個人的な経験のなかの異国語としての韓国語
251210
미치고 싶은 계절 (気が狂いたくなる季節)
ときおり
外国語に
それもまったく知らない言語に溺れたい季節がある。
それは僕にとっては、韓国語だ。
大学生のころ、よくある日本文系大学の傾向としてヨーロッパ系言語偏重教育を、受けてきた身であった。
英語はベースとして、ドイツ語、フランス語、ギリシャ語、ラテン語、あるいは趣味としてエスペラント語やロシア語、イタリア語に手をつけていたこともあり、ことごとくすべてインド=ヨーロッパ諸語だった。
ぼくはそこに対して疑いもなかったし、好きだった。
あるとき、ふと思い立つように、何があったわけでもなく、あるとすれば旅行したい気分になり、札幌や沖縄に行くより韓国に行くほうが安いという理由や、コロナ禍で中国にもいけなかったからという理由で、韓国に航路を変更したのだった。
何はともあれ、行くなら、その国の言語を知っておきたい。
韓国語を勉強した。
韓国では韓国語しかないので、どこか心地よかった。
母国語ではない知らない言語に溢れていて、意味の一束すらつかめないような世界。
強制的に、現代アートよろしく「無意味の意味」世界に飛ばされる、お手軽で誰でもできるアート体験だ。
本は岩波文庫の尹東柱をポケットに入れた。近所の本屋ですぐ買えたし、翻訳だけじゃなくて、原文も載っていたから、よかったんだと思う。
たしかに、外国は疎外感に、まみれたものだったが、すべてを忘れられるようで心地よさもあった。
その後、韓国語に触れる機会もあまりなく、月日は経った四年ほど。
あるとき、東京で韓国出身の映画監督の友人ができた。
彼女は、映画だけじゃなくて、詩を好む人だった。そこでふと過去の記憶となにか繋がり、もう一度韓国語への興味が湧いてきた。
あの異国語、自分にとっての母国語を消去させてくれた記憶の異国語への興味。
彼女の新作映画の企画書を読ませてもらった折に、
code:企画書
「日本への愛着」ゆえに日本語の勉強に励んだのではなく、日本語を習得することが日本で対等にコミュニケーションをする上の必然だったから、努力をした。なぜ日本語を勉強したのか?異国そのものに関心があったからではなく、異国の人間に関心があったからだ。
という言葉に、なにか感じるものがあった。
僕には、同じように、「韓国への愛着」はない。韓ドラも見ないし、K-POPも聞かないし、K-ファッションにも興味はないし、かといってなにかほかのことに興味があるわけでもない。
あるのは、韓国語にまみれて母国語を一瞬失ったあの疎外された土地に立っていたという記憶だけ。
でもその記憶が、韓国語への興味をひきたたせた。
けどぼくには「異国の人間」への興味もない。語弊がある。どちらかといえば、母国を失うこと、の孤独に興味があったのだと思う。
「さみしい」という言葉では形容のできない孤独。
身体ごとどこか暗い井戸の中に重力もろとも吸い込まれていくような、孤独。
そこにさみしさという言葉も感情もない。
あるのは無-重力。
無-重力の孤独。
彼女の外国人として日本に長くいることの、おそろしいほどの「孤独」たるや、結局ぼくは母国にいる身として想像のつかないものだ。
常に疎外されているようなものだろう、たとえ日本語が流暢であってすら。
あのディアスポラ。
この「孤独」を知るには、
もう一度
韓国語にまみれることで
なにか、想像のつかない孤独へと手を差し出すことができるんではないか。
手を差し出すとは、救うことではなく
孤独の感性を知ることだ。
パジャマ
石鹸
いちじく
よい1日を