良い
多分これが一番原理的な、判断の根幹にある概念で、定義ができない
本当に?
カント的な規範倫理学はだいぶ根幹的な話をしていると思うんだけど、“善”もまた「善だと良い」の下に収まっていないか
これはだいぶ日本語っていう言語に思考が制限されてる感覚がある
“よい”は良いと善いに区別できるけど、例えば英語は?
「良い」の書き出し
こっちに来てはいけない>#話しても、いいです
「AよりBするほうが良い、何故ならばー」という方向の思考と「AよりBするほうが良いと直感的に思うが、その『良い』は何処からきているのだろうか」という方向の思考がある
(発狂姉妹)
どうすれば善くなれるかと、何が善いのかをゴチャゴチャ〜考える これが倫理ですか?どっちかだけですか?
「〜すべきだ 〜するのが良い という言説には必ず〜の目的にあっては、という添え書きがつけられているべきで」……とまで考えて、「じゃあなんでそうすべきだと私は思ったんだろうか?」と考えはじめる
なぜなら!なんか騙されたり扇動されたり、あとから目的意識を自覚して、その目的だったら自分は〜すべきとは思わないかも、みたいなのが生じるから
なんかそっちの方がいいから
「善い」って言葉を最小限にすると、よい
↑この「よい」はまやかしで、本当にあるのは「思考を明瞭にするのに役立つ」とかです
目的の意味での「善い」と手段の意味での「良い」が人類混ざりがちで、身近で小さなことについてはとにかく手段が目的に対して合理的かどうかをまず考えてから比べると整理できがちだと思っています