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『~について学ぶ機会が失われている今日の状況こそが深刻な問題だと思う。』
これは直感的に言うが、
特権的に一部の者だけが知を持っているとき、しばしば「~を知る機会がないことが問題」と言われるが、(そしてそれには基本的に私も同意するのだが、)
むしろ大多数の者が得られていないものを得ている側のほうが、特異であり、理由が問われるべきであり、「問題」なのではないか?焦点は、大多数の「欠如」のほうではなく、少数エリートのそちら側に向けられるべきではないか?
なぜ知が独占されている?「知る機会が失われている」という受動態というか、「知る機会を用意できていない」のは誰か?