書評:木村昭彦『東大寺境内に棲む動物たち』
『大和路慕情』とは大分趣が違う。『大和路慕情』は奈良周辺から西ノ京、初瀬、室生、吉野まで奈良県各地の美しい風景を切り取った写真集だが、『東大寺境内に棲む動物たち』は東大寺に限定した定点観察の記録である。パラパラとめくって「ほお、奈良にこんな美しいところがあるのか」、「この景色は癒やされるなあ」、「リスちゃんかわいい!」を期待すると裏切られるだろう。
もちろん記録であってもカメラマンの美意識が現れた写真がたくさん掲載されており、飛翔中の親のムササビと背後で飛び立とうとしている2匹の子供のムササビを1枚の構図に収めた写真などは迫力満点である。このような写真はたまたま出会った幸運な一瞬を切り取るカメラ技術だけでなく、生き物の生態を長く観察し続けなければ撮れない。「一所懸命」10年以上の定点観察によって、各生物の消長もわかる貴重な記録となっている。夜間撮影の苦労も並大抵のものではなかっただろう。「おわりに」で書かれている生態系についての考察も深い共感を覚える。カメラマン木村昭彦は進化を続けている。
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