情報快楽主義
結局Xを一日10分くらいスクロールしながら少しでも噛み応えのありそうなツイートを手当たり次第ブックマークしてシャワー浴びながら頭の中で反芻・発展できないか試すみたいな使い方で落ち着いてしまった。
結局情報を刺激とする快楽主義者でしかなく、そういう意味で青空の牧歌的なタイムラインは会わなかった
私が/あなたが今日何食べたかとかどうでも良いことこの上ない。
老人になったら興味が出るようになるのかも
欲しいのは新鮮で刺激的な情報で、自分がよくネット上の人間に執着しては飽きを繰り返すのもこれが理由として大きい。
一度ある程度ネトストしきるとその後得られる情報量は物凄く低くなる
ここでの情報量はただ単に知識範囲の個性だったりから来るものではなく、同じものをみて自分とは違う視点で見ていたり、変わったものを参照してきたりする選択眼とかを指す
それが新鮮で多様であるほど良い。情報自体は普通に探索しても手に入るけど、その見方捉え方は収集しにくい
実際には「ネトストしきった」という感覚が錯覚だったことがわかることもあり、注意深く拾おうとすればまだ味がすることに気付く
新しい情報が供給されるというより、自分自身の思考回路が変化して「あの時のあの人のあの文章ってここの事態を指してたのか」みたいな、先回りされた感覚が発生する この発生頻度が多いほど個人的により人として興味が湧くし、実際にこのscrapboxでよく言及する人・アカウントはその興味の量とだいたい比例してると思う