「写経」論争と、教育者/学習者のすれ違いに潜むモノ。西尾泰和氏が語る“少しでもマシ”な教育法【フォーカス
押し付けの教育が良くない
――自分の中にある「学び」の選択肢が古くなっていないか、気をつけるべきということですか?
西尾:そうですね。学び方も、学習におけるモチベーションの形も、技術の進化とともに大きく変わっていきますから。
たとえば、家庭内で子どもが「YouTubeを見たり、ゲームばかりしていないで勉強しなさい」と注意を受けることがあるでしょう。でも若い世代の話を聞くと、今はYouTubeの配信で海外の有名人にコメントを読み上げてもらうために、外国語を学ぶ人もいるそうです。海外の動画の再生速度をいじりながら英語を学び、「推し」の配信中に反応をもらえるよう、気のきいたフレーズを覚えていくんですね。
また、FPSゲームで海外ユーザーと「あそこにターゲットがいるぞ!」などとボイスチャットを通して英語を身につけるのも「あるある」なようです。昔では考えられない学び方かもしれませんが、「推し」やゲームという大きなモチベーションを推進剤に、能動的に語学に触れるというのは、とても効果的かと思います。
――人によってやる気が湧くポイントは異なる以上、「その人にとって何が最も有効な学び方か」と決めつけるのは困難ですよね。
西尾:はい。だからこそ、特定の学習方法を押しつけるのはよくないのです。
人はよく、自分の経験に基づいて他人に勉強方法をすすめます。しかし、その判断は、過去の経験に基づいた分析に過ぎません。教育者が新しいツールや学び方、考え方を柔軟に受け入れられなければ、今を生きる学習者にとって有用な選択肢を示すことができないかもしれない。すると、せっかく時間をかけて指導をしてみても教育コストは増大し、誰も得をしません。
一方で、新しい学び方も取り入れて選択肢を増やすことで、学習者のモチベーションが湧くやり方が見つかれば、成長を大きく促進でき、ひいては組織の成長につながるでしょう。
LLMの進化により、学び方だけでなく、そもそも「何を学ぶべきか」も変化していくと思います。コーディングや文章生成などの作業が生成AIに代替されていくなか、人間が創造性やアイデアを通して価値あるものを生みだし続けるには、どのような学びが必要となってくるのでしょうか? 僕もこの難解な問いを常に意識しながら、今後も人々の知的生産性を向上させるための研究に取り組んでいきたいと思っています。