コザ
こざ
旧・コザ村、コザ市
昭和31年から49年まで沖縄本島中部に存在した村名と市名
元は越來村(ごえくそん)という地名 
昭和49年4月1日に美里村(みさとそん)と合併して沖縄市になった
現在も使われるコザ名
小中高校名として
民間企業の店舗名や支店名として
国道の交差点名として:コザ十字路
コザ十字路から広がる文化圏の愛称として
附記
コザ暴動(コザ騒動ともいう)について
昭和45年(1970年)12月20日未明、コザ市(現・沖縄市)胡屋(ごや)十字路付近で起きた反米暴動事件
大勢の住民たちによってMPカー(米軍憲兵車)を含む外国人車両80台余りが放火された事件。一部の群衆は嘉手納基地内に侵入し、学校や消防車なども放火した。暴動は米軍や琉球警察によって鎮圧され、午前7時頃には収束した。
米兵の起こした交通事故が事件の発端ではあるが、要因として、戦後25年間の米軍支配や軍人による事件・事故、沖縄住民に対する差別や人権侵害が指摘されている。
参照元:🔗沖縄市戦後文化資料展示館 ヒストリート|ガイドブック2019年度版
https://gyazo.com/807ead269a96552f9374b45c52edb3d9
現・沖縄市、胡屋十字路より嘉手納基地方面(2025年7月撮影)