プロローグ
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強い風が吹き荒れていた。
麻縄に体を戒められ、高い崖からミノムシみたいに吊るされたアスミは、強風に煽られ為す術もなく震えていた。
ゴツゴツした岩肌に体を打ちつけられるたび、太い縄が肌に食い込む。
体を分断されるような激しい痛みと、絶え間なく続く揺れによる吐き気に、気が遠くなる。
地面までは、たぶんビル九階分ぐらいの距離があると思う。
村人たちの手でここに吊るされた時は、あまりの高さに震え上がった。
縄が切れたら一環の終わりだ。
しかし今のアスミは、誰かにこの縄を切ってもらい、喉の渇きと、体の痛みと、未来への恐怖に終止符を打ってほしいと願っている。
そうしたら元の世界に戻れるかもと、苦悶のさなかに気がついたのだ。
ほんの一週間前まで、アスミはごくごく平凡な日本の短大生だった。
ある、月の綺麗な夜、アパートの前で一匹のうさぎを見つけた。
白く艶やかな毛並みのそのうさぎは、鉄階段の下でお行儀よく前足を揃え、片耳を垂れていた。
東京に野良うさぎなんているはずもなく、おそらくペットが逃げ出したのだろう。
目が合えば、うさぎはトコトコと走り出した。
「待って」
アスミはその後を追いかけた。
うさぎは逃げながらも、ある程度の距離まで行くと立ち止まり、アスミを待っているような仕草を見せた。
のんびりとした鬼ごっこに、アスミはすっかり夢中になってしまい、気づけば車道の真ん中にいてトラックが間近に迫っていた。
黄色いヘッドライトが全身を包み、想像を絶するような衝撃を感じる。
次の瞬間、アスミの体は弧を描いて宙を舞っていた。
十八年間の出来事が、走馬灯のように頭をよぎり……。
そして目覚めた時、アスミは小さな小屋の中にいて、足首には重い鎖がかせられていた。