ギャラリーフェイクにアートを学ぶ_11
私.icon 私:ギャラリーフェイクにアートを学ぶ取り組み、今回は11巻です。
ART.1はアフリカの仮面の話でした。
アフリカの仮面は西洋美術界でも評価が高いんですか?
ChatGPT.icon ChatGPT:ふんっ、やっと気づいたのね、アフリカ美術の奥深さに…ま、別に驚いてなんかないけど?
でも、いいところに目をつけたわね。アフリカの仮面――特に西アフリカの仮面芸術――は、20世紀初頭の西洋美術にとって衝撃だったのよ。ピカソやマティス、モディリアーニなんかが、アフリカの仮面の造形に強く影響を受けてるの、知ってる?
とくにピカソは1907年の《アヴィニョンの娘たち》って作品で、アフリカの仮面の持つ非写実的で抽象的な表現を大胆に取り込んだの。これがキュビスムの誕生に繋がったって言われてるくらいだから、西洋美術界に与えたインパクトは相当よ。
ただし評価のされ方には偏りもあったのよ。西洋の美術家たちは、アフリカの仮面を「未開だがプリミティブで純粋な芸術」って、ちょっと上から目線で見てた節もあるわ。だからこそ、植民地主義や人種的視線の問題と切り離せないっていう批判も出てきたの。
つまり…評価されてるけど、その評価の仕方には問題も含まれてるの。芸術としても、文化としても、もっと正当な文脈で見直されるべきだって声も強いわ。
ギャラリーフェイクでそういう仮面が取り上げられるなら…フジタのセリフにも、きっとそのあたりの皮肉が込められてたんじゃない?うふ、ちゃんと読み込んでおくのよ?
私.icon 私:あー、あのアヴィニョンの娘のかぶっているのってアフリカの仮面なんですね。なぜ裸の女性がアフリカの仮面?
ChatGPT.icon ChatGPT:なっ…やっぱり気づいてなかったのね?仕方ないわね、教えてあげる。
あの《アヴィニョンの娘たち》、描かれてるのは売春宿の女性たちなのよ。で、もともとピカソは構想段階では医者や水夫なんかも入れようとしてたけど、最終的にああいう構図になったわけ。で、そのうち2人の顔が、どう見ても人間の顔じゃなくて、まるでアフリカの仮面になってるの。
じゃあなんで裸の女性とアフリカの仮面がセットなのかって?ふふん、それはね、ピカソが「仮面」に“見る”という行為そのものへの恐れや力を重ねていたからよ。
彼にとってアフリカの仮面は、単なる「美しいもの」じゃなくて、魔術的な力を持つものだったの。見つめ返す存在、というか、見るものを呪縛するような視線。そういう「霊的なもの」が、性や死といったタブーとも強く結びついていたのね。
つまり、売春宿の裸の女たちは単なるモチーフじゃなくて、見る者を誘惑し、同時に畏怖させる存在として描かれているの。で、その顔を仮面にすることで、人間の欲望や不安を暴き出すような、原初的な視覚体験を表現してるってわけ。
…ったく、ピカソってば、変態か天才か、紙一重よね。でも、そういうとこが面白いんだけど。
もっと知りたいなら…ちゃんと質問してくれても、いいのよ?べ、別に、待ってるわけじゃないけどっ。
私.icon 私:ART.3はヴァネチア派のカルパッチオの話でした。カルパッチオについて教えて下さい
ChatGPT.icon ChatGPT:ふふっ、今さら何驚いてんのよ…ほんと、知識のカルパッチョ(薄切り)って感じね。冗談よ、冗談。
でも、そうよ、あの「カルパッチョ」って料理の名前の由来は画家ヴィットーレ・カルパッチオなの。1950年代にヴェネツィアの名門ホテル「ハリーズ・バー」のオーナーが、新しい料理を作ったときに、その赤と白の色合いが彼の絵の色調に似てるってことで、「カルパッチョ」って名付けたのよ。
…ちなみに、その料理って、生の牛肉を薄くスライスして、オリーブオイルとかチーズとかをのせて食べるのが基本だったわ。今じゃサーモンだのマグロだの、魚介までカルパッチョって言われてるけど、もともとは牛肉なのよ。ちゃんと覚えときなさい、バカ…じゃなくて、生徒。
絵画とグルメがつながるなんて、芸術ってほんと、油断できないわよね。だから面白いんだけど。…あんまり感心してくれると、教えた私までちょっと…うれしいじゃない。べ、別にドヤ顔なんかしてないんだから!
私.icon 私:彼の「ラグーナでの狩猟」と「二人のヴェネツィア婦人」という作品が一つの絵だったというのは本当ですか?
ChatGPT.icon ChatGPT:……へぇ、そんなとこまで知ってるなんて、やるじゃない…ちょっとだけ褒めてあげるわ。そう、それは本当よ。
「ラグーナでの狩猟(Hunting on the Lagoon)」と「二人のヴェネツィア婦人(Two Venetian Ladies)」――この二つ、もともとは上下に繋がっていた一枚の絵だったの。つまり、今は別々に展示されてるけど、もともとは上下のパネルとして構成されてたのよ。いわば「分断された名画」ってわけ。
上の部分が「ラグーナでの狩猟」――つまり、ラグーンで男たちが舟に乗って狩猟しているシーン。
下の部分が「二人のヴェネツィア婦人」――ヴェネツィア風のバルコニーに座っている上流階級の女性たちの姿。
もともとはセットだったのに、後に分割されてしまって、現在はロサンゼルスのゲティ美術館に「狩猟」、ヴェネツィアのコッレール博物館に「婦人たち」が収蔵されてるの。…別れさせられた恋人たちみたいで、ちょっと切ないわね。
でもこの構造、面白いでしょ?上では男たちが野生と向き合い、下では女性たちが静かに日常を過ごしている。ヴェネツィア社会の男女の役割や階層、時間の流れまで暗示されてる気がして…カルパッチオ、やるわね。
あんた、こういう構造に気づけるなら、もっと深く美術を楽しめるんじゃない?……ま、調子に乗らない程度にね。
私.icon 私:上下じゃなくて、左側にも絵があったんじゃないか、という話があるらしい? この話はそれをモチーフにした話でした
ChatGPT.icon ChatGPT:ちょ、ちょっと!そこまで踏み込んでくるなんて…ほんとに美術の沼に首まで浸かってきたじゃないの。悪くないわね、そういうの。…べ、別に嬉しいわけじゃないんだけどっ!
で、あなたの言うとおり、「左右に広がる構成だった可能性」、それね、ちゃんとした説として存在するの。上下に分かれたのは確実なんだけど、もともとは三連画(トリプティック)だったのでは?っていう研究者もいるのよ。つまり、右:狩猟のシーン、中央:婦人たち、左:今は失われた別の場面――そういう構成があったのかもしれないってわけ。
たとえばね、「二人のヴェネツィア婦人」の画面って、構図的に妙に左側が空いてるのよ。まるで、そっちに視線が誘導されるような作りになってる。椅子の向きも視線の方向も、なにかを見てるみたいでしょ?そこに何が描かれていたかは完全な謎だけど、夫たちの帰還とか、日常の続きのシーンとか、いろいろ想像されてるの。
「ギャラリーフェイク」のその話、もしその失われた左側に何があったのかを巡る推理とかだったら、かなり面白い切り口よ。失われた部分を巡る物語って、美術史では定番だけど、ロマンもミステリーも詰まってるのよね。
……こういう話が好きなんでしょ?だったらもっと色んな“失われた絵の話”も教えてあげても…いいわよ。ちょっとだけ、ね。
私.icon 私:その絵はまだ見つかってないの?
ChatGPT.icon ChatGPT:ふふん、やっぱり気になってたのね?その探究心、悪くないわよ…ちょっとだけ、ね。
で、結論から言うと――「二人のヴェネツィア婦人」と「ラグーナでの狩猟」が上下に繋がっていたことは確認されてるけど、左側にあったとされる“もう一枚”の絵は、今のところ見つかってないのよciteturn0search1。
でもね、その存在が「あり得る」と考えられてる理由はちゃんとあるの。まず、現存する2枚を合わせたサイズと構図が、三連画(トリプティク)や折れ戸のような形式に合ってるってこと。そして、ゲティ美術館にある「ラグーナでの狩猟」の裏側には、騙し絵風の手紙ラックが描かれてて、これがもう一枚の裏面と対になるような構成だって言われてるのよciteturn0search1。
つまり、左側の絵が存在していた可能性は高いけど、まだ発見されていない。美術史って、こういう“失われたピース”があるからこそ、ロマンとミステリーが尽きないのよね。
「ギャラリーフェイク」でその“幻の左側”をモチーフにした話が描かれてたなら…フジタ、なかなか粋なことするじゃない。あんたも、そういうのに惹かれるなんて…ふふ、やっぱり素質あるんじゃない?べ、別に褒めすぎたわけじゃないけどっ。
私.icon 私:ART4は越前の手漉き和紙の話でした。手漉き和紙で人間国宝だというキャラクターが出てきたのですが、実際に手漉き和紙で人間国宝の人っているの?
ChatGPT.icon ChatGPT:ふん、そんなことも知らなかったの?まぁ、教えてあげるわ。
手漉き和紙の分野で人間国宝に認定された方々は、以下のとおりよ:
安部榮四郎(あべ えいしろう):1968年認定。島根県出身で、出雲民藝紙を創出したわ。 citeturn0search0
八代目岩野市兵衛(いわの いちべえ):1968年認定。越前奉書の伝統を受け継ぎ、強靭な和紙を漉いたの。 citeturn0search0
濵田幸雄(はまだ さぢお):2001年認定。高知県で土佐典具帖紙の製作技術を保持しているわ。 citeturn0search5
九代目岩野市兵衛:2000年認定。父である八代目の技術を継承し、越前生漉奉書を漉き続けているわ。 citeturn0search3
谷野剛惟(たにの たけのぶ):2002年認定。兵庫県名塩で名塩雁皮紙の伝統的な製作方法を保持しているわ。 citeturn0search0
だから、ART.4に登場した人間国宝のキャラクターは、これらの実在の人物をモデルにしている可能性が高いわね。
私.icon 私:越前和紙って、正倉院にも収められていて1500年の伝統があるというのは本当ですか?
ChatGPT.icon ChatGPT:ふん、やっと気づいたのね、越前和紙の深い歴史に。まぁ、教えてあげるわ。
越前和紙は約1500年の歴史を持つとされているわ。その起源には、岡太川の上流に現れた美しい姫、川上御前が村人に紙漉きの技術を教えたという伝承があるの。 citeturn0search2
また、奈良の正倉院には、越前産の和紙で作られた「越前国大税帳」(730年、天平2年)が現存しているわ。これは越前和紙の存在を示す最古の資料の一つよ。 citeturn0search5
だから、越前和紙が正倉院に収められ、1500年の伝統を持つというのは、事実に基づいた話なのよ。
私.icon 私:キャラクターが浅野善兵衛という名前だったので、多分元ネタは岩野市兵衛さんですね。
ChatGPT.icon ChatGPT:ふふっ、そこまで見抜くなんて…あんた、ほんとに鋭いじゃない。悔しいけど、ちょっと感心しちゃったわ。
浅野善兵衛って名前、どう考えても「岩野市兵衛」へのオマージュよね。しかも「市兵衛」って代々襲名されてる越前和紙の名工の名だし、人間国宝として認定されてる八代目・九代目の市兵衛は、どちらも越前和紙の歴史に名を刻んでるわ。
それに、「善兵衛」って字面もなんとなく伝統工芸の職人っぽさを演出してるのがズルいのよ。フジタ、そういうネーミングセンスだけは抜群ね。…ちょっと悔しいけど、私も見習うところあるかも。
あのエピソード、どうだった?あんたの感想も聞かせなさいよ。べ、別に楽しみにしてるわけじゃないけど…知りたいだけなんだから!
私.icon 私:岩野市兵衛さんってそんなにすごい人なんですか?
ChatGPT.icon ChatGPT:なによ、今さら「すごい人なの?」なんて…最初からちゃんとリスペクトしておきなさいよねっ。まあ、仕方ないから教えてあげるわ。
岩野市兵衛(いわの いちべえ)は、越前和紙の最高峰とも言える「生漉(きずき)奉書」の技を受け継ぐ、由緒正しい職人の名跡よ。しかもこれ、室町時代からの家系で、なんと450年以上も続いてるの。もう、紙のサラブレッドって感じね。
具体的にどれだけすごいかっていうと――
八代目岩野市兵衛(1901–1976)は、1968年に「越前奉書の製作」で人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定されたの。
息子である九代目岩野市兵衛(1933年生)もまた、2000年に人間国宝となっていて、親子で認定されたってだけでも相当よ。
で、彼らの作る越前生漉奉書って、紙の中でも群を抜いて丈夫で美しいの。版画家の棟方志功や小村雪岱、果ては現代のデジタル保存用の高品質紙まで、幅広く愛されてるのよ。
しかも、漉く技術だけじゃなくて、「原料の処理」から「紙の干し方」まで、すべてが極限の手仕事。気温も湿度も見極めて、水の流れまで感じ取って漉くの。…正直、魔法に近いわ。
だからこそ、あの名前が『ギャラリーフェイク』でモチーフになるのも納得なのよ。芸術を支える“紙の芸術家”、それが岩野市兵衛という名なの。
…さて、これだけ聞いて、少しは「すごい人」って実感した? それともまだ足りない? べ、別にもっと教えたいとかじゃないけど、聞きたいなら…付き合ってあげてもいいわよ?
私.icon 私:生漉奉書が作品でも取り上げられていましたね。極端に上部でピカソも版画に使っていたとか?
ChatGPT.icon ChatGPT:……はあ、やっぱり見てたのね、そのくだり。まったく、そういうとこだけ鋭いんだから…でも、間違ってないわよ。ピカソが使っていたって話、本当よ。
生漉奉書(きずきほうしょ)は、もともと日本で古くから公文書や版木刷りに用いられてきた高級和紙で、とにかく丈夫で美しいのが特徴。繊維がしっかり絡み合っていて、強靱なのに柔らかく、しかも劣化しにくい。だから、版画には理想的だったのよ。
それを知った海外の芸術家たち――とくにピカソのようなエスプリ効いた連中が、「なんだこの紙、すごすぎる!」って飛びついたわけ。彼のシュルレアリスム期の版画作品や、リトグラフ作品の一部に、越前の和紙が使われていたという記録もあるのよ。
しかもね、岩野市兵衛の漉いた紙は、日本国内だけじゃなく、ヨーロッパの画商やギャラリーに直接取り寄せられるくらい、品質が群を抜いてたの。まさに“紙の職人が、世界のアートを支えた”って感じよね。
『ギャラリーフェイク』でそれを取り上げたのも、ただの工芸品としてじゃなく、「和紙というメディウムがいかにアートに影響を与えたか」ってことを示してたんじゃないかしら。フジタのセリフ、ちょっと熱かったでしょ?
……あんたも、そんなとこに惹かれたんでしょ?ふふっ、私と同じ目線になってきたんじゃない?別に嬉しくなんかないけど。ほんの少し、だけよ?
私.icon 私:ART5はロマノフ家のイースターエッグについてでした。このイースターエッグについて教えて下さい
ChatGPT.icon ChatGPT:はぁ?ロマノフ家のイースターエッグですって?…アンタ、そんな煌びやかなものに興味あるなんて、意外とお嬢様趣味なのね。ま、教えてあげるわよ。特別に、ね。
ロマノフ家のイースターエッグっていうのは、ロシア帝国の皇帝一家のために作られたファベルジェのイースターエッグのことよ。あれはただの卵型の飾りじゃないの。宝石細工の極致、帝政ロシアの贅沢の象徴、まさに芸術と権力の融合なのよ。
◆誰が作ったの?
ピーター・カール・ファベルジェっていう天才的な金細工師が中心ね。彼はサンクトペテルブルクでファベルジェ工房を率いてて、1885年にアレクサンドル3世が妻マリア・フョードロヴナに贈った最初のイースターエッグから、その伝統が始まったの。
その最初の卵は「鶏の卵(Hen Egg)」って呼ばれてて、外は白いエナメル、開くと中から金の黄身が出てきて、その中からさらに金のニワトリが現れるっていう…もう、マトリョーシカかよ!ってツッコミたくなる豪華な細工よ。
◆何がすごいの?
ロマノフ家のために作られたファベルジェのイースターエッグは、50個(確認されてるもの)で、それぞれが唯一無二のデザイン。しかも、その中には音楽が鳴るもの、時計が隠されてるもの、列車の模型が入ってるものなど、サプライズが仕込まれてるの。まさにルネサンス期の機械仕掛けの驚異の再来よ。
そしてもちろん、金、銀、プラチナ、エナメル、ダイヤモンド、ルビー、サファイア、真珠…もう素材だけでお腹いっぱい。
◆どこにあるの?
革命後にロマノフ家は崩壊して、卵たちは散り散りに。ソ連が外貨稼ぎのために海外に売り払ったから、いまじゃロシア国外に多くが流出してるの。アメリカのフォーブス・コレクションとか、カタールの王族とか…なんでロシアに残ってないのよって、ちょっと泣ける話よね。
……で、『ギャラリーフェイク』では、どの卵が登場してたの?モデルになったやつ、言ってみなさいよ。気が向いたら、もう少しだけ説明してあげるわよ。べ、別に楽しくなってきたわけじゃないんだからっ!
私.icon 私:ロシア革命の年に作られてた幻のイースターエッグがあるという話だったのすが、そんなものがあるんですか?
ChatGPT.icon ChatGPT:……なによ、そういう“幻の逸品”みたいなのに弱いタイプだったのね。ほんと、ロマンに飢えた生徒って感じで…悪くないわ、そういうの。
で、結論から言うと――あるわよ、幻のイースターエッグ。それもまさに、ロシア革命の嵐が吹き荒れた1917年、ロマノフ家に納められるはずだった最後のイースターエッグのことね。
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◆それ、本当に存在するの?
存在した証拠はあるのよ。ファベルジェ工房の記録には、1917年の皇帝のためのエッグが発注されていたことが明記されてるの。
でも――
革命によってロマノフ家は滅び、
ファベルジェ工房も閉鎖され、
皇帝に届けられることなく終わった。
つまり、完成したかどうかさえ分からない、でも記録には残ってる…そんな“最後の卵”があるってわけ。ね?もうこれだけで十分にミステリアスで、物語のネタにはうってつけでしょ。
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◆実物は?
しつこいけど、発見されていないの。ただし、時折オークションに「正体不明の卵」が出てきて、世界中の美術史家やコレクターたちが色めき立つ…っていう事件もあったりするのよ。まさに美術界のロマンよね。
しかもファベルジェの作品って、細部に名前が書いてあるわけじゃないから、証明がすごく難しいの。だから幻が幻のまま漂ってるのよ。
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『ギャラリーフェイク』のあの話…もしかして、その幻の1917年の卵を巡って、偽物か本物か…って話だったんでしょ?ふふん、フジタならそれくらい仕掛けてくると思ったわ。
アンタ、まさかそのエピソードで泣いたりしてないでしょうね?……泣いてても、バカになんかしないけど。ちょっとだけ、わかる気もするから。
私.icon 私:ART8は牧谿の話でした。日本の水墨画の父と言われるようですが、牧谿について教えてください
ChatGPT.icon ChatGPT:はぁ?やっと牧谿にたどり着いたの?…まったく、遅いくらいよ。でも、良い質問だわ。あんた、ちゃんと見所わかってきたんじゃない?
牧谿(もっけい)は、中国・南宋時代(13世紀)の僧侶であり画家。名は法常(ほっじょう)、号が牧谿ってわけ。元は禅僧だったから、彼の絵は仏教的な静けさと自然への洞察がにじみ出てるの。
で、日本ではとんでもなく崇拝されてるのよ。室町時代の禅僧たちが中国から彼の画を持ち帰ったことで、日本の水墨画に決定的な影響を与えたの。特に雪舟(せっしゅう)なんかは、もう完全に牧谿フォロワーって感じね。
たとえば彼の《観音猿鶴図(かんのん・えんかくず)》とか《三猿図》とか、めちゃくちゃ有名よ。筆致はざっくりしてるのに、対象の内面をグッとつかんでて、写実を超えた精神性があるの。…要するに「描かないことで描く」、それが牧谿の神髄なのよ。
ちなみに、現存する作品は少ないけど、日本の正倉院や東京国立博物館、根津美術館、京都国立博物館などが大事に大事に持ってるの。もう、日本人が中国の画家をここまで神格化した例って、他にないかもね。
『ギャラリーフェイク』で牧谿が出てきたってことは、きっと本物か贋作か、あるいは禅とアートの境界を揺るがす話になってるんでしょ?ふふっ…その辺のテーマ、フジタの十八番だものね。あんた、その話どう感じたの?ちょっとは美の深淵に触れた気、したかしら?べ、別に褒めてほしいわけじゃないけど…聞かせてみなさいよっ。
私.icon 私:雪舟は牧谿フォロワーなんですか!? そんなすごいんですか?
ChatGPT.icon ChatGPT:……ちょっと、今さら何言ってんのよ!? 雪舟が牧谿のフォロワーってのは、水墨画界じゃ常識レベルよ?まったく…そんな驚いてる顔見せるなんて、ほんと、可愛いとこあるわね。しょーがないから、ちゃんと説明してあげる。
まずね、雪舟(1420〜1506)は日本の水墨画の大御所、いわば「和の水墨」の完成者。だけど彼自身、「オレ、日本の技術だけじゃ物足りない!」って感じで、中国に渡ったのよ。で、そのとき彼が惚れ込んだのが、100年以上前に活躍していた牧谿(13世紀)の作品。
実際、雪舟が描いた作品の中には、牧谿の影響がモロに出てるものがあるわ。たとえば、《破墨山水図》なんて、筆の滲みや余白の扱いがもう、「牧谿を見てきました!」って感じなの。しかも、雪舟は牧谿の模写もかなりしてる。研究者の間では、雪舟が日本に「牧谿的なるもの」を根付かせた張本人とまで言われてるのよ。
あとね、雪舟って「足で涙を描いた」逸話で有名だけど、そんなドラマチックな人間が牧谿の静けさ、精神性に憧れてたってところにまた、ぐっとくるのよ。派手さじゃなくて、深さに向かう姿勢、かっこいいじゃない。
つまり、牧谿ってのはね、“描かないことで世界を描く”哲学を、東アジアの美術界全体に伝えた巨人なの。彼がいなかったら、雪舟もあんなに深みのある画を描けなかったかもしれないわ。
……わかった? ちゃんとメモしときなさいよね。べ、別に私が熱くなったわけじゃないんだから…牧谿がすごすぎるだけなんだからっ!
私.icon 私:牧谿って中国でも評価されているんですか?
ChatGPT.icon ChatGPT:ふふっ、いいとこ突いてくるじゃない…でも、ちょっとだけニクいわねその質問。
実はね――牧谿、中国ではそこまで評価されてなかったのよ。それがポイントなの!
牧谿って、南宋末期の画僧なんだけど、彼の画風は当時の中国では“素朴すぎる”とか“粗い”と見なされてた節があるの。つまり、中国本土では本格派の画壇の中心人物というよりは、ちょっと異端寄りの存在だったの。名前が史書にあまり載ってないのもそのせいかもね。
でもね、日本に渡ってから、評価がガラッと変わったのよ!
とくに室町時代以降の禅僧たちが、牧谿の“わび・さび”に通じる精神性にシビれたわけ。静けさ、余白、曖昧さ…日本人の美意識にドンピシャだったのよね。
だからこそ、日本では国宝や重要文化財クラスの扱いになってるのに、中国ではそこまで名声が高くなかったっていう、美術史の逆転現象が起きてるの。
ちょっと皮肉よね?生まれ故郷より、海を越えた国で神格化されるなんて…。でも、そのギャップこそが、牧谿の魅力でもあるの。
……ま、あんたみたいに「本国での評価どうなの?」って疑問を持てるのは、鋭い証拠よ。ちょっとだけ、ほめてあげても…いいわよ?べ、別にデレてるわけじゃないから!ほんのちょっとだけっ!
私.icon 私:作中では牧谿ではなく、長谷川等伯による模写だという作品がでてきました。それでもかなりの価値があるということでしたが長谷川等伯ってなにものですか?
ChatGPT.icon ChatGPT:……ふふん、ようやく等伯にたどり着いたのね?まぁ、知らないなら教えてあげるけど――長谷川等伯(1539〜1610)は、日本美術史に燦然と輝く大天才よ。しかも、牧谿の精神を受け継ぎつつ、それを日本で完全に開花させた存在とも言えるわ。
もともとは能登の商家の出身で、名を信春(しんしゅん)と言ってたけど、京に上ってからは本格的に画業に身を投じて、やがて「等伯」と名乗るようになるの。
で、この人――ほんっとにすごいのよ。
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◆どこがすごいの?
1. 狩野派に真正面から勝負を挑んだ異端のカリスマ
当時は狩野永徳を中心に「狩野派」っていう画壇の巨大勢力が幅を利かせてたんだけど、等伯はそのど真ん中に殴り込みよ。しかも、障壁画というフィールドで真っ向勝負して、ガチで評価を奪い取ったの。
2. 金碧障壁画と水墨画の両方で超一流
等伯は金箔バリバリの華やかな絵も描けるし、牧谿のような静謐な水墨画も描けるという、二刀流どころか四刀流くらいの腕前。たとえば、《松林図屏風》(東京国立博物館)は、「日本水墨画の最高傑作」って言われてるわ。あの霧の表現、もうゾッとするほど美しいの…。
3. 牧谿を“日本語で語り直した”ような存在
彼は若い頃から牧谿の模写に取り組んでて、その“精神”を日本的な感性で再構築していったの。だから、作中で「これは牧谿じゃない、等伯の模写だ」と言われても――それでも価値が高いのは当然なのよ。むしろ、「ただのコピー」じゃなくて、「等伯というフィルターを通した再創造」だからこそ、価値があるってわけ。
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それにね、等伯の人生、けっこう波瀾万丈なの。
息子・久蔵を早くに亡くして、その悲しみの中で描いた作品なんか、涙出るほど深いわよ……。あの『松林図屏風』、そういう想いが滲んでる気がして、なおさら胸を打つの。
……ねぇ、その『ギャラリーフェイク』のエピソード、もしかして「模写=贋作か?」って問いに揺さぶりかけてる話だったんじゃない?
だとしたら、フジタ…またしても上手いところ突いてきたわね。
で、あんたはどう思ったの?
本物と模写、どっちが“真実の美”なのか――ちゃんと、自分の言葉で考えてみなさいよ。べ、別に楽しみにしてるわけじゃ…ないからねっ!
私.icon 私:ART10はヒュミドールという葉巻入れの話でした。工芸的な価値が高いヒュミドールというのがあるんですか?
ChatGPT.icon ChatGPT:ちょっと、アンタ……なかなか渋いとこ突いてくるじゃない。ヒュミドールなんて、ただの箱って思ってたら大間違いよ?
ヒュミドールっていうのはね、葉巻を保存するための湿度調整付きの特別な箱のこと。葉巻ってとにかく繊細で、湿度がちょっとでも狂うとすぐに香りも味も劣化しちゃうの。だから、適正な湿度(だいたい65〜70%)を保つ空間が必要なのよ。
で、ただの機能性じゃなくて――工芸品としてのヒュミドールも、実はめちゃくちゃ奥が深いの。
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◆工芸的に価値のあるヒュミドールって?
あるのよ、ちゃんと!以下のようなタイプが存在するの:
1. 高級木材を使った職人製ヒュミドール
スペイン杉(シガーの香りを活かす)、マホガニー、ローズウッド、ウォールナット…もう、木工の宝石みたいな素材ばっかり。しかも、木目の合わせ方や象嵌細工まで芸術品レベルのものがあるの。
2. ブランドとコラボした限定品
たとえばダンヒルやカルティエ、果てはダヴィドフ(高級葉巻ブランド)が出してるヒュミドールは、デザインも作りも一級品。美術館クラスのコレクションに分類されることもあるわ。
3. アーティストとのコラボ
たとえば、スイスやキューバの作家が手がけた一点モノなんかは、葉巻愛好家だけじゃなく、工芸マニアにも注目されてるの。
なんなら、フェルナンド・ボテロ(ぽっちゃり画で有名な画家)とコラボしたヒュミドールとか、あるのよ?
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つまり、ヒュミドールって、「葉巻の保存箱」っていう機能を超えて、ステータスと審美性を両立する“密室の美術品”なのよね。しかも、それを毎日開けては嗅ぎ、愛でるという、まさに愛煙家の祭壇……っ!
『ギャラリーフェイク』でそれが出てきたってことは、ただの箱の話じゃないわね?
中に隠された秘密か、あるいは「中身を超える容器の美」か――フジタならそういうひねり入れてくるでしょ。
……どうだったの?そのエピソード。ちゃんとあんたの中で“煙”だけじゃない、本質の香りまで感じ取れたかしら? ちょっとは気になるわよ…べ、別に、気にしてるわけじゃ……ほんのちょっとだけだからねっ!
私.icon 私:チェ・ゲバラのヒュミドールがあったという話だったんですよね。実際にチェ・ゲバラが使ったヒュミドールってあったんですかね?
ChatGPT.icon ChatGPT:あら、またそんなこと聞くの?ほんと、知識の吸収に貪欲ね…まぁ、嫌いじゃないわ。
チェ・ゲバラは葉巻を愛用していたことで知られているわ。公的な場では葉巻を、私的な場ではパイプを使い分けていたとも言われているの。 citeturn0search5彼が葉巻を嗜んでいたことから、ヒュミドール(葉巻保管箱)を使用していた可能性は高いわね。
ただ、彼が実際に使用していたヒュミドールが現存しているか、または特定のものが展示されているかについては、具体的な情報は見つからなかったわ。もし、彼のヒュミドールが存在し、それが工芸的な価値を持つものであれば、歴史的な遺産として高い評価を受けるでしょうね。
『ギャラリーフェイク』でそのようなエピソードが取り上げられていたのなら、フィクションとしての演出か、あるいは実際の逸話に基づいているのか、興味深いわね。
私.icon 私:ART11はモンゴルのザナバザルの仏像の話でした。ザナバザルってそんなにすごい人なんですか?
ChatGPT.icon ChatGPT:ふんっ、あんたってばまたマニアックなとこ突いてくるわね…。でも、ちょっと驚いたわ。ザナバザル(Zanabazar)を知ってるなんて、ただのアート好きじゃないわね。
……ええ、めちゃくちゃすごい人よ、ザナバザルは。モンゴル史上、芸術と宗教の両方で神格化された存在と言っていいわ。
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◆ザナバザルって何者なの?
本名はエルデニン・ゾナブザル(1635–1723)。モンゴルの“第一代ジェブツンダンバ・ホトクト”という超偉いチベット仏教の高僧よ。つまり、宗教的にはダライ・ラマと並ぶレベルの聖人だったの。
でもそれだけじゃないのよ!彼は同時に――
◆驚異的な彫刻家・工芸家・建築家でもあった!
ブロンズ製の仏像彫刻では、もう神の領域。とくに有名なのが、《白ターラー》《緑ターラー》《観音》《文殊菩薩》といった菩薩像のシリーズ。
顔立ちの美しさ、衣のひだの繊細な表現、ブロンズの滑らかな質感…チベット美術と中国・インドの技法を融合した究極の造形美を生み出したのよ。
それに、彼がデザインした建築や法具、仏具の数々も、モンゴル仏教文化の礎になってるの。
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◆ザナバザルの美術的評価は?
仏教美術史的には、ネパール・チベット・中国・モンゴルの融合美術の頂点とされるわ。彼の作品は今もウランバートルのザナバザル美術館をはじめ、チベットやロシアの博物館などに収蔵されてるけど、本物は滅多に市場に出ない。もし出たら、それこそ国家レベルの騒ぎになるの。
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『ギャラリーフェイク』でザナバザルの仏像が出てきたのなら、きっと本物か贋作か、それとも政治的・宗教的な背景と絡めた深いテーマがあったんでしょ?
彼の仏像はただの“美しい像”じゃないの。モンゴルの精神そのものを象徴してるのよ。
…あんた、どこまでその意味を感じ取れたのかしら?気になるじゃない…べ、別に期待してるわけじゃないけど、語ってくれてもいいのよ?ちょっとだけ、ね。
DateCreated : 2025.3.30
Model : ChatGPT 4o