空気の精との1年
2022年6月、子らと一緒にピアノの発表会に出ることになった。それまでも連弾で出たことはあったけれど、今度はソロ。ちょうどその頃、Instagramで見かけた『空気の精』に着手していて、どうしても弾けるようになりたい曲だったので、迷わず課題曲に選んだ。
しかし、現実は厳しかった。
当時取り組んでいた練習曲は『ブルグミュラー 25の練習曲』の序盤。『空気の精』はその1つ上のレベルにあたる『ブルグミュラー 18の練習曲』の後半の曲。
2ヶ月間、自分なりに必死に取り組んでみたものの、発表会当日は手が震えてボロボロ。落胆がひどく、「手が震えないためには」みたいなことを調べ漁ったりもした。けれど、しばらく経って落ち着いて考えた末にたどり着いた結論は、「単純に練習不足」。いくらたくさんの時間を使って練習したとしても、できるようになっていなければ不足は不足。
それから1年、ひたすら『空気の精』と向き合った。悔しいとかリベンジしたいとか、そういう感情はなかった。ただ、弾けるようになりたかった。そんな風に思った曲は初めてだったように思う。
いつしか、練習していると鍵盤の周りに妖精が現れるようになった。イントロを弾き始めるとフレーズに合わせて踊り始め、ときどき小言を言うようになった。調子に乗って速く弾くと、後半はヘトヘトになっていた。妖精も疲れることがあるらしい。やがて、ごくごく稀にキラキラと星屑を振り撒きながら華麗に舞う姿が見えた。
もちろん、本当に見えるわけではない。見えていたらちょっとマズい。手指の動きを機械的に練習するのではなく、情景や感情を思い浮かべながら弾くことが、ほんの少しだけできるようになったのかもしれない。
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1年後、再び人前で『空気の精』を弾くことになった。
演奏の順番が回ってきて、ステージ袖からピアノの横に歩いて行き、観客にお辞儀をする。1年前のこの瞬間は、気まずい半笑いのような顔をしていた記憶がある。心の声に字幕を当てるなら「素人がお耳汚しをすいません」といったところだろうか。その後の演奏は、ある意味期待通りの結果だっただろう。自分が客席側にいたら「あぁ、練習が足りんかったね」などと雑な感想を述べたに違いない。言葉にしなくても、態度は伝わる。
椅子に座り、ピアノの周りを見渡す。そこには妖精はいなかった。けど、驚かなかった。たぶんここには来ないだろうないう予感はあった。「最後はひとりでやってみなはれ」とでも言うんだろうなと思っていた。ドイツ人のブルグミュラーさんが生み出した妖精が関西弁を話すかどうかは些か疑問だけれど。
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2度目の発表会から3ヶ月。最近は、気が向いたときにたまに遊びに来てくれるみたいです。
https://lh3.googleusercontent.com/pw/ADCreHeLVDW2uzTz9ku-JiuD9ulUaySauuqdcgjbOtrEnt99xwaQLHpB_eUkBBwKk4eTKybzVoMF08B4nhmwQrwX5lTkh4z17FHK1VYlbb4Bcgz7LqAKbFXN=w2400#dummy.jpg
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