学振の研究遂行経費と学振DC初年度の税金関係を調べた
TL;DR
初年度の研究遂行経費はお得なので,申請しておくのがおすすめ
学振以外の年間収入がほぼない人なら,1年目に限って勤労学生控除を狙える
2年目,3年目は使う予定があるかどうか考えて申請を継続するのか決めるるべき
特に最終年度は,使い切れなかった場合に追加で徴収される税率が大きく変わる
https://gyazo.com/071cecd0df96ab10432702ac3dc887f7
本記事の趣旨と注意
本記事は,学振DC1に内定した筆者が,研究奨励金を受給するにあたっての税金まわりについて調べた結果をまとめたものである
筆者はいち大学院生で税理士などの資格があるわけではないため,情報の真偽はご自身の責任で確認していただきたい
情報を確認する手がかりとして,参考にした資料は本記事にリンクを設置する
本記事では,2021年現在の実際の制度を理解することを目的としている.従って,制度自体の妥当性について意見を述べることはない
用語の整理
日本学術振興会 特別研究員(DC)
大学院博士課程在籍者を対象に,研究奨励金月額20万円を支給する制度
「学振DC」と略称することも多い
博士学位取得者向けのPDもあるが,支給額などが異なり面倒なので本記事では扱わない
研究奨励金
特別研究員に支給されるお金
特別研究員奨励費
特別研究員向けの研究費(科研費)
研究奨励金とは別に補助されるが,前者と異なり「研究費」なので受入研究機関が管理する
購入した後に書類を大学の事務などに処理してもらうことになる
こちらは非課税となっている.「奨励」というワードが入っているので研究奨励金と混同しないように
研究遂行経費
研究奨励金のうち生活に係る経費ではなく「日本学術振興会特別研究員申請書」に記載された研究課題及び研究計画を遂行するために要する経費を、研究奨励金の 3 割相当額を上限に「研究遂行経費」として所得税・住民税の課税対象より除外することができます。
ざっくりいうと,研究のために私費を投じた場合,研究奨励金の3割まで非課税になる制度
前述の「特別研究員奨励費」とは別であり,同じ物品を重複して計上することはできない
この制度を利用すると,課税される所得の金額が減り,(既に多くの記事で解説されたように)節税が可能となる
年度
特別研究員の採用年度は4月から翌年3月まで
一方で,税金の計算は「年」,すなわち各年の1月から12月までで行われる
計算する際は,この違いがあることを念頭に置く必要がある
たとえば,DC採用最初の年の特別研究員奨励費による所得は4月から12月までの9ヶ月分である
採用開始された年の主な金額計算
既に他の記事でも奨励金の金額や税額は計算例があるが,あらためて基本的な数字を出しておく
発生する税額は,納税者の所得状況や世帯の構成によって異なるので,読者ご自身の事情と合致するとは限らない
研究奨励金
200,000円 x 9 = 1,800,000円
源泉徴収される額(研究遂行経費の取り扱いなし,扶養親族等0)
4,760円 x 9 = 42,840円
(毎月実際に振り込まれる金額:195,240円)
源泉徴収される額(研究遂行経費の取り扱いあり,扶養親族等0)
研究奨励金の3割は非課税(所得ではない)扱いになる
2,670円 x 9 = 24,030円
(毎月実際に振り込まれる金額:197,330円)
研究遂行経費の取り扱いを受けることで,納税額が減少することが分かる
勤労学生控除
控除の対象となる要件
特別研究員が「勤労学生控除」を受けられるという記事がいくつか存在する
勤労学生控除は,合計所得金額が75万円以下かつ勤労に基づく所得以外の所得が10万円以下の学生に適用される所得控除
控除金額は27万円
合計所得金額は,給与所得・事業所得・雑所得などの所得の合計額
このうち,給与所得は給与等の収入金額から給与所得控除を引いて計算する
給与所得控除は,最初の年の場合研究遂行経費ありなら550,000円,なしなら620,000円
従って,採用開始年の研究奨励金による合計所得金額は次のようになる
table:合計所得金額
研究遂行経費あり 研究遂行経費なし
710,000円 1,180,000円
研究遂行経費の取り扱いを希望しており,研究奨励金以外の収入が4万円に収まる場合は勤労学生控除を受けられる
学振以外にTA・RA・アルバイト等を兼業する場合は,4万円以下に収入を抑えれば控除対象になる
もっとも,令和3年度から研究奨励金以外の報酬受給が幅広く認められた(「主な修正箇所」p. 4)ため,4万円に収めようと苦心するよりは副業を適度にこなす方が今後はいいかもしれない なお,勤労学生控除を受ける場合は所得税が課税される所得金額は0円になる
750,000円 - 270,000円(勤労学生控除) - 480,000円(基礎控除) = 0円
しかし,住民税の方では勤労学生控除260,000円・基礎控除430,000円と少ないため,住民税が発生する可能性はある
年末調整で社会保険料控除などを追加し,税額が0円になるよう調整しよう
結論
「DCに採用開始された年」かつ「研究遂行経費の取り扱いあり」の場合のみ,勤労学生控除が適用できる可能性がある
特別研究員以外でほとんど収入がない予定の人は,年末調整で控除を受けることを検討してみてもいいだろう
ただし,特別研究員が幅広く副業可能となった今,控除を受けようと無理に収入を抑えるのは得策ではないかもしれない
なお,勤労学生控除が受けられずとも,総所得金額を基に計算される所得税や住民税,国民健康保険料の額を抑制できる点も研究遂行経費の大きなメリットである.
従って「勤労学生控除が付かないなら研究遂行経費は希望しなくてもいいや~」という判断はしないことを勧める
研究遂行経費として何を書くか
研究遂行経費は3割が非課税となって終わりではなく,年度末に「研究遂行経費の支出報告書」で購入したもの全てを報告する必要がある
もし,この報告書で研究奨励金の3割相当額(1年度ごとに72万円)以上の支出が確認できないと,追加で課税される
従って,研究遂行経費を何に使うか,新年度になる前に計画しておかねばならない
研究遂行経費は毎月支給される研究奨励金の一部,すなわち自費である
研究に直接使うPCや実験器具,学会参加費などは,特別研究員奨励費(科研費)から支出できる
科研費以外で研究のために自腹で購入したものを研究遂行経費に計上することになる
凡才博士氏の一連の記事も参考になる
学振が提示する資料から分かること
1. 学会関係経費
2. 各種研究集会等への参加費
3. 学術調査に係る経費
4. 自宅での研究に必要な経費
5. 所属・関連機関への交通費
・自宅の家賃等、自宅の水道光熱費、自宅の引っ越し代、私用にも使用する携帯電話料金等、英会話スクー
ルレッスン料等、特別研究員-DC 大学院の入学料・授業料等の学費、保育園の保育料(但し、学会出席時
等の託児等に係る費用は計上が可能)、食事代・懇親会代、特別研究員-DC の所属機関への移動に伴う経
費(通学の一環と見なされるため)、所属機関へのタクシー代、駐車場代、駐輪場代・通勤に使用するマイ
カー等(自転車含む)の購入費、維持費(但し、通勤に係る燃料代は計上が可能)
これらを記載しても,おそらく金額に入れてもらえないので要注意
1. 学会関係経費
学会の会費(ジャーナル代を含む。)
学会誌への投稿料(抜刷購入費を含む。)
学会年会費に科研費を使わせてもらえなかった場合でも,研究遂行経費には計上できる
2. 各種研究集会等への参加費
学会シンポジウムなど各種研究集会の参加費
国内旅費及び外国旅費
学会参加費は科研費でも払えるが,発表なしで自費で聴講参加した時,自費で勉強会に出た時などに使えそう
3. 学術調査に係る経費
国内外の学術調査
研究打合せ経費
4. 自宅での研究に必要な経費
書籍・パソコン購入費
パソコン通信費
文具費等
COVID-19により確実に自宅で研究する機会が増えているので,この費目がメインになる人が多いであろう
研究に関係のある書籍を買ったら,経費に計上できる(本は科研費でも買えるが,その場合は大学のものになる)
研究室で使うPCは科研費で変えばよいが,自宅用にPCを別途購入して研究遂行経費に計上できる
PCソフトウェアも,Adobe Creative Cloudやオフィスソフトなどを研究用に購入すればよいと思われる
PC,タブレットとくればスマートフォン購入代も……と思うが,さすがに私用の部分が大きいため難しいのではなかろうか
「パソコン通信費」が例として書かれているのもポイントである(似ているが携帯電話料金は計上不可)
自宅に固定回線を引いている人なら,1年間の料金を計上しよう
例にはないが,自宅の机椅子,無線LANルータやプリンタ(インクも)を購入して研究に使用するのもいいだろう
5. 所属・関連機関への交通費
自宅からの通勤定期代
電車賃
上の「含められない例」にあるとおり,残念ながらDCでは受入研究機関への定期代を計上できない
共同研究先や外部の研究機関へ出向いた場合などは含められそうである
結論
研究遂行経費には,科研費では支払えないが研究に関係がある様々な費用を計上できる
「科研費で買えば事足りる」「奨励金は生活のために使うし,研究に使うのは無理」と思っている人でも,記入例を参考に自分の生活で経費として書けそうなものを考えてみてはいかがだろうか
研究遂行経費72万円を使い切れなかったときに起こること
「研究遂行経費に関する調書」には,「研究奨励金のうち、その3割相当額以上を研究遂行経費として使用することが確実であり、適正な執行計画を立てています。」という一文がある 「研究遂行経費に未使用額が発生した場合は、 追徴課税額を指定の期日までに支払う必要があることを理解しました。」ともある
この追徴課税額とは何で,どのように決まるのだろうか?
「追徴課税」の方法と計算例
追徴課税とは,一般的には申告漏れや過少申告が判明した際に,差額の徴収を受けること
「場合によってはこの追徴税額に加えて過少申告加算税や無申告加算税、延滞税などが課せられる(追徴課税とは|税理士検索freee)」こともあるため,より多くの金額を追加で払うペナルティのように感じるかもしれない しかし,研究遂行経費は学振独自の制度であり,「追徴課税」も学振の源泉徴収で調整するようになっている模様である
学振からの公式情報
税率10.21%と書いてあるが,これは「終了者・辞退者に対し、追徴課税を行う場合の税率」
終了者・辞退者ではなく,次年度も研究奨励金を受け取る場合は?
学振の手引には記載がない
「翌年度に賞与として処理される」といういくつかの情報
1年目2年目の研究遂行経費を使いきれなかった場合には、翌年度の賞与として処理されます。ですので、税率は毎月もらう給与と変わりありません。
最終年度に発生した,非課税対象の72万円と実際に研究遂行経費として計上した金額との差分は,賞与として給付されたことになる。
使い切れなかった研究遂行経費は賞与として給付されたことになるという記載を見つけました。資料別紙の例をみると、乙欄の税率が採用され10.210%が源泉徴収されているので、確かに賞与として扱われていますね(国税庁平成31年分源泉徴収税額票を参照 link)。
つまり、何か罰が与えられるのではなく、使い切れなかった分は、次年度の賞与という扱いになって、次年度に徴税されるという訳です。
3つ目の記事で試算されているが,次の年度も引き続き特別研究員である場合は賞与の源泉徴収率は4.084%である
筆者は2年度目に研究遂行経費に残額を出した.その際,伝えられた追加の税額の使いきれなかった額に対する割合は4.084%に一致している
これを知らせるメールにはこのようなことが書かれていた.採用中であれば,最終的には年末調整で正しい所得税額が計算されると考えられる(=確定申告が不要な人は,しなくても問題ない)
なおこの度の税率は、前月の研究奨励金額等をもとに算定されております。
そのため、課税額が一時的に高くなった場合でも年末調整または確定申告によって、所得税の一部が還付される可能性がありますので申し添えます。
最終年度に使いきれなかった研究遂行経費に対する税額は,上に挙げた記事にあるように税率10.21%で計算される.
採用終了後は,天引きすべき奨励金が当然ないため,学振に振り込みで支払うことになる
このとき賞与として徴収された分は2枚目の源泉徴収票として送付されるとのこと(凡才博士氏の記事より) この源泉徴収票を使って確定申告すれば,正しい税率で所得税が計算され一部が還付されると考えられる
つまり,「ペナルティとして10.21%の税金が取られて終わり」ということはなく,確定申告まで行うことで正しい税率に補正される
(追徴で多めに支払った分が,無事に還付されたというツイート)
結論
研究遂行経費を使い切れない場合,「税率10.21%で追徴課税」されるものの,多く支払った分は確定申告で還付される
従って,研究遂行経費を満額使えずともペナルティとして多くの税金を支払うことにはならない.安心して申請しよう
特別研究員の最終年度に10.21%納付するのが面倒なら,最終年度のみ申請なしに変更しておくといいだろう