き物になってしまい
災いが次々と起こり逃れることができませんでした。
(虎となった)今日では、誰が(このするどい)爪や牙に敵として向かってくるでしょうか、いや誰も向かってきません。
昔は君も私も(秀才として)評判が高いものでした。
(しかし今では)私は人間と異なる種類の生き物になって草むらの中におり、
君は車に乗るような身分に出世して勢いが盛んです。
この夕暮れのもと山や谷を照らす月に向かって
(私は)詩を吟じることなく、ただ吠えるばかりです。
【語句】
狂疾:心の病
災患:災い
軺 :当時の馬車を指す言葉
長嘯:詩を吟じること
【形式】
七言律詩。
「逃」「高」「豪」「嘷」が押韻