分析実存主義
「分析哲学的」なとは?自然主義(超自然的なものを置かない、科学的な方法によって知ることのできる時空、すなわち純粋に物理的な世界に立脚)的な傾向が強く、論理学を範とした言語哲学的手法を用いる。
ある意味真善美的な形而上学的な哲学を大陸的と置いているっぽい。この対比は分かりやすい。
論理実証主義(特に Ayer)が形而上学的な問題を「哲学的」議論から駆逐して以来、「人生の意味・無意味」や「死」といった「実存的」な主題は、主に大陸哲学系の哲学者によって議論される問題であり、「分析哲学的」な(自然主義的な傾向が強く、論理学を範とした言語哲学的手法を用いる)議論で問題にされる主題ではないとされてきた
形而上学的なことには「沈黙」する。語り得ぬものについては何とやら。
彼らがやろうとしたのは数学の言語あるいは日常言語から曖昧さ不明瞭さを可能な限り排除して,明晰に語るための道具としての言語を洗練させることであった.そしてそのような明晰な言語によって語ることが出来ない問題については,「沈黙」することを選んだのである
そんな形而上学的な実存を取り扱う。
たびたび言及される哲学者であるD・ベネターは、この潮流を「分析実存主義」と呼んでいる。
R・テイラーの「シーシュポス問題」の提起とT・ネーゲルによる「人生の無意味さ」に関する論文を皮切りに、英語圏の「分析哲学」の中でも1970年代ごろから、「人生の意味」について取り上げられるようになってきた。かつては「分析哲学では実存は語ることはできない(あるいは分析哲学者は人生の意味について語らない、または分析哲学の領域では人生の意味を語ってはならない)」とされていた。しかし、もはやそうではないと言ってよい。
この本の中で頻繁に登場する現代の哲学者としてT・メッツがいる。メッツの名は哲学の専門的研究者の間ですら、ほとんど知られていないだろう。メッツは特にオリジナルな主張をするというタイプの哲学者ではない。しかしメッツは1970年代以降の、英語圏で書かれた「人生の意味」に関する膨大な数の論文をサーベイし、それを検討する論文を発表し続けている。この分野におけるメッツの功績は大きい。2013年には彼のそれまでの研究の集大成ともいえる『人生の意味』Meaing in Lifeが刊行され、この分野の議論の輪郭を示しただけでなく、メッツなりの結論も出している。なお、メッツはこの書に先んじてウェブ上の哲学事典である「スタンフォード哲学事典」Stanford Encyclopedia of Philosophyに「人生の意味」(“The Meaing of Life”)という項目を執筆している(2007)。