確信犯
「確信犯は『悪いと分かっていてわざとやる』という意味で使うと誤用で、本来は政治的・宗教的信念に基づく犯罪を指す」という言説は定期的に流通する。文化庁の調査でも「悪いと分かっていながらなされる行為・犯罪」を選ぶ人が多数派で、これを誤用と呼ぶ言葉系記事は無数にある。しかし、この種の「確信犯警察」的な訂正は二重に粗い。第一に、本来の意味とされる用法は、戦後しばらくまで日本語の一般語として広く定着していたわけではない。新聞でわざわざ説明が要る程度の語だった。第二に、言い換え先として推される「故意犯」は確信犯と同じ抽象軸の語ではない。確信犯の俗用は、広く共有されていた一般語の正用が崩れた現象ではなく、専門語が一般語化する過程で意味が再分析された脱専門語化として読み直したほうが筋が通る。
確信犯の原義はどこから来たか
確信犯の原義は、ドイツの法哲学者 Gustav Radbruch が1922年のドイツ刑法改正草案で提案した確信犯罪人 (Überzeugungsverbrecher) に由来する。Radbruch はこれを「道徳的・宗教的・政治的な確信に基づき、自らの行為を正しいと信じてなされる犯罪、およびその行為者」として定義し、利欲犯 (gewinnsüchtiger Verbrecher) などと並ぶ動機による犯罪者類型のひとつに位置づけた。日本語圏でも戦前から法哲学・刑法学の文献で論議の対象になっていた(原秀男「現代日本の法哲学」(井上茂他編『法哲学講義』青林書院新社, 1970)、鈴木敬夫の Radbruch 研究など)。
ただし、この概念は日本の実定法には組み込まれなかった。1978年4月の衆議院法務委員会で、法務省刑事局は「確信犯」がわが国の刑法その他の法律で用いられている語ではなく、学説上も意味内容が必ずしも明確ではないと答弁し、裁判所が確信犯という概念を使って裁判した例もあまりないと説明している (国会会議録検索システム 第84回国会衆議院法務委員会)。確信犯は学説上の動機分類にとどまり、刑法典の語でも判決文の頻用語でもなかった。 一般語としては定着していなかった
学説上の概念として存在することと、一般語として定着することは別である。
佐々木文彦「『確信犯』の意味・用法の変遷について──誤用から意味変化へ──」(国立国語研究所「近現代日本語における新語・新用法の研究」収録)は、朝日新聞データベースで1879年から1984年までの記事を調べている。確認できる古い例は1935年の五・一五事件関連で、その後の用例も五・一五や血盟団といった政治犯・思想犯の文脈に偏っている。1952年の国会会議録には、破壊活動防止法案の審議で「規制された団体の構成員が、自分の確信に基づいて」行為した場合という形で確信犯が現れ、1961年の政治テロ関連の答弁では「確信犯」「思想犯」「政治的主義・信条」「殺人の正当性や必要性を確信する犯人」という語彙のまとまりで使われている。これらはいずれも原義に近い使い方である。
1960年の朝日新聞の記事には、確信犯の浸透度を直接物語る一節がある。記事中の「確信犯」という語について読者から質問が来たので、紙面で「道徳的、宗教的または政治的確信にもとづいて、自分はこうしなければいけない、むしろそうするのが正しいのだとして行なわれる犯罪」と説明しているのである。佐々木論文はここから、確信犯を「新聞に用いられる言葉ではあるが、一般にはそれほど浸透していない言葉」と位置づけている。新聞でわざわざ説明する必要があった以上、1960年時点の確信犯は一般読者にとって馴染みの薄い専門語だった。「本来の意味」と呼ばれる用法が、日本語共同体で広く共有された日常語の正用として安定していた、という前提自体が成立しにくい。
一般語化したときには既に意味がずれていた
確信犯が政治犯・思想犯の語彙圏を出て一般語化したのは、1980年代である。佐々木論文によれば、1980年ごろから政治犯以外の犯罪にも確信犯が使われ始め、1985年には犯罪でない文脈にまで広がった。論文が引く朝日新聞の例では、仕事を持つ主婦が完璧な家事を放棄することを罪悪感を持たない「確信犯」と呼んでいる。論文はこのあたりから「悪いことであるとわかっていながらなされる行為」という用法が始まったと分析している。ただしこれは単純な悪意ある故意への移行ではなく、原義の「信念に基づく犯罪」と現在の俗用「悪いと分かってわざと」のあいだにある中間段階で、「一見失敗・罪悪に見えるが本人には別の価値や目的がある」という意味変化として整理されている。
1984年以降の朝日新聞用例について、論文は法律用語としての用法と一般語としての用法に分けて数えており、新聞用例の限りでは後者が前者を大きく上回る。論文の結論は「もはや誤用と呼ぶべきではなく新用法である」というものだ。
文化庁の平成27年度「国語に関する世論調査」はこの認識を裏づけている。確信犯の本来の意味として「政治的・宗教的等の信念に基づいて正しいと信じてなされる行為・犯罪又はその行為を行う人」を選んだのは17.0%、「悪いことであると分かっていながらなされる行為・犯罪又は行う人」を選んだのは69.4%だった。平成14年度の同調査と比べて、20代を除く全年代で新用法が増加している。 ここで起きているのは、英語圏の用語論で de-terminologization (脱専門語化) と呼ばれる現象である。Ingrid Meyer と Kristen Mackintosh の論文 [When terms move into our everyday lives: An overview of de-terminologization https://doi.org/10.1075/term.6.1.07mey] (Terminology 6:1, 2000) は、専門語が専門家共同体を越えて日常語に入るとき、単に元の意味が保存されるのではなく意味変換が起きることを記述している。一般話者は専門概念の全体を保持せず、日常で扱いやすい意味成分だけを抽出する。確信犯の場合、「本人は自分の行為を正しいと確信している」という原義のうち、「うっかりではない」「本人の中に理由がある」「意図的にやっている」という成分が抽出され、「悪いと分かっていてわざとやる」へ寄った。 これは個人の誤りではなく、専門語が一般語化するときに繰り返し起きる現象である。佐々木論文が指摘するように、「気が置けない」「役不足」のように一般語の正用が逆向きに転倒した事例とは構造が違う。これらは古い意味がそれなりに一般語として共有されていたところへ逆方向の理解が広がった例だが、確信犯にはそういう「広く共有された一般語の正用」がそもそもなかった。一般語化の起点で、すでに意味が再分析されていた。
故意犯は同じ抽象軸の語ではない
確信犯警察的な訂正は、「悪いと分かっていてやった」を意味するなら故意犯と言え、と続くことが多い。この言い換え指導は半分しか合っていない。
確信犯と故意犯がそもそも同じ抽象軸の語ではない。刑法上の故意犯は、犯罪事実への認識・認容を見る語である。現行刑法38条1項は「罪を犯す意思がない行為は、罰しない」と定め、ここから故意犯処罰の原則と過失犯例外処罰が導かれる。故意犯と対になるのは過失犯であり、両者は主観的責任形式の分類である。
確信犯のほうは、行為者がその行為をどう価値づけているかを見る語である。Radbruch の動機による分類の中では、確信犯の隣に置かれるのは利欲犯・愉快犯・破廉恥犯などであって、過失犯ではない。確信犯と故意犯は対立しないどころか両立する。政治的信念に基づいて意図的に違法占拠をした人は、犯罪事実を認識して行為している点では故意犯であり、同時に行為を正しいと確信している点では確信犯である。
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語 何を見ているか 反対側に置かれる語
故意犯 犯罪事実への認識・認容 過失犯
確信犯 行為への価値判断・動機 利欲犯、愉快犯など
別軸の語であるという点を踏まえると、俗用の確信犯を機械的に故意犯へ置き換えるのは別の歪みを生む。「会議に遅刻するの確信犯だよね」を「会議に遅刻するの故意犯だよね」と直しても、会議の遅刻は犯罪ではない。ここで法律語の犯罪類型を持ち込むのは過剰転用である。妥当な言い換えは「わざと」「意図的に」「分かっていて」であって、故意犯ではない。
確信犯の俗用を避けたい局面で第一に取るべき言い換えは「わざと」や「意図的に」である。故意犯は、悪意の犯罪を指す場面でのみ候補になる語であり、日常的な迷惑行為や戦略的サボりに当てる語ではない。
同じ経路をたどった語: ハッカー
ハッカーも確信犯と同じ経路をたどっている。狭いコミュニティで肯定的・中立的に使われていた語が、広い社会へ流れる過程で犯罪・悪意・意図性の成分を強調されて再編成される、という流れが両者で共通する。 出発点には差がある。確信犯は法学界の中でも実定法の用語にはなっておらず、学説上の概念にとどまっていた。ハッカーは1970〜80年代のハッカー文化の内部で自称として広く使われ、語が確立してから一般社会へ流出した。専門語としての強度は違うが、広い社会への流出にともなう意味再編成という現象は同じ形をしている。
Jargon File の解説によれば、ハッカーはシステムの詳細を探究し能力を押し広げる人を指す肯定的・中立的な語であり、セキュリティを破る人はクラッカーと呼ぶ。クラッカーという語は1985年ごろ、報道機関によるハッカーの誤用に対抗してハッカー文化の内部で作られたとされる。それでも一般社会では、ハッカーはほぼ「不正侵入者」「サイバー犯罪者」の意味で定着した。原義派が「それはクラッカーだ」と訂正を続けても、一般語としての用法はそちらに戻らない。 確信犯との並びを取ると次のようになる。
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観点 確信犯 ハッカー
狭いコミュニティ 法哲学・刑法論 ハッカー文化
原義 信念に基づく犯罪者 システムを深く探索する人
一般化後 悪いと分かってわざとやる人 不正侵入者
原義派の反応 それは故意犯だ それはクラッカーだ
広い社会への流出にともなって犯罪意味へ寄り、原義派が別の語を提案しても一般用法が戻らない、という終点の形は両者で揃っている。
「誤用」という語の使い方
「誤用」という語が有効なのは、ある共同体の規範に照らした局所的評価としてである。それを言語全体に対する絶対判定として使うと、観察対象を取り逃がす。確信犯の場合、専門共同体内部の規範から見れば俗用は誤用と言えるが、一般語の記述としては新用法と見るのが自然だ。
このスコープを付けずに「確信犯は誤用だ」とだけ言うのは、専門共同体の規範を一般語共同体へ過剰適用していることになる。実際、明鏡国語辞典やデジタル大辞泉は、確信犯の項に俗用の意味を「俗に」と注記して併記しており、辞書編纂の側はすでに新用法を観察対象として扱っている。文化庁調査の17.0%対69.4%という数字を前にして、69.4%の側を一律に誤用と呼ぶのは、辞書記述の現状とも合わない態度である。